3.新たな障害
机には、先程には座っていなかったメンバーがいた。
「あそこにいるのが、私のお父さん。で、あっちがお母さんです」
黒ぶちの眼鏡をかけた、ひょろっと背の高い男がこちらを見ている。その眼差しは、睨みつけているに近い。その脇で、エプロンを付けた小柄な女性が忙しなく食器を並べている。
この二人がセレネの両親か。全然似てないな。顔のパーツの一つも似てる部分が無いじゃないか。スカイはそう思いながら、勧められるままに席に座る。右隣にセレネが座った。
「セレネ、お前誰に許可を得て客を誘ったんだ?」
セレネの父が、セレネを睨みつけるように見ていた。眉間に深いしわが刻まれる。
「……この人は――」
「大体、お前明日テストだろ? 勉強はちゃんとやってたのか?」
「やってました、でも――」
「お前、今が大切な時なんだから、しっかり考えて行動しろ。男に色目を使ってる場合じゃないんだ」
セレネが言い終わる前に、セレネの父はセリフを被せる。唯、自分の意見を一方的に押し付けているだけで、この人は意見など求めていない。そう感じたスカイは抗議の為に口を開きかけた。だが、セレネが裾を引っ張りながら、「止めて」とスカイに頼む。スカイは唇を噛んだ。
見るとセレネの父は、悠々と新聞に目を泳がせている。
「まあ、いいじゃないですか。かなり男前な人ですし。それに、セレネのお客さんなんて何年ぶりっていうくらいでしょ?」
セレネの母が宥めるように言った。セレネの父は何も言わない。
「いつもこんな感じ?」
スカイが聞くと、セレネは父に見られないようにしながら、肩をちょっとすくめ、ちょっと笑った。スカイはその瞳に悲しみの色が浮かんでいる事を見逃さなかった。
食事中のスカイは無表情ながらも、心の中ではセレネの父に文句を言ってやりたくてたまらなかった。
本当ならこの眼鏡野郎に魔法を喰らわして沈めてやるところだが、と考えながら、野菜を口の中に入れた。意外においしい、とスカイはもう一つ野菜を食べる。ちらっとセレネを見ると、彼女は肉ばかり食べていて、野菜を端に退けていた。
(意外に肉好きなんだな……)
スカイも肉を齧ると、そのおいしさに目を丸くした。口の中に肉汁が溢れ、身がとろけるようだ。この肉ならいくらでもいける、とスカイは思った。
フレアは夢中で味の付けられた葉野菜を頬張り、油で口の周りを汚している。ちょっと目をやると、セレネの父はもう食事を終え、無言で立ちあがるところだった。もっと食事を味わったらどうだ、と心の中で毒づく。
スカイがナイフを置き、見かねたセレネがフレアに布巾を差し出した頃、奥で食器を洗っていたらしいセレネの母が、戻ってくるなり「あの子は?」と言いだした。
「ソラルならもう帰って来てると思うけど?」
辺りを見回しながらセレネが答えた。
「ソラル?」
「私の弟です。だいたい、いつも戻ってくるのがこの時間なんで、もう帰って来てるはずです。多分、裏口から入ってきたんだと思いますけど」
セレネが文字盤の指針を読み取り言った。
「へぇ。弟か…………」
そう言った時、スカイは首元に違和感を感じた。まるで、首筋がチリチリと焼けるような感覚。背後から浴びせられる、鋭い視線。
(これは……殺気……? 何故ここで……? いや、今は正体を捉えないと)
体を捻り、体の隙を失くす。
「どうしたんですか?」
セレネが心配そうに尋ねる。全く違和感に気付いていない。
何処だ……? 視線を巡らせ、殺気の元を探る。
壁、床、棚、天井。くまなく探す。何処だ…………!?
「死ねぇっ!」
振り向き様に声が聞こえた。幼い子の声。
反射的に身構える。
それに紛れて、火薬の音が発せられた。
風を鋭く切り裂く音が聞こえる。
分かる。明らかに、敵は自分を殺そうとしている。
「くそっ!」
スカイは手の平を音の方向へ向けた。
(気付くのが遅かった、間に合うか……!?)
嘲るような笑い声が聞こえる。
音は大きくなり、もう一刻の猶予もない。
音がスカイを貫いた――かと思われた時、スカイの手元から眩い閃光が発せられた。
眩い光に、全員が目を瞑る。一瞬のうちに、光は影を消した。
その光は発せられたかと思うと瞬く間に消えた。スカイは一点に目を向けた。
「おい。誰だ、そこにいるのは」
スカイは、ここから見える、二階の部屋のカーテンに話しかけた。
返答は無い。
「俺の感知魔法は誤魔化せない。そこにいるんだろ? ソレア君」
名前を呼んだ所で、カーテンが捲られた。
現われた少年は二階から降りてくる。階段を使わずに飛び上がって、だ。
「あんた、何者だ?」
ひらりと足をつけるなり、少年は意地悪げに尋ねた。
「妙な能力を使うんだな。俺の弾を光で防ぐなんて」
実際は、光で防いだのでは無い。魔力コントロールによって象られた障壁で銃弾を弾き返したのだ。だが、スカイはそれに答えず少年を観察した。
何かベトベトした物で固めた金でツンツンの髪に、青い瞳、そして鼻には何か鋭利な物で抉られたような傷跡がある少年だ。自分より年下だろう。見たところはそこらのゴロツキだ。彼の手に握られた冷たそうで黒光りしている物が、自分を攻撃したのだとスカイは思った。
ソレアがスカイを指さす。
「姉ちゃん、こいつは?」
「こらソレア、お客さんに向かって、あんた、とかこいつ、とか失礼よ! それに、いきなりお客さんを銃で撃つってどういう頭してるの! 普通だったら、あんた殺人になってたんだよ!?」
セレネは顔を真っ赤にして言った。
「いや、こいつがどの程度の人間なのかと思ったんだよ。死ねばそれまで、と思ってな」
セレネは声を張る。
「この人は神様だよ!? もし死んじゃったら、あんた、どう責任とるつもりだったの!?」
「おい、頭打ったか? こんな奴が神ってさ。大丈夫か?」
セレネはさらに憤る。
「さっきの見たでしょ? あれが証拠よ。素直に認めることね」
セレネは皿を重ねると奥へ消えて行った。見ると、もう皿は全て片付けられていた。
「あんたが神?」
そう言って、ソレアはスカイを上から下まで眺めた。
「やけに黒いじゃねえか。何だ、そのローブは。神というか、まるで死神だな。それに若い。どう見ても神には見えねぇがなあ?」
ソレアは手をズボンのポケットに突っ込みながら、挑発的な態度をとる。
「いや、俺は神だ。俺が言ってるんだから、間違いない」
こうなったらもう引き下がれない。今更、自分は神ではない等と言ったらどうなることか。
「あんたの能力、シールドを張るもんだろ」
見抜いたような目でソレアは言う。全てを知っていると思い込んでいる奴の典型的な例だ。
心外だな、とスカイは内心むっとして、指を鳴らした。
音が鳴ったと同時に照明が一気に落ち、場が暗闇に包まれた。奥でセレネの母が声を上げる。ソレアは一瞬驚いたが、すぐにふっと笑った。
「そんなの、姉ちゃんにでも頼んでブレーカーを落としてもらったんだろ?」
「じゃあこれは?」
笑顔で指を鳴らすと、ソレアの体がふわりと舞い上がった。突然の事にソレアはパニックを起こす。驚きを通り越し、顔が引きつる。
「お、おい! 降ろせ!」
スカイは喚くソレアをスルーし、椅子に座った。
考え事をする時は、座った方が浮かびやすいと、最近気付いたのだ。
指を鳴らし照明を点けた後、一息ついた所で彼は考え始めた。
さて、これからどうしようか。
この世界が科学で回っていることは分かった。この世界に蔓延る銃と言う物は、かなり驚異的だ。もし自分が幼い頃から訓練を受けていなければ、後ろから頭を撃ち抜かれて死んでいただろう。それに、星が無くても時間が分かるという文字盤も魅力的だ。どうやら、自分達はこの科学という物を研究しなければならないらしい。
こういったことこそ、元の世界に報告しなければならないのだが、それが出来ないのがスカイにとってとても悔しかった。
セレネが奥から出てきた。頭上を見上げ、くすくすと笑っている。笑い方も上品だ。上では、ソレアが足をばたつかせている。
スカイはそろそろ降ろしてやろうかと思いながら、慎重に腰を上げた。魔力の消耗が激しいスカイにとって、魔法を使った後の立ちくらみが日常茶飯事だったからだ。新月の日では、尚更……のはずだ。
「あれ?」
しかし、今日はそれが無かった。それどころか、気分がすぐれている方だ。
「どうしたんですか?」
セレネがスカイを見つめる。
「いや、今日は何故か立ちくらみが無くて。いつもは魔力を使った後はキツいんだけど、今日は大丈夫だったみたいだ。というか、さっき攻撃を防いだときにも魔力使ったんだけどな。今日は月が出てたってことか…………ん? おかしいな。今日は確か月が出てなかったはずだ……」
スカイは首を捻った。
月は魔術師にとって、とても大切な物である。形は丸く、その蒼い光は魔術師に力をもたらす。光に魔力が含まれているのだ。だから、月の出ない日に魔術師は迂闊に動く事が出来ないのである。
セレネが首を小鳥のように傾げた。
「月? 月って何ですか?」
「…………え?」
「月って一体……?」
動揺に、集中力が乱れる。スカイは魔力のコントロールを崩した。後ろでソレアが、どさっと落ちる。
「月って何って……もしかして……!」
スカイは、魔術師って何、と同じパターンに頭を抱えた。
「この世界には月が無い……とか?」
セレネは迷わず頷いた。
――障害が、また一つ判明した。この世界に、魔力を供給する月は無い。