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27/51

27.月が丸いなんて誰が言った?

 翌日。スカイとセレネは焚き木集めを任されていたので、二人で森の中を探索することにした。森は常緑樹が多いらしく、冬だというのに中では緑が溢れていた。ふと見やると、木の根元には菌類が固まって生え、まるで家族のように寄り添って群生している。スカイはそれからぐるりと辺りを見渡し、虫がいないことに安堵した。


「ちょっと暗いねー」


 セレネが上を見上げながら言った。スカイは首を少し横に振る。


「いやいや、こっちにはもっと酷い森があったよ。魔物……要するに怪物がうっじゃうじゃ湧いてる森で、昼でも中が真っ暗なんだ」

「怪物……が出るの?」


 うん、とスカイは頷く。


「中が奴らの温床みたいな感じだったな」

「えっと、スカイは……怪物、のこと、どう思うの?」 


 不安そうな顔を向けられ、スカイはちょっと胸を突かれた。


「え……? どういうこと?」


 セレネは慌てたように手を振る。


「ううん、なんでもないの」


 そうか、とスカイは呟いた。うつむくセレネの瞳はどこか寂しげだ。


(何かあったのか……? そういえば、歩調がいつもより速い気がするな……)


 セレネは背が低い方――ハルほどではないが――なので、速く歩いていると、歩幅が低いため、どうし

ても歩数が増える。どうしたのか、と考えていると、またセレネの歩調が速まった。


「どうしたんだ、今日? 歩くの速くないか?」

「え、だって焚き木を早く集めないと。日が暮れちゃったら、道が分からなくなっちゃうよ」


 そうか、と納得しかけたスカイに、疑問が湧き上がって来た。

 まず、今は朝だ。自分達は、起きてからすぐに焚き木集めに向かったから、日が暮れるのを心配するのは早すぎる。それに、彼女はどちらかというと、のんびり道を行くタイプだ。急かされない限り早歩きをしない彼女が、自分の意志で森の奥へ急ぐなんて明らかにおかしい。しかも、一番おかしいのは、焚き木になりそうな枝なんて、そこらじゅうに一杯広がっているということだ。わざわざ奥へ向かう必要なんてない。


 二人の間に沈黙が広がる。


(セレネには、何か考えがあるんだろうか。とにかく、今は何か話さないといけない気がする……)


 しかし、考えれば考えるほど、話す話題が無くなって行ってしまう。


(聖石の有効時間について……って、セレネは知らないし……。神との契約方法……って、そんなこと話しても意味無いよな……)


 セレネはどんどん歩調を速めていく。まるで、拠点からいち早く離れたがっているようにも思えた。


 それからもスカイは話題を探し続けたが、やはり見つからない。スカイが女子の好きな話題を知らないのは、会話してきた女子がハルと下品な大人達だけだったからだ。

 

 頭をフル回転させていると、遠くからプロペラの音が近付いてきて、やがて上空を横切った。


「……ヘリか。機械には嫌な思い出しかないな」


 前を向き直すと、セレネが歩調をさらに早め始めていた。もはや早歩きというよりは、小走りという方が正しいスピードだ。


「おい、セレネ! お前どうしたんだよ!」


 これはやっぱりおかしい。スカイはセレネを走って追いかけた。意外にスピードは速かったが、なんとか手を掴む。


「どうかしたのか!?」


 スカイが声を掛けると、セレネは速度を落とした。


「……今のヘリ、誰が乗ってたか分かった?」


 セレネは振り返り、真剣な眼差しでこちらに問いかけて来た。何故か、いつになく声が低く暗い。


「そんなの、高すぎて分かるわけないだろ?」

「……じゃあ良かった」


 セレネの様子に、スカイは首を捻った。


 一瞬人格を誰かに乗っ取られたのかと思ったが、セレネは味方の魔道士に囲まれていた訳だから、それは無いと思い返した。


 ブーン


 耳元で、嫌な羽音がした。


「は、はちぃっ!?」


 変な声が出てしまい、慌ててセレネの方をみると、案の定、彼女はきょとんとこちらを見つめていた。顔面が紅潮する。


 ブーン


「う、う……」


 叫び声を堪える。頬に何かがくっついた。全身に、ぞわっと寒気が走り、鳥肌が立つ。反射的に全身をばたばたと動かし頬に着いたものを払う。羽音の正体は、テントウムシだった。


「あ、テントウムシだ」


 セレネがいつもの声で言う。


「て、てんとうむしぃ!? なんでこの季節にぃ!?」


 所々で声が裏返るが、今は虫の駆除方法で頭がいっぱいだ。


「は、早く殺さないとぉ……!」

「ま、待って!」


 最高神の力を借りて、森ごと虫を無に帰そうとするスカイをセレネが止めた。


「その虫、背中の黒い円が一つ足りない気がする」

「え……そうなの?」


 スカイは虫を見てみたが、すぐに吐き気がこみ上げてきたので目を逸らした。


「うん、ナナホシテントウがムツボシテントウになっちゃってるよ」


 そんな会話をしていると、ブーン、とまた羽音がし始め、虫がゆっくりと飛び去っていく。

 と、セレネがローブの裾を、くいくいと引っ張った。


「スカイ、あの虫付いてきてほしいみたいだよ。ほら、あそこで止まってる」


 スカイは虫の方を見なかったが、羽音は同じ所から聞こえ続けていたので、空中で止まっているという事は分かった。

 スカイは反対したが、セレネの押しに負け、虫に付いて行くことになった。

 虫は一定の間隔を保ったまま、前へ前へと二人を誘導していく。


「一体いつまで下を向いて歩けばいいんだ……?」

「……スカイ、もしかして虫嫌いな――」

「いやいや、そんなことないよっ! 全然虫嫌いじゃないよっ!」


 全力で否定したスカイは誤って虫を直視し、頭痛に襲われ始めた。


「うぐぅ……」(最悪だ……ああ、吐きそう……)


 唯一良い事といえば、セレネが笑ってくれていることだった。自分が笑われるのはあまり好きじゃなかったが。 





 日が下り始めた頃、虫は動きを止めた。


「テントウムシ止まったよ」


「あ……そう?」


 二人が案内されたのは、五メートル程の草の壁だった。草や蔦は互いに固く結びつき、表面には棘が侵入を拒むように張り巡らされている。


「これは自然に出来た物とは考えにくいな……」


 スカイが壁の前で眉をひそめる。

 セレネもスカイの横に着くと、同じ感想を述べた。


 スカイは壁の前をしばらく右に左にとうろうろしていたが、やがて足を止め、壁の一点を見つめた。


「ここだ。ここをいじれば開く」

「開く……?」


 スカイは、ほんのわずかに漏れ出してくる魔力を頼りに、その一点へ魔力を注ぎ込んだ。

 シュルシュル、と小気味良い音を立て棘の蔓が退いて行く。


「ん……? 何かいる……?」


 そう思った時にはもう、草の壁に亀裂が走っていた。

 壁が縦に割れ、左右に動いて道を開ける。


 その奥には、美しい泉の広場があった。

 湧きだす水が、日射しを受けキラキラと輝いている。そして何より驚いたのが、巨大な白い龍が、その水をおいしそうに飲んでいたことだった。


「ど、ドラゴンッ!? こっちの世界でも見たことないぞ……!?」


 龍はいささか老齢に見えた。触角のように伸びた髭が、風になびくようにうねりを続けている。瞳は凛々しく、頭の角は大きく立派だ。白い体は太陽の光を反射し、神々しく光り輝いている。その龍の周りを、何人かの黒ローブの男達が駆けずりまわっていた。


「こんなところにドラゴンがいるなんて……」

「駄目ッ! ここは来ちゃダメなの! この場所、私前に来た事ある! だから早く逃げよ!」


 セレネは目を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情でこちらを見ていた。


「なんで――」

「早くっ!」


 セレネがすがる。


「誰だっ!」「捕まえろっ!」


 声に気付かれたのか、龍の側近がこちらに向かってきている。反射的に逃げだそうとするが、彼らも魔魔法を使う事ができたのは計算外だった。二人は簡単につかまり、ドラゴンの前に引きずり出された。


「……スカイ、それに、人間でない者よ。良く来た」


 龍は実際には喋っていないようだった。どうやら、魔力を使って頭に言葉を伝えているらしい。


「何故僕の名前を?」


 スカイが尋ねる。


「私は何千年と生きている。お主らのことなど、とうの昔に知っていた」


 龍はその目を向けて来る。全てを見透かされているかのような、力ある瞳だ。


「お主は別世界の人間……辛い思いをしてきたようだな。ご苦労だった」


 スカイがちょっと頭を下げる。


「しかし、ここに来て早々、“それ”に出会ってしまったのは不運だった」


 龍が鼻の先でセレネを指す。セレネは歯をガタガタ言わせ、鼻汁を垂れ、目からは涙を流している。ま

るで正気では無い。まるで獣のように、涎を垂れ流し続けている。


「感情を身に着けたか、怪物よ。お前を封印した魔術師はもう死んだのか?」


 セレネは一層体を震わせ、答えられる状態では無い。


「セレネがなんだっていうんですか!? セレネは怪物なんかじゃありません!」


 そう言うと、龍は空気がビリビリ震えるほどの声で笑った。


「何を言うか! まさかお主、この者の正体を知らぬのか?」

「正体……?」

「い……いわないで! スカイには言わないで!!」


 セレネが金切声で訴え暴れ出すと、彼女は即座に地面へ抑えつけられた。


「若い者よ。良く聞け」


 やめて、とセレネが抑えられながらも訴えている。しかし、スカイは龍の言葉を聞かずにはいられなかった。


「その者は、怪物――――月、と言う名の、魔力を永遠に生産し続ける怪物だ」



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