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19.敗走と幼女

 キルエナの殺気がセレネに向けられる。


 スカイの体は、無意識に動き出していた。


 何故かは分からなかった。ただ反射的に、その一つの命を守りに走った。


 今、魔法が使えない事を分かっていながら。


 いつからかだろうか。スカイは、セレネを守る事が義務なのだと勝手に思い込むようになっていた。


 あの、柔らかな微笑み。涙を流すまいと一生懸命に唇を噛むところ。ちょこんと首を傾げる愛らしい姿。――セレネは、誰にも劣らない。


 一緒に暮らす内、この人を守りたい、そう思っていた。


 だが、スカイはそれを口には出さなかったし、考えないようにもしていた。


 彼女は異世界の人間だ。自分は、いずれ元の世界に戻らなければならない存在である。好意など、持たぬ方が良いのだ。


 そうは分かっていても、やはり彼女の魅力には逆らえなかった。たったの一週間とちょっとの生活だったのに、スカイをこんなにも惹きつけた人はいない。


 ずっと、一緒に居れたらいいな。


 そう思った時が、初めて自分の気持ちに気付いた瞬間だった。


(だから……だから、俺はセレネを助けようと……)


 銃声が浴びせられた。


 セレネの白く美しい肌に、ばちゃっ、と赤い物がぶちまけられる。


 彼女の虚ろになった瞳がこちらを見つめる。


 生暖かい物が伝う感じがした後、タイムラグがあり、強烈な、焼けるような痛みがスカイを一気に襲った。


 歯を食いしばり、漏れ出る声を噛み殺す。


「か……か、かみさま……? これ……血……?」


 セレネが、彼女の顔に付いた液体を触っていた。


 彼女は、赤く染まった手のひらを無表情で見つめる。


「セ……セレネ……」


 スカイはいつも通りの声を出したはずだったのに、声は擦れるのみだった。


「殺せ。……上からの命令なら、仕方ない」


 ツトムの冷静な声が聞こえてきた。


 「はい」という無機質な声がそれに答え、リロードの音が聞こえて来る。


 パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。


 連射される苦痛に悲鳴が上げる。


 逃げろ、逃げてくれ。そう叫びたいのに、全身が麻痺して伝える事が出来ない。


「血…………血だ…………血……」


 セレネは赤く染まった手を見つめたまま、血、という言葉を繰り返し呟いている。


 今すぐにでも声を掛けて安心させてやりたい。……でも、今の自分にはそれが無理だ。何故か今魔法を使えない上、体の自由も奪われた。不可能だ。誰かの助けが無い限り。


 銃の雨はやまない。リロード、発砲。リロード、発砲。


 それが絶え間なく繰り返され、もう痛いという感覚さえ失われていった。


 なんとしてでも、セレネだけは生かしたい。


 スカイの視界は霞んできていた。


「しつこい。早く死ね」


 キルエナが再び弾を込め始めた、そのとき。奇跡が起きた。


「どけニャ、どけニャ~~! 大人げニャい野郎どもぅ~~~!」


 何だ、とキルエナが言うのが聞こえる。


 一体、何があったのか。それに、今ちらっと聞こえた声はまさか……。


「地面じゃない。……上だ」


 そのツトムの一言で、スカイはそれが、そのまさかであることを悟った。


「全く、私の弟子を痛めつけようなんて百年、いや百万年早いニャ! どうやらお仕置きが必要なようニャ!」


 やけにでかい声が、上空から聞こえて来る。見る事は出来ないが、その様子は容易に想像できた。


「大地の神ソイル・ラ・ホネードに、この前会った誼みで命じる! 我らに……って、続き何だったかニャ……? 正詠唱(せいえいしょう)は滅多に使わないから忘れたニャ。もう良いニャ、適当に爆破、爆発、ファイヤー、ファイヤーッ!」


 そう言った直後、ヒュルルルルル、という、花火にも似た音が背後に落下して来る。

 音が消えた瞬間、砂の煙幕が風と共に、一挙に広がった。


「ほら、スカイ……って凄い怪我ぁっ!?」


 土煙の中、いつの間にか側にいた師匠が唖然とする。今回の姿はかなり小さい。手に持っているのはスタッフか。


「ヤバイ、ヤバイ! 早く手当てしないと死んじゃうって!」


 猫キャラはどうしたんですか、と突っ込みたいが、意識が朦朧としてきた。


「加速魔法!」


 師匠はスカイを担ぐなり叫んだ。

 師匠の足とスカイの足を、青い光が包む。


 スカイはかろうじて動いた指先でセレネを指す。セレネは座ったままだ。


 擦れる声で、あれ、と告げる。師匠は少し嫌そうな顔をしてから、セレネにも魔法を掛けた。


 師匠がスカイとセレネの手を引く。

 風が顔に吹き付け、風景が凄絶な速さで流れていった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 キルエナはどんどん小さくなっていく後ろ姿に拳銃を向けたが、ツトムの声にその手を下ろした。


「ツトム隊長、追いかけさせてください」

「いや、深追いは禁物だ。……それに、あの子達が黒幕だと決まったわけじゃない」


 キルエナは臍を噛んだ。


「あの少年の力は並ではありません! きっと私達の脅威になります! せっかく機械で力を封じる事が出来たんですよ!?」

「無理だ。距離がありすぎる。この機械の有効範囲は狭い。それに、あの喋り方のおかしな女の子には機

械が効かなかっただろ?」


 舌打ちをする。


「確かにあの幼女は力を使っていたようですが……それでも、少年に手傷を負わせる事はできました。今からでも、私の足なら……!」


「落ち着け。お前らしくない」


 言われ、キルエナは目を伏せる。


「お前の俊足は俺もよく知ってる。だが、追いついたところでどうだ? あの女の子、見た目はあれだが、かなりの手練れだぞ? お前はどうだ、今サテライトも持って無いんじゃないのか?」


 沈黙が広がった。


 確かに、ツトムの言う事は、もっともだ。幼女が強い、という根拠はどこから来るのか分からなかったが、サテライトが無いことは事実である。この状態で、果たして奴らと戦えるだろうか。


「……あの少年は、私達の敵なんですよね?」


 ツトムは腕を組み、大げさに唸った。


「どうだろうなぁ。非国民、非国民と言って差別化してきた俺らには分からん」


 ツトムは一呼吸置いた。


「……でも、あの少年が人間であることに変わりはない。たとえ異世界から来ていてもな」


 キルエナは心の中で首を捻った。


 だが、考える余地は無く、プロペラの音が静寂を切り裂いた。

 あの中には、GSTの隊員が乗っている。しかし、遅刻だ。遅すぎる。

 キルエナは、説教でこのもやもやとした気持ちを晴らすことにした。




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