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21.破壊されゆく異世界

「……良い知らせから聞きましょうか」


「まあ、良い知らせは、私がこの姿を開発したということだニャ」


 ラーシャは、最近の流行である幼女と猫をマッチングさせたのだと得意げに話した。


「えっと、そういえば、お師匠さんはどうやってここに来たんですか?」


 セレネが尋ねると、ラーシャの目が光った。


「よくぞ聞いてくれたニャ! 話そうじゃニャいか、私の苦悩を!」


 スイッチが入った、とスカイは頭を抱えた。


「あの日、私は一人、魔術局で気楽に寝ていたのニャ。大人形態で」


 スカイがぶるっと震える。


「と~っても気持ち良く寝てたものだから、最初は全然気付かニャかったんだけれど……。ふと気付けば、爆発音がドッカンドッカン!」


 大げさなジェスチャーを、二人が冷めた目で見つめる。


「私はびっくりして、いつものコートを羽織って外に出たわけニャ。コートを羽織らないと、男の目が凄いからニャね。で、そうしたら、ニャンと魔術師同士が争っていて、絶賛戦闘中! やったわけニャよ。まあ、私が一発で蹴散らしてやったわけニャけど、それからが大変だったニャ」


 二人が息を呑む。


「ニャンと、魔術局から、まっぶしい光が溢れて来たのニャ! まるで波みたいに迫って来たそれは、あっという間に私達を呑みこんでしまったニャ!」


「それは一体?」


「私が思うに、あれは魔法陣から発せられる光に似てるニャ。もしかしたら魔法の暴走かと思ったんニャけど」


 ラーシャは肩をすくめた。


「ホントのことはわかんないニャ。で、気付いたら私は、変に人が多い場所の、ど真ん中に立ってたニャ。でっかい塊がぶんぶん走ってくるから危なかったニャよ。

 変わり果てた景観から、私は悟ったニャ。ここは話に聞く、あの異世界だ、とニャ」


 ラーシャはため息をつく。


「それから、ここの仕組みを理解するのは骨が折れたニャ。最初はまさか魔術師がいないとは思ってニャかったから、運悪く魔法を人に見られて、記憶消去を掛けなきゃならなかったニャよ……」


「師匠、何で魔法を使ったんですか?」


「男がコートの中をじろじろ見て来るからに決まってるニャ!」


 ラーシャは大声でわめく。


「そのせいで、大人からこんな不便な幼女形態にならざるを得なかったのニャ!」


 それはそれで特殊な人間が寄ってくると思う、とセレネが呟いた。


 ラーシャが腕を組んだ。


「……しっかし、町でタイ焼きっていう、おいしい食べ物を食べてた時、魔法の気配がしたのは驚いたの

ニャ。焦って直行したら、警察がズラーッと並んでたから隠れたのニャ。もう直感だったニャよ。そした

らビルの上から殺気がしたから、ちょっとこらしめて、ステージの裏に回ったニャよ。どうしよかなーと大人形態になって悩んでたら、ニャんと女の子が足を引きずってるじゃニャいか、と」


 スカイは手をポンと突いた。


「そうか、現われたっていう女の人は師匠だったんだ!」


 謎が一つ解けたスカイを放っておき、ラーシャは続ける。


「私の善意で助けてあげようじゃないか、と思ったのニャけど、残念ながら魔力が不足してて一人しか助

けられ――……」


「嘘でしょ。師匠は魔力尽きたこと無いじゃないですか」


 ラーシャは、うっ、と半歩退く。


「……実をいうと面倒だったんニャけど、とにかく二人はもう送った後だったから、あと一人くらいなら許容範囲だと思って、どっちか一人はオッケー! って言ったのニャ。で、送り届けて帰って来てみたら、なんか凄い殺気放つ青髪の女が見えたから、すぐ退散したっていうわけニャよ。で、しばらくフラフラしてたら山奥に来ちゃって、またフラフラしてたニャ」


 そういえば師匠は方向音痴だった、とスカイは思い返す。


「迷ったんですか?」


「いや、フラフラしてたのニャ」


 スカイは苦笑する。


「で、しばらくしたら魔法の気配がまたしたのニャ。一日に二回も魔法に会うなんて、と思いニャがら奥へ進もうとすると、男どもが止まれとか言ってくるニャ。変な服装だったけど、物騒な物持ってたからちょっと眠ってもらったニャよ。で、無線機とやらに喋りかけてた男を思い出して喋ってみたんニャけど、反応なしだったからすぐに捨てたニャ。風のビュンビュン吹く音がうるさかったからのもあるけどニャ。で、奥へ進んだら、ニャンと我が弟子がいるではないか! ということで、上に転移して空から奇襲、敵の死角から煙幕を張ってから救出したわけニャよ」


 ほぉー、と二人から声が漏れた。


「……何ニャ? ありがとう、とか何かニャいのかニャ?」


 二人の冷めた視線がラーシャを突き刺す。


 ラーシャはむぅと膨れた。


 借りを作るとややこしいタイプなので、感謝したい気持ちは山々だったが、スカイは何も言わなかった。


「師匠がここに来た経緯は分かりましたけど……帰る方法は分かるんですか?」


 ラーシャが何度か目を瞬く。彼女は口を開け、ピタリと停止した。


「しまった! そうか、もうちょっとしたら帰ろうとか思ってたけど、帰る方法分かんないじゃん! ……いや、分からないニャ!」


 場が白けた雰囲気になるものの、スカイは元老の手記を取りだした。


 魔法式の描いてあるページを見せ、呪文が分からないと告げる。


「これは大分複雑ニャね……。何故か悪魔の名前が入ってるし……しかも、聞いたことのない神の名前が入ってるニャ……」


 呪文や魔法式には、神の名前全て、もしくは一部が必ず含まれている。魔法は、神の力をもって発動するからだ。神の名前はそれだけで絶大な魔力をもっているので、魔法はそれを利用している。


「師匠も知らない神の力を借りてるんですか!? なんてこった……」


 しかし、名前さえ呟けば魔法が使える訳ではない。使う魔法の種類、それぞれを司る神々と、個々に契約せねばならないのだ。


 だから、火の魔法なら火の神、水の魔法なら水の神……と、一つずつ複雑な儀式を踏んでいかねばならない。しかも、契約できる神の数は魔力の大きさに比例するので、全ての神と契約するにはドルイドのレベルまで力をつけねばならないのだ。


「……しかも、これ、誰かに描きかえられてニャい?」


 スカイは手記を指でなぞった。

 滑っていく指が、魔法陣のところで止まる。


「……確かに、ここだけ魔法で塗り替えられた形跡がある……」


「誰かが私達を閉じ込めたニャね」


 ラーシャは手記をスカイから受け取った。


「本当なら、帰還呪文なんて魔法式から普通に導き出せるニャ。でも、見たところそれは不可能ニャよ。考えても無理ニャね。きっと、誰かがこっちに私達を閉じ込めるため、こんな変な魔法式に描き変えたのニャ。……ヒントもくれないなんて、ケチな奴ニャね」


 スカイは腕を組んだ。


「……確かに描きかえられているのは事実ですが……そんなこと誰がするんですか?」


 ラーシャはため息をついた。


「スカイ、あんたはいつもこの手記を、机の上に置いていたニャ。さらに、あんたの部屋はいつも鍵が掛ってない。足音を立てないようにすれば、魔法の細工は可能ニャよ」

「…………」


 黙り込むスカイの顔が青ざめる。


「ま、それしか考えられないからそう言ってるだけニャ。違うかもしれないけど、今はこれが一番信憑性が高いだろうニャね」


 消えかかっていた火に、セレネが慌てて枝を入れた。


「……で、悪い知らせニャけど。今日のテロ、覚えてるニャ?」


 ラーシャがスカイを覗き込む。


 スカイは頷いた。


「魔法を使える奴がテロを起こす自体で大ニュースニャんだけど、実は情報によると、あの後も、国の至る所で同じ様な現象が起こっているらしいのニャ。警察は対応でてんやわんや、GSTとかいう専門組織も、首都を空けてまで各地に向かってるらしいニャよ」


「えっと……その情報はどこから?」


 ふっ、とラーシャは鼻で笑ってくる。


「弟子よ、師匠を舐めないで欲しいニャ。お前がふらふらしてる間に、私と同じく異世界へ強制的に転送された魔術師とコンタクトを取りあっていたのニャよ」


(なんだか言われ方に納得いかないな……)


「で、そのどこが問題なんですか? 人が死ぬのはそりゃ悪いことですけど、俺たちにとっては何も――……」


「馬鹿ニャね! だからいつまで経っても魔力切れでくたばってるニャよ!」


 スカイは少しむっとする。


「敵は魔術師の集団、しかも全員元は一般人! これが意味することは? ハイ、答えるニャ!」

「えっと…………」


 ブッブー、とラーシャは手でバツを作った。


「時間切れー!」


 時間が短すぎないだろうか。


「相手が一般人、つまり、敵はこっちに明らかな殺意を持ってるニャ。魔術師が一般人を殺したこと、知ってるニャよね? この人殺し、私は魔術師を誘き寄せるためじゃないかと思うのニャ」


「一般人が俺たちに恨みを持つのは分かりますけど……なぜ一般人が魔力を?」


「それはまだ分からないニャ」


 ラーシャが腕を振ると、たちまち炎が消えた。


「でも、私達としては、魔法を違法な人殺しに使うのは見過ごせないニャ。罠だとしても、突っ込んでやる。もう、魔術師達の間ではそう決まったニャ。ということで……」


 ポンッ、と音がして、魔女箒が現れた。かなり昔のタイプだ。


 跨ろうとしたラーシャは、訝しげに目を細め、片耳を手で押さえた。


 そして誰かとしばらく話した後、こちらを向く。


「今から私愛用の箒で、北の町に向かうニャ。今、東と西の方では戦闘中、南も空から敵が来てるって情報ニャよ。この調子でいけば、次は北が襲われるニャね。ドルイド二人が東西に散らばってるから、私達は北に向かうニャ。先回りニャよ」


「えっと……どうしても?」


「どうしても、ニャ。その女の子も連れて行くニャよ。放っておいたら危ないからニャ」


 ラーシャはそう言うと、自分の後ろを指さす。


 セレネが意気揚々とその後ろに座った。


 スカイも仕方なく跨る。


「何で転移魔法を使わないんですか?」


「転移魔法なんて、場所を特定されるから危なくて使えないニャ。こういうのは、原始的な物が一番ニャ。……あ、ちなみに飛行中はちゃんと感知魔法使っといてニャ、スカイ。私は操縦に集中するニャ」


「操縦に集中するって、箒は勝手に動くじゃないですか!」


「うるさい、黙ってやるニャ!」


 箒はスカイが納得する前に飛び上がり、黒雲が忍び寄る空に消えて行った。


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