14.上司と部下
「いやだ、いやだ、いやだああああぁぁぁぁっ!」
発砲音が連続し、叫びを上げていた男は柱にくくりつけられたまま、うなだれるように動かなくなった。
仕事を終え赤い部屋のドアを開くと、見慣れた顔が自分を待っていた。
「お疲れ」
「どうも」
短い会話だ。男はマジックミラー越しに非国民を眺めた。
「……容赦ないねぇ。感情を消して銃を持つなんて、俺には出来ないよ」
「それができないといけないんですよ。隊長は敵に情けをかけすぎです」
キルエナは腰のホルダーに銃をしまう。十二発の弾丸は空になっていた。
「そうはいっても、相手も人間だからさ。怪獣とかだったら大丈夫かもしれないけど、どうしても相手のことを考えちまうんだ」
隊長は死体の“清掃“を、ただただ眺めている。
「死刑が執行された奴って、今年でどのくらいになるんだ?」
「おおよそ五十人くらいかと」
隊長はため息を突いた。
「今年になって増えすぎじゃないか? ちょうど非国民の動きが鎮まって来ていた所なのに、それをただ蒸し返す結果になってるじゃないか」
この赤い部屋も、最初は真っ白な空間だったのだ。普段ならすぐ落とせるはずの血液だが、黒く淀んだ彼らの血はなぜか洗い流せなかった。
「しかたありません。牢獄だって、数が無いんです。新設しようとしても、法律の制限が厳しすぎて出来ないんですし。住民の反対もあります。だから、収容者の数を減らすしかないんですよ。…………奴らに殺された仲間たちの仇討ちの意味もありますけど」
今、キルエナは任務を一人で遂行している。事情を知らない隊員たちは孤高の鬼教官などとほざいているが、誰も一人が好きだなんて言っていない。仲間は全員、非国民の罠に掛って殺されたのだ。それ以来、仲間と言う物を持つのは止めたのである。あのときは、怒りと憎しみで自分を見失ってしまった。この人がいなければ、どうなっていたことか……。
と、真面目にキルエナが思案しているところで隊長が豪快なくしゃみをかました。
「すまん、すまん」
はははと笑うこの男の脳天気さは、昔から変わらない。もっと緊張感を持ってくれとたまに思うが、このままで居てほしい、変わらないでほしいとも思うから不思議である。
「お体に気を付けてくださいね。まあ、馬鹿は風邪をひかないといいますけど」
「おう。…………って誰が馬鹿だっ!」
くすくすと笑うと、キルエナは蛍光灯の並ぶ廊下を歩き始めた。
「お前も気をつけろよ!」
後ろから隊長が声を掛けてくる。
「私は大丈夫です。風邪なんて引いた事ありませんから」
「違うって、非国民のことだよ! 新しい組織が確認されたんだろ!」
自分の勘違いに頬を染める。
「大丈夫です。部隊は各地域に配備しましたし、いざとなれば幹部も向かわせます。……もちろん、隊長にも働いてもらいますからね」
隊長は「えー」と露骨に嫌そうな顔をする。まるで子供だ。
「では、会議がありますので」
キルエナは十五歳近く上の子供に頭をさげた。
(なんとしてでも……あの少年を捕まえて、話を聞かなければ。あの少年と、不思議なオーラを放つ少女。あの二人には……何かあるはずだ)
キルエナは深く呼吸をすると、踵を返し、廊下を進んで行った。