26.暗躍
魔術師はそれぞれ役割分担をして、簡単な小屋を作ることにした。
夜ではあるが、魔術師が集まっているだけあり、照明には困らない。
セレネとスカイは作業の邪魔にならないよう、隅の方で座っていた。
二人は、空でドームを形成していく結界を見上げている。
「いやー、専門家がいて助かったなー」
スカイがコップを傾けた。
「あれでしょ、何重もの結界と感知魔法のお陰で、敵の奇襲にも対応できるっていう」
「そうそう。俺も結界は扱えるけど、結界を専門に研究してる人達に比べたら足元にも及ばないよ」
「ほう、それは興味深いなあー」
スカイの背後から、男の声が聞こえた。慌てて振り返ると、そこには見覚えのある人物が立っていた。
「つ、ツトムさん!?」
そこに居たのは、紛れもなくGSTの隊長、ツトムだった。二人は戦闘態勢をとる。
はっはっは、とツトムは笑った。
「いや、ちょっと今日は色々話したい事があってな。ちょっと時間貰えるか?」
二人は警戒を緩めない。
「大丈夫だよ。今日の俺はGSTじゃなくて、ただのおっさんだからな」
そう言って、GSTの制服に付いているポケットを裏返していく。中は空だ。
「ほらな?」
安心しかけたところに、セレネの大声が飛んできた。
「スカイ! あいつは敵だよ!? 罠かもしれない!」
セレネが必死に呼びかけて来る。スカイは思い直し、また体に力を入れた。
「ツトムさん、僕と話したい事とは何でしょう?」
ツトムは頭を掻く。
「うーん、今は話せん。二人になってからにしよう」
セレネは目を見開く。
「スカイ、絶対罠だよ! 行っちゃダメ!」
やけに必死になるセレネに、何故か違和感を覚える。
「君、大丈夫だよ。俺は彼を逮捕したり、殺したりなんかしないからさ」
ツトムの表情は、嘘を言っているようには見えない。スカイはそれを見て、緊張を解いた。セレネが失望したような、そんな顔になる。
「スカイ!」
「大丈夫、ちょっと行ってくるだけだ。ツトムさんは今何の装備もしてないし、それに何かあっても、ここはもう結界の中だし、味方も大勢いる。大丈夫だよ」
セレネはそれでも猛反対してきたが、スカイはそれを振りきった。
*
「ツトムさん、で、用件はなんでしょう?」
二人は他に誰もいない、結界内の池に来ていた。全てを呑みこんでしまいそうなほど、その水はどす黒い。
「ああ……。まずは、ちょっと聞きたい事がある」
風が水面を滑っていくのが見えた。
「君たち……俺達は非国民、あるいは能力者と呼んでいるが……君らの目的は、一体何なんだ?」
彼はその瞳で、答えろ、と訴えかけて来る。スカイは一瞬返答に迷ったが、すぐに決意し、今までの経緯を洗いざらい話した。
ツトムは腕を組んだ。
「そうか……君たちは、こっちの世界へ誤って来てしまったのか。帰る方法は分からないのか?」
「はい……残念ながら。知っている人物は二人だけで。その内の一人はもう死んでしまっているので、そのあともう一人だけしか帰還方法を知らない、という状況で……。その人がこっちの世界に来ているのか、自分たちにも分からないので困っているんです」
ツトムがうーんと唸りながら、頬を指で掻く。
「話を聞く限りでは、君たちはテロ組織と戦ってくれているようじゃないか。同じ、能力を使える者同士じゃないのか?」
「確かに魔法を使うという意味では同じですが……。奴らと僕たちでは、魔法の発動元が違うんです。奴らは悪魔、僕たちは神に、能力を頼っています」
ツトムが首を捻る。
「よく分からんが……。宗派が違うと考えたらいいのか?」
「まあ、そんなものです」
夜の冷たい風が、体に容赦なく吹き付ける。スカイはローブを着直した。
「じゃあ、テロ組織は俺達の敵であり、お前達の敵でもあるのか。敵の敵は味方……という考え方もできる。……どうやら、能力者……君たちの場合は魔術師、だったか。それについて、もう一度検討すべきなのかもしれない」
「ツトムさん……」
スカイの頬が思わず緩む。
「俺達GSTは、能力者を追いやる為だけに生まれたが……もしかしたら、俺たちの存在は間違っていたのかもしれないな」
ツトムが、制服の内側に手を入れ、何やらごそごそやり始めた。
「そうすると、俺たちの役目は能力を使うテロ組織を潰したら終わりになるかもしれない。……だが、その殲滅が思ったより難しくてな」
ツトムは何かを引っ張りだそうとしているが、上手くいかないようだ。
「なんせ、幹部級じゃないと兵器が与えられないし、訓練兵ばっかりを戦線に投入してるから、死者が絶えない。全く無茶な話だ……と、出てきた」
ツトムは何かを取り出し、満足げな表情でそれを見ている。
(幹部級がイブリースに対抗できるレベルなのか。……そういえば、ツトムさんの戦いを一度も見ていない気がする。一体どのくらいの強さなんだろう、隊長って)
ツトムは取り出した物から目を離した。
「でだ、スカイ君。実はこれからが本題なんだが……」
突風が吹いた。池の黒い水面が、荒々しく波立つ。
「実は、あのフレデリア家の騒動後、あの家を捜査したところ、この手帳があの家から見つかっていたんだ」
「セレネの家から、ですか?」
ツトムの手には、かなり折れ曲がった後のある、年季の入った手帳がある。
「ああ。誰のかは分からないんだが、異世界に来てしまったという人物が綴った日記なんだ。これが実に興味深い内容でな。二人にしてもらったのも、このことを話したかったからなんだ。最後の方に、この人物はこう綴っている。『今まで伏せてきたことを明かそう――』」
スカイはその続きに耳を傾ける。
「『――私の名前はウォーダン。サデスティアで元老と称される老魔術師。そしてもっとも愚かな魔法使い……。私は子ども……彼女に――』」
スカイの目の前に、突然白い物がぬっとあらわれた。
「スカイッ!! やっぱり駄目! 聞いちゃ駄目! 帰ろう!」
セレネだった。セレネは恐ろしい力でスカイをぐいぐいと引っ張っていく。
「こら、やめろ! 今大事な話しの最中で!」
セレネは無視してスカイを引っ張り続ける。
「いや、大丈夫だぞー! また続きは後ででも出来る! 今は彼女とすごしてやってくれー!」
もう遠くなってしまったツトムが、向こう側で手を振っている。その後ろの黒い水が、とても気味悪く見えたのはなぜだろうか。
スカイは、セレネに手を引かれながら考えた。
セレネの家から発見されたと言う手帳の主は、ウォーダン……つまり、スカイの祖父だった。しかし、自分のことを“愚かな魔術師“というなど、元老らしくない。元老は自分の魔法に誇りを持っていたし、責任感も強く、リーダーシップもあった。だからこそ、元老と頼りにされ、皆が彼に付いて行ったのだ。その祖父が、何故そんなことを言ったのだろう。
しかし、スカイのその考えは、完全に骨組が出来あがった拠点を見た驚きで、頭の片隅に追いやられてしまった。
*
少女は、魔法を最大限に、しかし感知魔法には気付かれぬように使い、彼の居場所を見つけ出していた。森の中は静かで、葉擦れの音さえ聞こえない。その静寂を、男の声が破った。
「……やっぱり来たのか、君」
椅子に座っていた男が、腰を上げる。
「やられるなら今日だと思って、罠は沢山仕掛けておいたんだが……見るからに全て不発だったようだね。……ハッハッハ、参ったな~」
男――ツトムはキャンピングテントの前で少女と向き合っていた。
「……私のこと、知ってるの?」
少女は、感情の籠っていない声で尋ねる。ツトムは少女の目を見、苦笑した。
「多分、隠し事は出来ないんだろうね。ああ、俺は君のことは全て知った。この手帳のお陰で、君がこの世界に何らかの影響を与えているということは分かったよ」
いつもとは違い、ツトムは饒舌に考察を述べていく。
「この手帳の主は、君の事を子どもと呼んでいる。しかし、君も見るからにまだ子どもだ。これは何故だろう。まるで、君だけ時間が経過していないみたいじゃないか?」
少女は殺意の籠った目でツトムを見据える。
「何が言いたいの?」
ツトムは肩をすくめた。
「いや、なんでもないさ。……君、この手帳が欲しいんだろ?」
少女の眉が、微かに動いた。
「君は多分、この手帳をこの世から消してしまいたいと考えてるんだろうな。……しかし、君にはそれが出来ない。……違うか?」
「…………」
「だから、君は何らかの手段を使ってこの手帳を金庫の中へ入れ、鎖で縛り、いくつもの鍵で施錠した。そして隠し扉の中へ入れてしまえば、誰の目にも触れなくて済むからな。……それだけ、この手帳の中身は君にとって重要なんだろ?」
少女は答えない。
「全く、どうやって君はこの中身を見たんだい? 内容を知らないと、隠そうだなんて思わなかっただろうに。……ああ、確か君には兄妹がいたか」
少女は相変わらずの無反応で男を見つめる。ツトムはまた苦笑した。
「とにかく、俺は今日殺されるわけにはいかない。可愛い部下が、誕生日プレゼントを待ってるんでな。それに……」
「それに?」
少女がやっと口を開いた。
「――それに、もっと戦力を整えて、お前を殺さなきゃならん。この世界の為にな。……セレネちゃん」
少女――セレネは、キュッと口角を上げる。まるで、三日月を横にしたかのような口で、彼女は笑った。
「ムリ。だってツトムさんはここで死ぬんだもん。協力してよね。これも、皆の為なんだから――」




