22.もう一つの手記
ツトムは扉の前に立っていた。
防衛大臣に呼び出されるのは何年ぶりだろうか。
廊下はかなり慌しく、書類を抱えた人が次々と走りぬけて行く。
テロ組織の対応に追われているからだが、そのテロ組織をすぐに制圧できないGSTがとても情けなく思えてきた。
気を取り直し、ドアをノックする。木の扉はコンコンと鳴り、向こうから「どうぞ」という声が聞こえてきた。
「失礼します」と中に入ったツトムは、接客用のソファに座って煙草を吸う大臣に一礼した。
大臣は、ちょび髭を生やした顔をこっちに向ける。
「ああ、来たか。とりあえず座りたまえ。今回は少し話が長引くかもしれん」
言われた通り大臣の前に座ると、一冊の手帳が差し出された。
黒い革の表紙だが、少し端が擦り切れてしまっている。ところどころが汚れているので、大分昔の物だと推測できた。
「これは?」
大臣は煙を吐く。
「フレデリア家は覚えているかね?」
「はい。カガト氏が亡くなったのは、その自宅だったと聞いています」
大臣は頷いた。
「そこで男性一名と女性一名が死亡している状態で見つかったのも知っていると思うが……。その家宅捜索中、捜査員がおかしなところを見つけてね」
ツトムは眉根を寄せた。
「おかしなところ?」
「ああ。二階の洋室、一番奥のクローゼットに隠し扉があったんだ。その奥には、何重もの鎖で縛られ、様々な種類の鍵がかけられた金庫があった」
「金庫が鎖で縛られていた……?」
大臣が灰を皿に落とす。
「そう。普通、金庫を鎖でしばって、さらに鍵を掛けたりするような人はまずいない。金庫単体でも十分盗難対策ができるし、強度も十分だ。しかし今回の事例は、明らかに触れられるのを嫌がっているような物の護り方だった。ざっと見て十種類以上の鍵が掛っていたと聞いている。しかも、隠し扉に入れてあるなら尚更だ」
「……そのなかに入っていたのが、これですか」
大臣は頷いた。
「南京錠辺りを解くのに時間は掛らなかったが、金庫のダイヤルがやけに強固だったらしい。時間を掛け、いざ中を見たら、中身はそれしか入っていなかった、ということらしいな。その手帳は直ぐに手元に上がって来たのでね。中を見させてもらったよ」
「内容は?」
「自分の目で見れば良い。構わんよ。好きにしてくれ。……かなり中身は興味深い物だった、とだけは言
っておこうか」
大臣は煙草を灰皿で消した。
「さ、早く」
ツトムはページを捲った。
タイトルには、俺の日記、とある。
やけにシンプルな題名に苦笑し、ページを捲る。
*
・探索一日目
訳の分からないところに来てしまった。
俺の分かる範囲でいえば、ここは俺の知ってる世界じゃない。
魔法陣で遊んでいたのが失敗だった。魔法の暴走で、違う世界に来てしまったらしい。帰還呪文を魔法式に当てはめれば直ぐ帰れるが……ちょっと探索してからにしよう、と思い立ち、今この日記を描いている。三日坊主にならぬよう頑張る。
・探索二日目
この世界に月が無いことが分かった。魔法は迂闊に使えない。
と、思っていたら、子供が前から走って来た。助けてと言うので、後ろを見ると、見るからに悪そうな男達が。俺はそいつらを秒殺して子供に尋ねたところ、とにかく逃げてきたという。どうやら、記憶が無いようだ。
*
しばらく、子供との会話などでページが消費されている。
*
・探索十五日目
この国、カエデリアの国土は大陸の大半を占めているようで、逃げ場には困らない……はずだったが、あっという間に敵に見つかってしまった。
子供を庇い俺は重傷、目を覚ますと泉の湧く森だった。
世にも珍しいドラゴンに対面し、話を聞かされる。
その内容は衝撃的なものだった。
俺は、それでもこの子供を助けようと、手錠の鍵を奪い脱走、子供を助け出した。ドラゴンの手下が傷を治してくれていたようで助かった。
しかし、ドラゴンの力は俺を逃がさなかった。俺は戦ったが龍の力には全く歯が立たず、子供を消滅させるというドラゴンの無茶苦茶な言葉が実行されそうになった。そこで、俺はドラゴンが手を出せないよう、止む無く子供を封印することにした。しかし、問題なのは神の存在だった。地上に存在するもの全てには、神が宿っている。そんな場所に子供を封印しては、神の怒りを買いかねない。そこで、俺は神の存在しない、空に子供を封印することにした。
しかし、俺は途中で邪魔に入られ、魔力を十分に注ぐことが出来なかった。
……まあ、大丈夫だろう。封印される期間が短くなるだけだ。
*
ページはそれからずっと愚痴や明日の目標などで埋まっていった。
そして、百五十日目。
*
・探索百五十日目
うっかり忘れてしまっていた魔法式を、やっと思い出した。
探索五日目のあの日から、この世界では突然魔術師がいない扱いになってしまっていたから、その理由を突きとめようと冒険したのが間違いだった。まったく、帰還呪文を作るのも一苦労だし……。
・探索百五十一日目
良かった。呪文は成功したようで、俺は元の世界に帰れた。異世界での出来事は、一部の魔術師のみに伝えよう。
・探索百五十三日目・帰還から二日
最近、夢にあの子供が何度も出て来る。
封印は固いはずだが、もしかしたら破られてしまっているのかもしれない。
あの子が気がかりだ。
*
ここで、字が少し変わる。同じ人物なのには間違いないが、字の形がほんの少し変わっていた。
*
・帰還より六十年
久しぶりにペンを持った。
未だに、あの子は夢にでてくる。
この間は、会話もした。あの子は必死に助けを求め、私を呼んでいるのだ。
……自分の脳内の幻想だとは分かっていても、私はあの子の安否を確かめたくなっていた。
私はドルイドと、優秀な上級魔術師数人を連れ、異世界に近い場所を探した。
より確実に、より安全に向こう側へ辿り着く為の策だ。
それに、私が若い頃に作った魔法式は何故か使えず、新たな魔法式を構築する必要もあった。
・帰還より六十年、2
一向に事態が進展する様子は無い。
体の麻痺が、さらに強くなった気がする。
病の進行が早くなっているようだ。時が経つのは早い。
急がなければ。
孫に迷惑はかけたくない。
・帰還より六十年、3
孫が危険だという報告を聞き、決死の思いで転移魔法を使う事にする。
この手記のページを最後まで埋めることは出来なさそうだ。
孫には、研究用の手記のみを置いて行くことにする。
このノートは、編み出した新魔法陣を試す実験台として使おう。
きっと、異世界に届いてくれるはずだ。
……どうせ見る者もいないのだから、伏せてきたことを明かそう。
若い頃、私の頭が切れていて良かった。
ドラゴンは、私に――
*
ツトムは最後まで読み終わると、勢いよく立ちあがった。
「大臣、失礼してもよろしいでしょうか」
許可を求めながらも、その足はもう扉へ向かっている。
「行ってきたまえ。ただし、怪我のないようにしたまえよ。隊長が体を壊すだなんて面目丸つぶれだ」
ツトムは一礼し扉を閉めると、廊下を速足で進み始めた。
スマホを取り出し、電話を掛ける。
「あ、お前か?」
『あ、隊長。携帯の使い方分かったんですね』
妙な違和感だ。キルエナが耳元で喋っているような感じである。ツトムはぶるっと震えた。
「ああ、お前が誕生日にくれたんだからな。大事にしてるぞ。それより、ちょっと頼みがあるんだ。お前、今本部にいるか?」
『はい、いますけど。何の用ですか?』
キルエナの後ろの騒音で、向こうも慌しいことが分かる。
「実は、新事実が判明した……って言ったらいいのか? まあ、分かった事があるから、それを伝えに行かなきゃならないんだ」
キルエナは黙って聞いている。
「ということで、ヘリを一台、大至急飛ばしてくれないか? 空いてる奴ならなんでもいいから」
『ちょっと確認します』
キルエナが誰かと会話する。
『今ちょうど一台帰って来たので、パイロットを付けることにします』
「ありがとう。屋上に着けてくれたらいい」
ツトムは階段を駆け上がる。屋上までは、あと二十階だ。
『伝える、ということはやはりあの少年ですか』
「ああ。それに、少し話もしたい」
向こうからため息が聞こえる。
『そうやって情を殺せないから、いつまで経っても実績が伸びないんですよ』
「そう言われたってなあ……」
呆れた、と言わんばかりのため息が声になって聞こえてきた。
『まあ、そういうところが隊長らしいんですけどね』
ハハハ、とツトムは笑った。
「そういえば、明後日がお前の誕生日だったっけな?」
え、とキルエナが驚く。
『覚えてたんですか? 部下の誕生日を?』
ツトムは頬をポリポリと掻く。
「まあな。で、プレゼント何がいい?」
またもキルエナが驚く。
『プレゼントくれるんですか?』
「いいよ、好きなので」
キルエナは何か言いかけたが、なんとかそれを飲み込んだ。
『隊長が、私に良さそうだと思う物でいいです』
ツトムは目を瞬いた。
「……そうか?」
『はい』
「分かった、楽しみにしててくれ」
やがて屋上につくと、もうヘリはツトムを待っていた。
「ヘリに乗るから切るぞ」
『あ、はい。プレゼント、楽しみにしてますからね』
おう、と照れ気味に言うと、ツトムはポケットにスマホをしまった。日記の膨らみも、同時に確認する。
(確かあの子の家族が北に居たはずだから、まずは北に向かおう。そこでお土産も買うか。……プレゼントのこと、忘れないようにしないとな)
ツトムは胸を躍らせながら、ヘリの到着を待った。




