23.蠢く赤と紫の雨
箒は超高速で空を飛び、北の町が見えてくるとラーシャが口を開いた。
「良かった、まだここは襲われてないみたいニャ」
南の町と変わらず、やはりここでも車と人が行き交っていた。
「他の都市はどうなっているんですか?」
「散々な状況らしいニャ。無数の煙が空に伸びて、建物の下敷きになった子供が助けを呼んでたらしいニャよ。魔術師が駆け付けなかったら、さらにひどいことになってたと思うニャ」
三人が地面を踏み、降りたのを確認するとラーシャは箒を片付けた。
「で、どこへ行くニャ? 一応今から魔術師同士で連絡をとるけど、その間安全な場所を確保したいニャ」
セレネが進み出た。
「私の叔父の家があります。そこで待機したらどうでしょうか」
ラーシャは頷いた。
「分かったニャ。でも、その人は信用できるニャか? イブリースの魔術師は、元は一般人。何らかの術を使って魔力を持った可能性が高いニャ。つまり、こっちの世界の人間を魔術師にすることも可能。誰が敵か分からないニャ」
「大丈夫です。私の叔父はそんな人じゃありません。弟と妹を預けたくらいですから」
スカイとラーシャは、セレネの案内に付いていき、叔父の家へ着いた。
叔父とソラル、フレアは三人とも元気そうだった。
最近、北の町でテロのような物は起こっていないという。
しばらくお茶をしていると、ラーシャに連絡が入った。
「スカイ。西と南の都市が壊滅、東未だ戦闘中……だそうニャ。魔術師は戦おうにも警察隊に邪魔されて動けないようニャね」
スカイは紅茶の入っていたカップを置いた。
「師匠、一体イブリースの目的は何なんでしょうか。わざわざ異世界へまで来て、異世界の人間を殺さねばならない理由があるんでしょうか。やるなら正々堂々と、俺達の世界で戦えばいいのに……」
ラーシャは紅茶をぐいっと飲み干した。
「私はその理由、大体分かってるニャ。多分、っていうレベルだけど」
スカイが目を見張り、身を乗り出す。
「教えてください!」
ラーシャは困り顔でそれを制した。
「まだ情報が少なすぎるニャ。西と南だけじゃ、まだ断定できない。……まあ、どっちにしても、敵が北上して来てるのは間違いないけどニャ」
「情報が少ないって言ったって、本当に町が壊滅してるんだったら、そんなこと言ってる場合じゃ……」
「黙ってるのはスカイの為なんだから分かって」
ラーシャは急に神妙な顔になり言った。
「俺の為……?」
ラーシャは立ち上がった。
「今はとにかく、イブリースの目的であろう事の実現を妨害しなければならないニャ。その為にはまず仲間が必要ニャね」
ラーシャはそう言うとまた手を耳に当て、誰かと話し始めた。
(師匠はやっぱりよく分からない部分が多いなあ)
スカイが腰を上げると、頭に直接呼びかける声が聞こえてきた。
手を耳に当てる。
「なんだ?」
『先輩!? 先輩ですか!?』
スカイにとって聞き慣れた声だ。
『良かった、やっと繋がった! 魔法の座標指定が上手くいかなくて!』
「ハル、お前今どこにいるんだ?」
声の主は、あのハルだった。
セレネと他三人が、ラーシャとスカイを訝しげに見つめている。
『はい、今は東にいて、皆で北に向かおうとしてます』
「皆?」
『はい。一応、ざっと見て青ローブ数十、緑ローブ百ぐらいがいますよ』
「多っ」
ローブの色は階級を表しており、青ローブは上級、緑ローブは中級を指す。
「下級は?」
『ほとんどやられちゃいました。一応戦闘中なので』
声の後で、魔法が通る音が聞こえた。
「お前、俺と呑気に話してていいのか!?」
慌てて聞くと、ハルはしれっと答えた。
『アイドさんとイルキさんがいるんで大丈夫です。今、結界の中に居ます』
スカイは息をほうと吐いた。
「アイドさんとイルキさんがいるのか。ああ、それなら良かった。死者も少なくて済むだろ」
アイドとイルキは、残る二人のドルイドである。二人ともスカイより五歳ほど年上だ。戦闘時には、ア
イドが護りを、イルキが攻めを担当し敵を殲滅する。この連携攻撃を初めて見た時は衝撃を受けたが、この二人、実はとてつもなく仲が悪く、戦場以外では悪口を言い合ってばかりである。事あるごとに喧嘩をし、その規模は、ラーシャとスカイが仲裁に入らなければ町一つが吹っ飛んでしまうほどだ。
「で、やっぱり敵はイブリースか?」
『はい、そのなんとかっていうテロ組織らしいですね。私達が着いたときにはもう町は滅茶苦茶だったんで、今はテロ組織殲滅にあたってます』
スカイは首を傾げた。
「お前……なんか前よりしっかりしたな」
『そうですかねぇ。まあ、魔術局にいたときよりずっと危険な状況ですからねー』
はははーとハルは笑う。
『それじゃ、そろそろ切りますね。多分、一時間もすれば行けると思います』
「分かった。気を付けてな」
『はーい』
ちょうど、ラーシャも会話を終えたようだ。
「おかしいニャね……。魔力が減ってる気がしないニャ……」
ああ、とスカイがラーシャに目を向けた。
「この世界の特徴なのか分からないんですけど、どうやら月が無くても魔力が供給されるみたいなんです」
へぇ、とラーシャが言った。その表情は、全くそう思っていなさそうだが。
「で、スカイは誰からニャ?」
「ハルからです。戦闘中で、アイドさんとイルキさんもいるそうです」
ラーシャは納得したように頷いた。
「こっちは三つ子ちゃんと話してたニャ。今西にいるそうニャよ。どうやら生存者はゼロ、わざと血を地
面に流すような殺され方をしてるらしいニャ。同行してた魔術師も全員やられて、三つ子ちゃん以外は全員同じ様な目に遭ったそうニャよ」
「フウさん、ミイさん、ヒイさんの三人もこっちに来てるんですか? これはかなり大規模な魔法陣の暴
走だったみたいですね……」
「全くニャ。本当ニャらもっとスタッフを持ってこれたのに」
ラーシャがため息をついた。
「ま、今までのパターンでいえば、どうせ次に狙われるのはここニャ。頑張って防衛ラインを張るニャよ」
ラーシャは言うなり、外へ出て行った。
(師匠は行動に移すのが早いんだよなあ。まあ悠長なことは言ってられないけど)
スカイが紅茶のおかわりを貰おうと思い立った時、轟音が響き、地面が大きく揺れた。
「うああああっ!」
場の全員が周りの物に掴まった。
スカイは慌てて感知魔法を使った。
(五キロ圏内……魔力の数は…………え……!?)
空と陸。それを覆い尽くすように蠢く魔力に、スカイは震えた。
「これはヤバい……」
スカイは突き破るように扉を抜け外へ出ると、空を見上げた。
――紫の球体が、雨のように降り注いでいる。
血のようにも見える無数の赤い点は、恐らく魔術師だ。
それから発せられた紫の球体が地面に落下し、巨大な爆発を引き起こしていた。
ラーシャも、空を見上げていた。
「これは数が多いニャね……」
そういうなり、ラーシャは呪文を詠唱した。途端、彼女が煙に包まれる。
煙が掻き消え、そこに立っていたのは幼女では無く、紛れもない、大人の女性だった。
「さ、スカイ。行くよ」
妖艶な雰囲気を醸し出す彼女は、豊満な胸を覆いきれていない水着のような服を着て、その上に紫のコートを羽織っている。
「仲間を待ってる暇はない! まとめて殺す!」
スカイは頷いた。
――ライタスソイルデヒュジネスト……!
スカイは無言詠唱で結界を張る。
オブラートのようなシールドが、町を覆うように一挙に展開された。紫の球体が結界に衝突し破裂する。
「風雨の神イムネ・ラ・フォイソン! 我に力を与え、憎き反逆者を抹消せよ!」
ラーシャが高らかに叫んだ。
それに応えるかのように雲が轟き始め、大気が上空で渦巻き始めた。嵐が敵をかき混ぜ散らす。
風雨の神、嵐の神と呼ばれるイムネは神の中でも強い力を持ち、天候を操る神でもある。その強大な力は圧倒的であるが、使役の為に消費する魔力が大きいので、使える魔術師はそう多くない。
「スカイ、十時の方向から魔術師来てるよ」
「了解です」
ラーシャは飛び上がり、ビルの上へと消えた。
スカイは左の方を向き、敵の姿を捉えた。
(数えて約六十……一気に片付けるか)
赤ローブを纏った敵達は、こちらを認識し突進して来る。
一般人なら武器の有無などで攻撃方法が割り出せるが、魔術師相手だと訳が違う。
案の定、赤ローブ達は手のひらからスカイめがけ魔法を放った。
閃光の色は、黒だ。
(闇の属性だと? 悪魔との契約者か……!?)
スカイは身をよじり、魔法を避けた。闇の魔法は、当たれば怪我では済まない。治療不可能の、死の魔法……。
赤ローブ達は再び詠唱に入った。
「そっちが闇なら光で相殺するまで!」
――ライタススリアキルダフォーレ!
スカイの無言詠唱と共に、白の球体が象られる。腕を振ると球体は分裂し、光の散弾が赤ローブ達を撃ち抜いた。
息を突く間もなく赤ローブが角を曲がってくるが、それも抹殺する。
闇の魔法は当たれば存在自体が消滅してしまうほど強いが、この魔術師達は扱いに慣れていないのか、
魔法の速度がかなり遅い。
建物の向こう側で雷鳴が轟き、落雷が起こった。
地面が揺れる。
(師匠も派手にやってるなあ。一気にカタをつけるつもりみたいだ。これは余裕で殲滅できるんじゃないか……?)
そのとき、建物の向こうから火柱が上がった。
(……! あっちは師匠がいる方向……!)
その炎は、闇のような黒い色をしていた。




