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12.青髪とテロリズム

 群衆は、皆逃げるかとどまるかの二択で戸惑っているようだった。今は誰ひとりとして動いていない。迷っているのか、この状況を信じていないのか、それとも唯の余興だと思っているのか。


「包囲した……ってどういうこと!?」


 頭上で騒ぐセレネを慌てて降ろす。敵が銃をもっている可能性がある。これが本当に犯罪に巻き込まれている状況なのかは分からなかったが、とにかく何かの対処はしなければならない。


「もし今喋った奴が犯罪者なら、俺達は人質って所だな。なかなか大層な事しやがる」


 スカイはそう言ってから、ちょっと辺りを眺めた。


「しかし……この人数を人質にするって、おかしいよな。現実的に考えて、この千人ほどの人質を管理しきれるはずがないはずだ」


 そうだよね、とセレネが返す。


「それも、“俺達”っていう人数に自信があるってことなのかなぁ。まあ、警察が直ぐに来るんじゃない?」


「うん、そうだな。絶対誰か携帯電話ぐらいはもってるはずだし、通報してるだろ。ま、俺達は警察が働いてる間に逃げなきゃまずいけどな。もし見つかったら俺の目的も、セレネとの約束も守れなくなっちまう。死刑はごめんだ。迅速に行動しないと」


 二人は頷き合った。

 さて、これからどうなるのか――。


 そう思った時、前から叫ぶような声が上がった。


「お前ら、何で逃げねぇんだよ! 前の奴ら、石になっちまったんだぞ! 俺らも逃げなきゃ死ぬぞおぉっ!」


 そのファンの一人の声で、集団のスイッチが入った。人は、他人に流されやすい生き物である。その男が疾走を始めると、周りも釣られるように走り始めた。その塊は、どんどん広がっていく。


「石になった……? どういうことだ……?」


 スカイが呟く。二人はその場から動かず、迫る集団によって分断されないよう、体を寄せ合った。集団は、皆恐怖に顔が引きつっている。恐怖に喚いている。とにかく足を動かし、外を目指そうとしている。この籠から逃げようと。


「おいてめぇらあああぁっ! 本当に死にてぇみたいだなああぁっ!」


 男が、嘲笑うようにして叫ぶ。その男の声を最後に、足音が消えた。声が消えた。失われたかのように、消えた。群衆の音が消えたのだ。


「これは…………!」


 逃げだそうとしていた人達の、動きが止まっていた。時間が止められたように止まっていたのだ。逃げださなかった数人以外、皆固まってしまっている。


 セレネが、側で固まった人を突いた。


「神様、これ氷!」


「氷……?」


 男の声が聞こえてきた。


「俺言ったよなあっ! 絶対動くなって! だからそうなるんだよ!」


 男は一つ咳払いを挟む。


「そろそろ警察がやってくる頃だろうが……。ま、この世界の警察は何て言うか、貧弱だから大丈夫だろ。俺たちにとっちゃ邪魔されない事は有利なんだけどな」


 氷の像の間を縫って、少し進むと、男の姿を見る事が出来た。確かに、仮面を被っている。男は残った

人数を、子供のように数え始めていた。彼の後ろには、もうアイドルの姿はなかった。上手く騒ぎに紛れて逃げられたようだ。 


「神様、今あの人、“この世界”って言ってたよ?」

「ああ。俺もそれが気になった」


 もしかしたら、自分と同じ、別世界から来た人間なのかもしれない。


「よし、作戦を変えよう。逃げるのは止めて、あいつを捕まえる」


 セレネは頷いた。


「だいたい25人か。カルネの予想通りだな」


 拡声器越しに独り言を喋る男は珍しいなと内心苦笑していると、後ろからサイレンの音が聞こえてきた。赤いパトランプが騒々しく広場を取り囲んだかと思うと、警察隊員が傾れ込むように出てくる。かなりの重装備から、この状況を警察が理解している事が分かった。上を見上げると、ヘリが大きく円を書くように飛んでいる。警察の物ではない。恐らくメディアの物だ。あれでテレビ中継でもされているのだろう。


「おい、テロリスト! 今すぐ手を上げろ! 少しでも動けば狙撃犯の弾がお前の頭をぶち抜くぞ!」


 ハゲ頭の刑事が拡声器を通して叫んだ。

 事件を強引に解決させる為今にでも警官を突進させそうな彼の後ろには、異様な存在感を放つ女性が後ろに手を組んでいる。青空に溶け込むような、マリンブルーの美しいショートヘアが目に入った。


「神様、で、あの人達は一体何で氷になっちゃったの?」


 セレネの声で我に返る。


「うーん、俺の予想だと――外れてくれればいいんだが――敵は魔術師だ」


「魔術師!?」


「ああ。氷で石のように固められたあの人達から、魔力が感じられた。ごくわずかだったけど、あれは絶対に魔法の痕跡だ。そして、もうひとつ予想を立てるとすれば、仮面の男の仲間はどこかに潜伏している。どこかの陰から魔法を使っているはずだ。今から感知魔法を使うけど、そしたら敵に感づかれる危険もある。感知魔法を使っている間は、他の魔法を使えない。だから、そのときはセレネだけ逃げてほしい」


「それはだめ。私は神様は置いて行かないよ。守られる方が偉そうかもしれないけど、いざとなったら私だって力を使うから」


「セレネ、でも……」


「いいの。神様の為に、この力を使わせて。この力を好きになる為に」


 少し間が空き、スカイは頷いた。


「分かった」


 刑事と仮面の男の応酬は続いていた。


「だから早く手を挙げて出て来いって言ってるんだ! 隊員全員を突っ込ませてもいいんだぞ!」


「黙れ、クソジジィ! そんなにひょいひょいと降参する奴がいるか!? こういう事やってる奴の中

に!」


「黙れはお前の方だ! 客を固めてしまうなんぞ、重罪だ! 全く、何のトリックか知らんが、絶対に逮捕してやる!」


「ハゲには無理だ! というか、あんた黙れないのか!? あんたの拡声器うるさいんだよ! 音上げ過ぎだ!」


「ああ、最大にしてあるぞ! お前に俺の声を届ける為にな!」


「お前のきたねぇ声なんて聞きたくねぇよ! さっさと死ね!」


「な、なんだと……!」


 拡声器を投げ捨て、殴りに行こうとするハゲ刑事を、数人の隊員が抑える。刑事は本気で殴りに掛ろうとしているようだ。じたばたと抵抗する彼の後ろで、青髪の女性が拡声器を拾った。


「おい、非国民! お前達の目的を、三百字以内で明かせ! さもなければ今すぐ殺す!」


 その鋭く飛ぶ声に、警官一同が慄き、ハゲ刑事が唖然とした。スカイも、思わずその場から一歩退く。

 男も同じ感覚を味わったようで、腰が少し退けている。


「な、中々威勢のいい姉ちゃんが来たじゃねぇか」


 声が少し上ずっている。


「いいだろう、教えてやる。まあ、警察が来れば条件を提示するつもりではあったがな。……さて、警察諸君には、ここにいる全員が俺達の人質である事は分かってもらえているかと思う。一応、俺達の目的は、この世界での資金を調達する事だ。そこで、君たちに身代金五億を要求する」


 女性は全く動じない。


「俺達はある集団に属していてね。その集団は、俺たちに課題を出した。人をとにかく殺しまくれってな。その資金が欲しいんだよ。目的は分からないが、俺達はとにかく人を殺さなきゃならない。俺は人殺しなんて好きじゃないんだが、他の奴らが血に飢えてる奴ばっかりでな。俺は仕方なーくこうして犯罪の主導者みたいに出て来てるってわけよ」


「お前達が人殺し大好きの狂った集団だと言う事は分かった。他に何かあるか?」


 女性が、言葉の最後に被せるように言った。


「別に何もないが」


「そうか。それなら話は早い。非国民、お前には死んでもらう」


 男は肩をすくめる。


「それは無理だぜ、お姉さん。俺等の力を見くびってもらっちゃ困る」


 スカイも、それには賛成だった。


 スカイはさっきまで感知魔法を使っていたが、潜伏しているのは約四人。その内三人は、この広場を見渡せる建物の陰や木々の上に隠れている。そして、一人は今ビルの中で交戦中の様で、魔力の反応が見られた。幸いな事に気付かれることはなかったが、どの敵も、魔術師の位に当てはめれば中級、上級の間、といったところで、自分が集中砲火を受ければたちまち命を落とすほどの戦力である。一匹一匹の魔力は大したことはないが、合わされば脅威だ。素人のあの女性では、戦える事は戦えるだろうが、敵に手傷を負わせる事はできないだろう。勝率はゼロパーセントに等しい。氷の彫像にされてお終いだ。


 それでも、女性の目に揺らぎは無かった。


「非国民風情がよく喋る。その口を一生開かないようにしてやろう」


 女性は白のコートから球体を二つ取り出した。おもむろに放り投げられたそれは、彼女の周りをゆっくりと回り始める。


「神様、あれ何?」


「わからない。魔法じゃない事は確かだけど……」


 女性は無表情を崩さない。


「お前は私の前で死ぬ」


 突然の死刑宣告に男は笑い始めた。


「無理だ、無理だ! あんたは俺の側に来ることさえできないよ!」


 彼女の姿が消えたのは一瞬だった。影が一瞬目の前を横切る。かと思うと、もうすでに彼女は男の目の前に立ち、小刀を首に付きつけていた。


「これでどうだ?」


 男がその場から跳ねて飛びのいた。女性が拡声器を投げ捨てる。


「馬鹿め! 距離が離れればこっちの物だ!」


 男は勝ち誇ったように叫ぶ。彼の手から青の閃光が発せられた。


「危ない!」


 反射的にスカイが叫ぶ。


 だが、心配は杞憂に終わった。女性の目の前に、七色のシールドが展開されていたのだ。球体の一つが作りだす盾が、見事に閃光を防いでいた。まるで、吸収されるかのように魔法は消え失せてしまった。


「コード08‐14!」


 女性が叫ぶと、二つの球体が縦に割れ、中の真っ暗な空間から無数の銃弾が放たれた。悲痛な声が、その痛みを思わせる。息をつく間もなく完全に穴だらけになってしまった男は力無く地面に倒れた。その状態からもなお体を起こそうとしていたが、足をさらに撃たれ、それも叶わなくなった。

 もう既に原形をとどめていない男の顔を女性は見下ろした。


「紹介が遅れた。私はGST訓練監督長、キルエナ=シルフォードだ。地獄で私と出会ってしまった事を後悔するんだな」


「GST……だと…………くそ……みんな……俺の仇を……とってくれ……」


 男は振り絞るように言うと、そのまま力尽きた。


 この風景――自分がゴーゴンを倒したときと同じだ。こうして客観的に見ると、あまり気持ちの良い物

ではない。


「あの人に話きけなくなっちゃったじゃないですかー! あの人、何で殺しちゃうかなー」


 殺人の現場に対して耐性が付いたのか、セレネはいつものテンションだ。不謹慎だぞ、と言いながらも、スカイは、


「まあ、大丈夫だ。他にも奴の仲間はいる。……ほら、来たぞ」


 と指をさした。


 舞台上に、二つの人影が現れた。警官達がどういうトリックなのかとざわめく。スカイは瞬間移転魔法だと、瞬時に見破った。


「あいつ死んじまってるぜ、カルネ策士さん」


「そんなの想定内。無視無視、存在自体無視!」


 椿の描かれた仮面を被っている女がカルネか、とスカイは考える。


「騒がしいな。お前達も非国民か」


「私その呼び方好きじゃないんだよねー。止めてくんない?」


 カルネが挑発的な態度をとる。


「お前達、それで全員では無いな? ……まだ一人、いや、二人いるか」


「おお、すごい、すごい。もしかして感知魔法とか使えんの?」


 GSTの女性、キルエナの視線が鋭くなる。


「黙れ。お前達と一緒にされては困る。大人しく殺されろ」


「殺されろぉ? そんな要求誰が飲むかって!」


 カルネは赤いダウンのポケットに手を突っ込む。この景観とは不釣り合いな防寒装備だ。

 カルネはまだ何かを喚いていたが、キルエナがそれを最後まで聞くはずは無い。キルエナが動く。


「コード02‐53!」


 球体の一つが真っ二つに割れたかと思うと、その間から、巨大な太刀が姿を現した。黄金の刃が輝きを放ち、曲線を描く。カルネの後ろにいた男の首が刎ね跳んだ。


 刃がカルネに向く。


「ちょっと待ったぁ! 動いたらこの子の命は無いよ!」


 キルエナの動きが止まった。カルネの腕に抱えられている物を見たのだ。

 カルネが抱えていたのは、綺麗な衣装を身にまとった女だった。――アイドルの内の一人が、あろうことか犯罪者に捕まってしまっていたのだ。恐らく、どこかに捕まえていた少女を、魔法で召喚したのだろう。


「私を殺してもいいけど…………そしたらこの子も死ぬよ?」


 キルエナが舌打ちを飛ばす。


「下衆が」


 カルネの肩がほんの少し上がった。仮面の下でニヤリと笑ったに違いない。


「分かったら、大人しく私達を逃がして。あ、身代金を忘れないように」


 キルエナが投げ捨てた拡声器を拾った。


「おい、刑事! 身代金は!」


「用意できています、幹部殿!」


 ハゲ刑事が拡声器で返答した。警察とGSTでは、やはりGSTの方が上なのかと少し思う。

 キルエナがカルネに向き直った。


「非国民。今から身代金を渡す。……だが、人質とその子を解放しなければ私は容赦しない」


「はぁ。言われなくてもそのつもりだって。今回は一応資金目的だからさ」


 カルネがひらひらと手を振った。

 少しして、キルエナの手元にアタッシュケースが三つ用意された。


「これでいいだろう。さあ、さっさとその子を放せ」


「いやー、金の確認が先でしょ? それを渡せ」


 カルネが誰かの名を呼ぶと、裏から男が出てきた。やはり仮面を被っている。


 (一人だけ……? あともう一人、潜伏しているはず……)


 しかし、スカイに感知魔法を使う余裕は無かった。


「これは!? この女、騙したなあああっ!?」


 アタッシュケースが地面に落ちると、中身が盛大に飛び出した。飛び出たのはただの新聞紙で出来た偽物だ。


 キルエナが動く。その手が少女を拘束する腕を払った。ケースを持っていた男がキルエナに殴りかかる。男は仮面の上から、球体の刃を諸に喰らい吹き飛んだ。


 その隙を突き、カルネが少女に向き直った。片手に魔力が込められている。


「まさか、あの人本当に殺す気なんじゃ……!」


 キルエナはまだそれに気付いていない。カルネはもう魔力を溜めきった。このままでは火花の散る手が

少女の腹部を貫く……!


 スカイは無意識のうちに魔力を使っていた。突如現われたスカイに不意を突かれたカルネは攻撃のタイミングを一瞬失った。光の結界を展開し、その手を弾く。キルエナがこちらを向いた。目が合う。彼女は少し目を見張っている。


「セレネ!」


 スカイが叫んだ。もう、舞台下にはセレネがいた。言葉をかわさなくても、段取りが何故か彼女には分かっていたのだ。


 スカイが片方の手で少女を、片方の手でカルネの襟首を掴んだ。セレネが舞台の下からスカイの足にしがみつく。


 ――四人の姿は、その場から跡形もなく消えた。


 




 ――――――――――――――――――――――――――――――






 刑事が息を荒げながら走ってくる。汚らしい。


「い、今のは!?」


 舞台下から刑事が尋ねた。


「舞台で公演中だった少女と非国民三匹が行方不明だ。本部に連絡して捜索に当たらせろ。内二人は指名手配中だという事も伝えておけ」


 キルエナは問いに答えず指示を飛ばすと、二つのサテライトをポケットに入れた。サテライトとは白い球体の小型兵器であり、キルエナ専用に作られた物である。使用者の周りを規則正しく回るので、衛星という意味のサテライトと名付けられた。このサテライトは一つ一つが独立していて、確固とした知能を持っている。その為、命令(コード)さえ与えれば、使用者が操作をしなくても迎撃、防衛、追撃等、さまざまな分野をこなす事ができるのである。キルエナ自身の身体能力もズバ抜けていたので、まさに鬼に金棒。GSTは彼女に敵う者はいないと踏んでいた。


 敬礼を一つした刑事は、ドタバタとパトカーの列へ走っていった。トランシーバーに向かって何かを叫んでいたが、指示をしているのか喚いているのか全く分からない。少し思案した後、キルエナは恐らく後者だとの結論に至った。


「しかし……奇妙な光景だった……」


 非国民が非国民と対峙する。そんな事例は、いままでに無い。奴らの結束は固く、集団行動が主だ。裏切り者等聞いた事がない。……しかし、あのエネルギーの衝突にはお互いの強い殺気が含まれていた。あれはお互いに敵意を持っている証拠だ。その力の強さに、思わず目を見張ってしまったのも事実である。あれが能力者同士が対峙する初めての事例だったのだ。


「だが……あの少年はなぜ能力を持たない少女を助けた? それに、あのカルネと言う女と戦う意味が無いじゃないか」


 キルエナはしばらく考え込んでいたが、やがて肩をちょっとすくめ、諦めた。彼女は壇上から降りると、待機させていたリムジンに乗り込んだ。




 キルエナは後日、この事を会議で報告した。非国民の今までの行動と真逆の行為は、しばらく彼らを悩ませることとなる。



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