16.迎撃準備
「どういうことですか?」
「理由はなんでもいい! とにかく出て行ってくれ!」
少女の父が二人に掴みかかる。
「止めてくださいっ!」
セレネが叫ぶ。
「お願いだ! 早く逃げてくれ! GSTが来るんだ!」
「GSTが……?」
どういうことだ、と思考を巡らせる。
「お父さん、止めて! 何してるの!」
駆け寄った娘が父を引き剥がす。
「ルナ、早く逃げろ! GSTが父さんを逮捕しに来る! やっぱりあれを渡すんじゃなかった! ああ、僕は用済みになったんだ!」
スカイが取り乱す父を見る。
「あれ、とは何ですか。詳しく話して下さい」
少女の父は無茶苦茶に頭を掻き毟った。
「それは……いや……しかし……」
そう言って、少女の父がため息をついた。
「……僕はGSTに、あることについての相談を持ちかけられていたんだ。…………能力者の力を封じ込める方法はないか、とね。この研究を見込まれた初めての時だった」
「で、あなたはそれを作ってしまったんですか!?」
スカイが詰め寄る。
「条件も良かったんだ。暮らしが安定すると思ったんだよ。ルナの活動も続けさせてやると思った。その一心で……俺は能力者の力を封じる機械を作った」
「何故!? あなたは能力者を……魔術師を尊敬してたんじゃないんですか!?」
「ああ、尊敬している。でも、家計も苦しかったんだ。アイドル活動を支えてやるのにはかなりの費用が
かかる。借金をしていることも、ルナには言うまいと思っていた。……でも、もう限界が近かった。これ以上借金の返済や税の納金が遅れれば、差し押さえでみっともない姿をさらすことになる。それだけは避けなければ。……そう思っていた時、GSTの隊長がやってきた。借金など、一気に返済できる額だったよ。何せ、億単位のお金が振り込まれるって言うんだから」
スカイは男をじっと見据えた。その目には、憐みの色が浮かんでいる。
「で、その機械はどういった効果があるんですか? どうせ、向こうはそれの試運転をすると思うので」
男は目を伏せた。
「……一定範囲の能力者の、力の源を遮断する効果だ。……確かあの人は、魔力と言っていたかな。能力者が能力を使う時に発生する僅かな磁場を利用したんだが……」
「範囲はどれくらいなんですか?」
スカイの勢いに男は押される。
「……試作品だから、大体20メートルってところかな」
「それだけ分かれば十分。要するに、その範囲外から魔法を打ち込めばいいってことですよね?」
「まぁ、そうだが……」
「あとどれぐらいでGSTはこっちに?」
「僕の仲間は、この山のふもと辺りに大型車が五六台停めてあるといっていたから……ここが山奥だと言う事を考えれば、早くて三十分、というところかな」
スカイは聞くだけ聞くと、玄関へつかつかと歩いて行く。
「も、もしかして君! GSTとやり合うつもりじゃないだろうね!」
男が後を追うように叫ぶ。
スカイは足を止めた。
「……俺はそのつもりです」
男は目を見開く。
「止めておくんだ! 君たちは早く逃げなさい! 君たちも追われているんだろう? 彼らは情けなど、かけてくれない!」
スカイは男に向き直った。息を吐き、口を開く。
「……それだと、あなたはどうなってしまうんですか?」
男は、はっと目を見開いた。
セレネが男の横を通り、スカイの横に立つ。
「そうですよ。私と、私の神様は、目の前でみすみす人を殺させたりしません」
スカイは頷いた。
「それに、きっと、じいちゃんは、あなたを大切な人として見ていたはずです。もしあなたが人生を全うせずに死んだら、俺の祖父はどう思うでしょうか」
スカイには分かった。男の中で、何かが揺らいでいる。
「なぜ諦めるんです? なぜ戦おうとしないんです? 娘を連れて逃げてくれ、なんて、都合のいい話ですよ。……あなたは今の状況から逃げてるんです。この状況から、ただ楽になりたいだけなんですよ。死んだら楽になる、とお思いになっているのかもしれませんが、それは間違いです。あなたには、守るべき物があるじゃないですか」
スカイが、彼の娘を指さした。
「あなたが死んだら、娘さんはどうなるんですか? あなたがこの世からいなくなってしまったら、娘さんは山奥で、たった一人で暮らさなきゃならない。きっと悲しみに明け暮れて、アイドル活動なんて出来なくなるでしょうね」
スカイが目を向けると、男は床に目を伏せていた。
「俺は…………どうすれば? どうすればいいんだ?」
「決まっています。……あなたも生き延びて、娘さんも生き延びるんです」
スカイが一語一句に力を込める。この男の心の根幹が変わらなければ、助ける意味など、無い。
男はスカイに目線を戻す。
「そんなこと……できやしない。奴らは強い。目的の為なら手段も選ばない。無理だ――……」
「で・す・か・ら!」
男がひっと声を上げ、小動物のような怯えた目でスカイを見る。
「そのために、俺達がいるんです!」
セレネが男に笑いかける。
「そうです。私達がいる限り、お父さんと娘さんに手出しはさせません」
ねっ、とセレネが微笑みかけてきた。こういうときに、セレネの笑顔には何か魔力があるんじゃないか
と思う。
「でも、そんなこと悪いです! 見ず知らずの人に護衛をさせるなんて!」
控えめだった少女が前へ出て来る。
スカイが答えた。
「いや、これは俺自身の為でもあるんだ」
「えっ」と少女が声を上げる。
「俺のじいちゃんは、ある人を守りたかったそうなんだ。じいちゃんは、ずっと、その人の事を考えていた。だから、ここに来る方法を必死で探していたんだと思う。……だから、もし、そのある人が、あなたのお父さんだったら取り返しのつかない事になっちまう。俺があの世に行ったときに、じいちゃんに殴られちまうからさ」
スカイは重苦しい雰囲気を締めるかのように、手を一つ叩いた。
「すみません、紙とペンがあれば頂戴したいんですが」
男は小さく頷くと、ポケットからペンを、棚から大量の紙束を渡した。
「今まで書いてきた大切な論文だが……君の役に立つなら、もうどうだっていい。裏は白紙だから、使ってくれ」
「ありがとうございます」
スカイはそれを受け取ると、家を飛び出す。セレネが慌てて追いかける。
「それで何するの?」
ペンを高速で走らせ始めたスカイに、セレネが聞いた。次々と、紙に記号が書き込まれていく。
「これで罠を作るんだ」
「罠?」
あっという間に、紙の束への書き込みが終わった。
「これを、GSTのルートに仕掛ける」
「……と、どうなるの?」
スカイが紙束を抱えたまま、少しの間目を閉じた。
詠唱が始まると、立っている地面から、小さな光の粒が浮かんでくる。
その粒は、サラサラと砂のような音を立てながら、列になって、風に乗るように森の中へと流れて行く。
光の粒が消え、スカイは目を開けると、迷うことなく、家に来た道を戻り始めた。
「一応、色々な小細工をちりばめたよ。効果は発動してからのお楽しみ」
「えー! 気になるー! 教えてよぉ!」
駄々を捏ねるセレネを置いて、スカイは紙を辺りに、ばら撒き始めた。
「え! 何してるの!」
「罠の設置だよ。見れば分かるじゃないか」
セレネは納得いかない様子だ。
「なんで撒くだけで罠を作れるの?」
スカイは手を止めない。
「一応、おおまかな座標指定はしてあるんだ。見てみなよ」
セレネが投げられた紙の一つを見た。目で追っていくと、川に落ち掛けた紙が、突如浮き上がり、森の中へすぅ、と入っていったのが分かった。
「……すごい。すごいけど、ここで、そんなに使っていいの? GSTはもっと向こうなんじゃない?」
スカイが最後の紙を撒き、セレネの方を振り返った。
「いや、もうGSTはすぐそこまで来てるよ。……戻ろう。あの二人を逃がさないと」