13.深まる謎と僅かな展望
「お前達は何だ!? どこから来たんだ!? 何が目的だ!?」
最初にスカイ達がやって来た河川敷の側に、女に詰め寄る一人の少年と、それに震える二人の少女の影があった。川にかかった高速道路の下は光が届かず、他よりも温度が低い。
「そんなに詰め寄らないでくんない? 何から答えていいか分かんないし」
「つまり答える気はあるってことだよな?」
「こんなに厳重に縛られてちゃ何もできないでしょ?」
カルネは今ロープでぐるぐる巻きにされており、まるでミイラのような出で立ちだ。セレネが似ていると言い出したのだが、仮面を被っていたせいで、さらに彼女はそれっぽく見えてしまっていた。今は仮面をとってあるので、ましにはなったが。
「それに、あんた並の魔術師じゃないでしょ? 私は下級だけど、あんたは上級?」
カルネは見抜いたように、黒の瞳を向けて来る。黒ローブを知らない時点で位が低い事は分かっていたが、そう言われるとどこか癪に障る。
「俺はドルイドだ」
スカイが言った瞬間、カルネがえっ、と大きく目を見開く。
「ドドド、ドルイドッ!? ドルイドって国に四人しかいないんじゃ……? こんな若い子がドルイドやってんのっ!?」
「文句ある? それより、位のことや魔術師のことを知ってるってことは、お前は俺と同じ世界から来たな?」
「まあ、多分そうだと思うけど」
「詳しく聞かせてもらえないか。どうやってこっちに来た?」
カルネは思いっきり嫌そうな顔をする。
「分かんないよ。リーダーに命令されるまま魔方陣に立ったらここにいたんだからさ。私達はここが担当らしいけど」
「ここが担当? リーダーって誰だ?」
スカイが詰め寄る。
「私も分かんないよ。話持ちかけられて集まって、ただ言われた通りに動いてるだけだからさ。そのリーダーが誰かも、私は知らないよ。ローブに仮面姿だったから男か女かも分からなかったしね。側近だけが喋って、リーダーだけは喋らなかったし」
カルネが苦しそうに首を回す。しばらく腕を組んでいたスカイは、はと何かを閃いたように顔を輝かせた。
「おい、もしかして帰還呪文を知らないか!? そのリーダーがどうやって魔法式をしったかは知らないが、それならきっとお前らに呪文を伝えてるはずだ!」
勢い余って前に転びそうになる。カルネが眉根を寄せ、固まった。スカイが期待の籠った目でそれを見つめる。転がり込んできた希望だ。もし帰還呪文を彼女が知っていたら、元の世界へ戻る事が出来る。
しかし、カルネは首を振ってしまっていた。
「知らない、というか何それ?」
スカイは唖然とする。
「てかさ、帰還呪文無しで帰れないもんなの? ドルイド君」
「無理だ。帰還呪文が無ければ向こうへ通じる扉を開けない。呪文無しで無理矢理ねじこめば、体がばらばらになっちまう」
ドルイド君、に違和感を覚えながらもスカイは解説した。
「お前達が人殺しが趣味のリーダーに集められた事は分かった。……でも、それに目的は無いのか? 目的無しに人をこの世界に送り込むなんて、すこしおかしいと思うんだが。魔法陣にかかる魔力は膨大だし、異世界で殺戮行為をさせて何になる?」
「知らないって言ったでしょ? 私は命令通りに動いただけで、特に何も聞いてないんだって」
「じゃあ何故得体の知れない奴の言う事を聞いた?」
カルネがやれやれとため息を突いた。
「金に決まってるじゃん。……もう、これ以上私に聞いても何も出てこないよ。もっと偉い人も来てるはずだから、そいつに聞いたら?」
「そいつはどこにいる?」
すかさず聞くと、カルネは「さあね」と決まり文句を一つ。
「でも、私達の組織名を言ってる奴が居たら、そいつがそれだね」
カルネは首をパキッと一つ鳴らした。
「私達はイブリースって名乗ってる。――悪魔、っていう意味だよ」
「イブリース……」
スカイが繰り返す。
「覚えとくか」
手を少し動かすと、カルネの縄が独りでに解けた。
「ありがとね、ドルイド君。一応、これは借りにしとくよ」
カルネがうーん、と伸びをする。
「ちょっと神様、犯罪者を逃がしていいの!?」
セレネが訴える。
「いや、こいつは下っ端だ。逃がしても大丈夫だろ」
「安心しなよー、ドルイド君のガールフレンドぉ。他のメンバーに報告したりしないからさあー。仲間も殺されて、一人じゃなにも出来ないしねー」
セレネは不満そうだったが、どうやら言っても無駄だと感じたようだった。
「じゃ、私は行くから。……ドルイド君。上の人達には気をつけなよ。あいつらは悪魔を持ってるから」
「悪魔を持ってるって――……」
最後まで言い終える前に、カルネは消えてしまっていた。
「どこに行ったの?」
セレネが一応聞いとこうか、というようなノリで言う。
「俺と同じで、帰る方法を探すんじゃないか? ……しかし――」
スカイはローブを整える。
「もしかしたら、他にもこっちに来てる人がいるかもしれないな……」
敵と言う形で会わなければいいが、と少し思う。
スカイがセレネに向き直ると、その隣の人影がびくっと震えた。
そうだった、まだ一つ問題があった……
「あ……あの、もしかしてあなたもあの人達の仲間なんですか……?」
おどおどと、呂律の回らない口調でアイドルの少女が尋ねて来る。
「違うって。あんな奴らと一緒にされたら困る」
スカイは優しい表情を心がけたが、アイドルの少女はそれにも怯えた表情を見せる。
「でも、不思議な力を使ってたから……そうなのかなぁって……」
少女は目を伏せる。
「私達はあなたを助けたんだよ? 悪者のはず無いじゃん。神様はすごくいい人なんだ。私も神様に助けられたんだよ」
「そう……なんですか?」
疑う少女を余所に、スカイは落ち葉を集め始めた。
「ま、確かに一般人から見りゃ俺達は怖いよな」
独り言のように呟く。
「どうする? GSTにつれて行こうか?」
少女は口を開きかけ、何故か止めた。
「GSTなら保護してくれるんじゃない? 私達は側までしかいけないけど、送る事はするよ」
セレネが援護射撃をする。しかし、アイドルは、
「……わたし、GSTとは仲良くするな、って言われてて……」
二人は意外なセリフに驚く。
「GST、って一般人の味方なんじゃないのか?」
「……私のお父さん、GSTに色々詰め寄られてて怒ってるんです。だからGSTには近付くなって……」
「詰め寄られてる……ってどういうこと?」
セレネが尋ねたあたりで、スカイの側には落ち葉の山が出来あがっていた。管理人が人目につかないここに葉を集めて来るのか、落ち葉は意外と早く集まった。
「お父さん、ひこくみ……能力者の皆さんのことを調べてるんです。この前、何かの研究が成功したみたいで喜んでたんですけど、そこにGSTの隊長さんが来て、お父さんと何かを話してたんです。それでお父さんが怒って……」
「なあ、アイドルさん。俺達をお父さんのところへ案内してもらえないかな?」
スカイが落ち葉の山に手をかざすと、落ち葉がキュッと一か所にあつまり、薄く広がった。
「わっ! 綺麗な服!」
セレネが手を伸ばすが、コートのような服は少女の手に渡った。
「その衣装じゃ寒いんじゃないか?」
コクと頷くと、少女はフリフリの付いた派手な衣装の上から服を羽織った。
「うん、これで普通の女の子だ。これで目立つのも避けられるしな」
少女はまだなじめていないようだったが、それでも恥ずかしそうに一つ頷いた。
膨れるセレネは放っておいて、ひとまず何故あそこにいたのかを尋ねてみる。
「実は、メンバーの一人が舞台の上から落ちて、足を折っちゃったんです。他の二人は逃げちゃって私が肩を貸してあげてたんですけど、男の人に見つかっちゃったんです。そしたら、女の人が来て、どちらか一人くらいなら逃がしてあげるよ、って言ってくれたんで、私がモナ――舞台の上から落ちた子のことです――を渡したら、その人とモナはあっという間に消えちゃって。で、そうこうしてる内に捕まっちゃった、という感じです」
「やっぱり魔術師は他にもいるか……」
一方で、一般人を助ける物好きな魔術師が自分たちの他にいるだろうか、という考えが頭をよぎる。
「……えっと神様……でしたっけ?」
「……まあ、そういうあだ名だけどな」
少女がいきなり頭を下げた。
「助けていただき、ありがとうございました!」
えっ!? と思わず声を上げる。
「お礼といってはなんですが、お父さんのところへ案内させていただきます!」
この服の事もありますし、と付け加える。
「どうするんですかぁ? この子に付いて行きますぅ? まぁそうですよねぇ? 何か神様、この子に優しいもんねぇ?」
何だか嫌味っぽく言ってくるセレネは無視する。
「頼むよ。その話を、お父さんに詳しく聞いてみたい」
こっちです、と少女は歩きはじめる。
一人は胸を期待で膨らまし、一人は渋々足を動かした。
もしかしたら、何か有用な情報が手に入るかもしれない。元の世界の様子が知りたい。その、イブリースが蔓延る世界になっていなければいいが――。
三人は川沿いを、各々の思いを抱えながら歩いて行った。