27.月が丸いなんて誰が言った?
翌日。スカイとセレネは焚き木集めを任されていたので、二人で森の中を探索することにした。森は常緑樹が多いらしく、冬だというのに中では緑が溢れていた。ふと見やると、木の根元には菌類が固まって生え、まるで家族のように寄り添って群生している。スカイはそれからぐるりと辺りを見渡し、虫がいないことに安堵した。
「ちょっと暗いねー」
セレネが上を見上げながら言った。スカイは首を少し横に振る。
「いやいや、こっちにはもっと酷い森があったよ。魔物……要するに怪物がうっじゃうじゃ湧いてる森で、昼でも中が真っ暗なんだ」
「怪物……が出るの?」
うん、とスカイは頷く。
「中が奴らの温床みたいな感じだったな」
「えっと、スカイは……怪物、のこと、どう思うの?」
不安そうな顔を向けられ、スカイはちょっと胸を突かれた。
「え……? どういうこと?」
セレネは慌てたように手を振る。
「ううん、なんでもないの」
そうか、とスカイは呟いた。うつむくセレネの瞳はどこか寂しげだ。
(何かあったのか……? そういえば、歩調がいつもより速い気がするな……)
セレネは背が低い方――ハルほどではないが――なので、速く歩いていると、歩幅が低いため、どうし
ても歩数が増える。どうしたのか、と考えていると、またセレネの歩調が速まった。
「どうしたんだ、今日? 歩くの速くないか?」
「え、だって焚き木を早く集めないと。日が暮れちゃったら、道が分からなくなっちゃうよ」
そうか、と納得しかけたスカイに、疑問が湧き上がって来た。
まず、今は朝だ。自分達は、起きてからすぐに焚き木集めに向かったから、日が暮れるのを心配するのは早すぎる。それに、彼女はどちらかというと、のんびり道を行くタイプだ。急かされない限り早歩きをしない彼女が、自分の意志で森の奥へ急ぐなんて明らかにおかしい。しかも、一番おかしいのは、焚き木になりそうな枝なんて、そこらじゅうに一杯広がっているということだ。わざわざ奥へ向かう必要なんてない。
二人の間に沈黙が広がる。
(セレネには、何か考えがあるんだろうか。とにかく、今は何か話さないといけない気がする……)
しかし、考えれば考えるほど、話す話題が無くなって行ってしまう。
(聖石の有効時間について……って、セレネは知らないし……。神との契約方法……って、そんなこと話しても意味無いよな……)
セレネはどんどん歩調を速めていく。まるで、拠点からいち早く離れたがっているようにも思えた。
それからもスカイは話題を探し続けたが、やはり見つからない。スカイが女子の好きな話題を知らないのは、会話してきた女子がハルと下品な大人達だけだったからだ。
頭をフル回転させていると、遠くからプロペラの音が近付いてきて、やがて上空を横切った。
「……ヘリか。機械には嫌な思い出しかないな」
前を向き直すと、セレネが歩調をさらに早め始めていた。もはや早歩きというよりは、小走りという方が正しいスピードだ。
「おい、セレネ! お前どうしたんだよ!」
これはやっぱりおかしい。スカイはセレネを走って追いかけた。意外にスピードは速かったが、なんとか手を掴む。
「どうかしたのか!?」
スカイが声を掛けると、セレネは速度を落とした。
「……今のヘリ、誰が乗ってたか分かった?」
セレネは振り返り、真剣な眼差しでこちらに問いかけて来た。何故か、いつになく声が低く暗い。
「そんなの、高すぎて分かるわけないだろ?」
「……じゃあ良かった」
セレネの様子に、スカイは首を捻った。
一瞬人格を誰かに乗っ取られたのかと思ったが、セレネは味方の魔道士に囲まれていた訳だから、それは無いと思い返した。
ブーン
耳元で、嫌な羽音がした。
「は、はちぃっ!?」
変な声が出てしまい、慌ててセレネの方をみると、案の定、彼女はきょとんとこちらを見つめていた。顔面が紅潮する。
ブーン
「う、う……」
叫び声を堪える。頬に何かがくっついた。全身に、ぞわっと寒気が走り、鳥肌が立つ。反射的に全身をばたばたと動かし頬に着いたものを払う。羽音の正体は、テントウムシだった。
「あ、テントウムシだ」
セレネがいつもの声で言う。
「て、てんとうむしぃ!? なんでこの季節にぃ!?」
所々で声が裏返るが、今は虫の駆除方法で頭がいっぱいだ。
「は、早く殺さないとぉ……!」
「ま、待って!」
最高神の力を借りて、森ごと虫を無に帰そうとするスカイをセレネが止めた。
「その虫、背中の黒い円が一つ足りない気がする」
「え……そうなの?」
スカイは虫を見てみたが、すぐに吐き気がこみ上げてきたので目を逸らした。
「うん、ナナホシテントウがムツボシテントウになっちゃってるよ」
そんな会話をしていると、ブーン、とまた羽音がし始め、虫がゆっくりと飛び去っていく。
と、セレネがローブの裾を、くいくいと引っ張った。
「スカイ、あの虫付いてきてほしいみたいだよ。ほら、あそこで止まってる」
スカイは虫の方を見なかったが、羽音は同じ所から聞こえ続けていたので、空中で止まっているという事は分かった。
スカイは反対したが、セレネの押しに負け、虫に付いて行くことになった。
虫は一定の間隔を保ったまま、前へ前へと二人を誘導していく。
「一体いつまで下を向いて歩けばいいんだ……?」
「……スカイ、もしかして虫嫌いな――」
「いやいや、そんなことないよっ! 全然虫嫌いじゃないよっ!」
全力で否定したスカイは誤って虫を直視し、頭痛に襲われ始めた。
「うぐぅ……」(最悪だ……ああ、吐きそう……)
唯一良い事といえば、セレネが笑ってくれていることだった。自分が笑われるのはあまり好きじゃなかったが。
日が下り始めた頃、虫は動きを止めた。
「テントウムシ止まったよ」
「あ……そう?」
二人が案内されたのは、五メートル程の草の壁だった。草や蔦は互いに固く結びつき、表面には棘が侵入を拒むように張り巡らされている。
「これは自然に出来た物とは考えにくいな……」
スカイが壁の前で眉をひそめる。
セレネもスカイの横に着くと、同じ感想を述べた。
スカイは壁の前をしばらく右に左にとうろうろしていたが、やがて足を止め、壁の一点を見つめた。
「ここだ。ここをいじれば開く」
「開く……?」
スカイは、ほんのわずかに漏れ出してくる魔力を頼りに、その一点へ魔力を注ぎ込んだ。
シュルシュル、と小気味良い音を立て棘の蔓が退いて行く。
「ん……? 何かいる……?」
そう思った時にはもう、草の壁に亀裂が走っていた。
壁が縦に割れ、左右に動いて道を開ける。
その奥には、美しい泉の広場があった。
湧きだす水が、日射しを受けキラキラと輝いている。そして何より驚いたのが、巨大な白い龍が、その水をおいしそうに飲んでいたことだった。
「ど、ドラゴンッ!? こっちの世界でも見たことないぞ……!?」
龍はいささか老齢に見えた。触角のように伸びた髭が、風になびくようにうねりを続けている。瞳は凛々しく、頭の角は大きく立派だ。白い体は太陽の光を反射し、神々しく光り輝いている。その龍の周りを、何人かの黒ローブの男達が駆けずりまわっていた。
「こんなところにドラゴンがいるなんて……」
「駄目ッ! ここは来ちゃダメなの! この場所、私前に来た事ある! だから早く逃げよ!」
セレネは目を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情でこちらを見ていた。
「なんで――」
「早くっ!」
セレネがすがる。
「誰だっ!」「捕まえろっ!」
声に気付かれたのか、龍の側近がこちらに向かってきている。反射的に逃げだそうとするが、彼らも魔魔法を使う事ができたのは計算外だった。二人は簡単につかまり、ドラゴンの前に引きずり出された。
「……スカイ、それに、人間でない者よ。良く来た」
龍は実際には喋っていないようだった。どうやら、魔力を使って頭に言葉を伝えているらしい。
「何故僕の名前を?」
スカイが尋ねる。
「私は何千年と生きている。お主らのことなど、とうの昔に知っていた」
龍はその目を向けて来る。全てを見透かされているかのような、力ある瞳だ。
「お主は別世界の人間……辛い思いをしてきたようだな。ご苦労だった」
スカイがちょっと頭を下げる。
「しかし、ここに来て早々、“それ”に出会ってしまったのは不運だった」
龍が鼻の先でセレネを指す。セレネは歯をガタガタ言わせ、鼻汁を垂れ、目からは涙を流している。ま
るで正気では無い。まるで獣のように、涎を垂れ流し続けている。
「感情を身に着けたか、怪物よ。お前を封印した魔術師はもう死んだのか?」
セレネは一層体を震わせ、答えられる状態では無い。
「セレネがなんだっていうんですか!? セレネは怪物なんかじゃありません!」
そう言うと、龍は空気がビリビリ震えるほどの声で笑った。
「何を言うか! まさかお主、この者の正体を知らぬのか?」
「正体……?」
「い……いわないで! スカイには言わないで!!」
セレネが金切声で訴え暴れ出すと、彼女は即座に地面へ抑えつけられた。
「若い者よ。良く聞け」
やめて、とセレネが抑えられながらも訴えている。しかし、スカイは龍の言葉を聞かずにはいられなかった。
「その者は、怪物――――月、と言う名の、魔力を永遠に生産し続ける怪物だ」




