20.セレネと“神様”
猫耳の女の子は、ひょいとスカイを下ろすと、側に会った大きな石に腰かける。
「火の神フレム・ラ・ソレスよ、我に恵みを」
女の子の前で、火が煌煌と照りだした。
(この女の子も魔術師なんだ……)
火をじっと見るセレネを、女の子が手招きする。
「ほら、座るニャ。アンタ、凄い動転してたニャよ」
「ニャ」を無理矢理ねじこんでいる感じの喋り方に違和感を覚えつつも、地面に体育座りする。
「暖かいニャ?」
栗色の髪を指に絡めながら、女の子が微笑を浮かべる。セレネはコクと頷いた。
実際は、先程思い出された光景で頭が一杯だったのだが。
セレネの様子に安心したのか、女の子は立ち上がった。そしてセレネに背を向け、神に向かって何かをブツブツ言い始める。
「手強い」だとか「間抜けだ」とかの話し言葉も混じっていたが、分からない言葉もたくさんあった。
やがて何かを握りしめて、こっちに向き直る。
ちょっと拳を横に揺らすと、カラカラと音が鳴った。
「で、アンタは何者ニャ? 魔力は大分あるようだけど……異世界の人間かニャ?」
猫耳がひょこっと動き、尻尾が後でくねくねしている。好奇心一杯な茶色の瞳に見つめられ、セレネは
目を逸らした。迂闊にも冷や汗が流れる。
「……私はセレネといいます。神様のお供……みたいな感じでついて来ました」
セレネが言い終わる。と、女の子は「ん? 神様?」と眉根を寄せた。
おずおずと横たわる少年を指さすと、女の子は感心したような声を上げた。
「そういうことニャね。私はラーシャっていうニャ。くたばってるこいつの師匠やってるニャよ」
「はあ」と相槌をうつ。
「まったく、スカイの奴はこんなに小さな女の子に何を吹きこんだのニャ? 全く、駄目な弟子ですまなかったニャ」
ちょっと頭を下げられ、どうしていいか分からず、火に当たっている振りをした。
「……えっと、神様は大丈夫ですか? 私のせいで、あんなに撃たれて――……」
「いやいや、アンタが気にする事ないニャ、駄目弟子が勝手にやったことニャから」
少し笑うと、女の子は木の枝を持ち立ちあがった。
神とセレネを取り囲むように、女の子は円を描き始める。
セレネは神との付き合いのお陰で、女の子は今魔法陣を描いているのだと分かった。
セレネは火を見つめた。
(……なんで神様は、私を助けたんだろ)
神は、セレネを庇った。そうすれば、自分が死んでしまうかもしれないのに。
(……私は……違うのに。助けられるようなヤツじゃないのに。皆を食べてしまうのに……)
セレネは思い出していた。ああやって、同じように庇われたことを。目の前で、男の人が苦痛に顔を歪め、逃げろ、と叫ぶ。それが何故か。何故そんなことになったのか。
(全部、思い出した)
セレネは、自分の膝に顔を埋めた。
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最初はぼやけていた視界がはっきりしてきた。
視界の隅に、オレンジにゆらめく明かりが見える。
次に、頭がはっきりしてきた。
(……そうだ! セレネは……!?)
慌てて起き上がったスカイを目眩が襲った。
「スカイ! 急に起き上がっちゃ駄目ニャ! まだ安静にしておかニャいと!」
スカイの師匠、ラーシャの声が聞こえて来る。
目眩をスカイは無視し、セレネを探す。
(居た……。良かった……)
セレネは膝を抱えていたが、物音に気付いたようで直ぐ駆け寄ってきた。
「良かった、無事だった――……」
スカイが言い終わるより早く、セレネは手を振り上げていた。
パシッ。
スカイの側で、ラーシャが唖然とする。
スカイは頬を打たれたことに、直ぐに気付けなかった。
「なんで助けたのッ!」
激しい剣幕にたじろぐ。
「いや、でも……」
「でもじゃないッ! 私は別に助けて欲しくなんかなかったッ!」
セレネが詰め寄る。
「私を助けて何が残るのッ! 私を助けたって、どうにもならないでしょッ!」
「どうにもならないわけ……」
「どうにもならないよッ! 私はあそこで死んじゃえばよかったのッ! なのに、なのに、なんであなた
は庇ったのッ! ただの馬鹿じゃんッ!」
スカイの胸に何かが突き刺さる。
「私は、生きててもしょうがないのッ! さっき分かったのッ! 私は、命の価値もないバケモノ何だってッ!」
「そんな、セレネは化け物なんかじゃない!」
「バケモノなのッ! こんな力欲しくなかったッ!」
「セレネは力を受け入れたんじゃ……」
「違うッ! スカイ、なんで分からないのッ! 私を、私を分かってよッ!」
セレネとはっきり目が合う。
彼女は目を大きくした後、我に返ったように萎んだ。
「私を、受け入れて欲しいのに……」
いつのまにか沈痛な面持ちになってしまっていたのか、セレネはスカイから目を逸らした。
彼女の目が、言葉を探すかのように泳いでいる。
「あなたが私を庇った意味は分からなかったけど……」
彼女はぷぅ、と頬を膨らませた。
「あなたが生きてて良かった」
ぷいっと踵を返すと、セレネはスカイに背を向け、さっさと歩いて行く。
彼女は座り、火に当たり始めた。
スカイはポカン、と立ちつくす。
(……一体、何だったんだ……。まさか、怒られるなんて……。まあ心配かけたからそうなるのかもしれ
ないけど……)
後ろから、ラーシャの詠唱が聞こえてきた。結界を張る為の呪文に、治癒魔法を織り込んである。
足元が一瞬光り、少しあった体のだるさが軽くなった。
(いきなり自分の事をバケモノだなんて……そんなにショックだったのか……。よっぽど心配してくれていたんだな……)
スカイは息をほぅと吐いた。
どうやってセレネの側に行こうか考えていると、肩がつつかれた。
「スカイ、これ」
ラーシャが何かをカラカラ言わせている。手を出すと、冷たい物がその上に乗った。ラーシャがニヤニヤ笑っている。体に埋め込まれていた弾だと分かると、実物は見ないで、直ぐに遠くへ放り投げた。弾は黒い闇に呑まれていった。
またスカイがセレネの方を向くと、彼女と目が合った。
「ほら、スカイ! こっち、こっち! あったかいよ!」
さっきの恐ろしい形相が嘘のように、彼女はスカイに笑顔を向けている。
まさか、向こうから話しかけてくるとは思っていなかった。
スカイ、という名は恐らくラーシャから聞いたのであろう。
違和感に少々むず痒さを感じながらも、スカイはセレネの隣に座った。
重い口を開く。
「……セレネ。心配かけて、ごめん」
「別にいいよ。暗いのは止めて」
明るい調子のセレネは、先ほどとは全く違う。開き直ったかのような態度に、スカイの肩も少し軽くなる。
パチッと音をたて、火の子が舞った。
「……でもさ。私の代わりに、スカイが撃たれて良かったかも」
「……はい?」
違う違う、とセレネが手を振って否定する。
「私、本当の自分が見えたんだ。自分の姿が。それに……」
「それに?」
「スカイが神様じゃないって、分かったからね!」
ニコッ、とセレネが微笑む。
スカイはこの少女に、内心首を捻るしかなかった。
(意外に不思議ちゃん……?)
そう思っている内に、セレネはまた火を見つめていた。
スカイはセレネを眺めた。
相変わらず、その可憐な姿は変わらない。
その瞳も、色褪せる事は無いだろう。
照らされた肌が、綺麗なコントラストを描いていた。
「さて、良いムードですがお二人さん。二人にお知らせがありますニャ。良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたいかニャ?」
ラーシャがいつの間にか側に立ち、悪魔のように口角を吊り上げこちらを見下ろしていた。




