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11.肩車と新たな危機

 風景が変わった。風が、剥き出しになった顔に吹き付ける。どうやら、河川敷に出たようだった。柔らかい日差しが、芝生を青々と照らし、脇に流れる川を煌めかせている。気付けば、もう夜は明けていた。


「どこかに泊まろうか。セレネ、疲れただろ?」


 スカイはあくびをしながら言った。手を擦り合わせていたセレネは首を振る。


「大丈夫。あんまり眠れそうにないから」


 セレネは煤だらけの顔に頬笑みを浮かべたが、その笑みは直ぐ消えてしまった。

 一瞬の間に、二人の親を失う。その悲しみは、スカイも良く分かっていた。ましてや、父が自分の代わりに死に、母が裏切ったとなれば尚更だ。セレネは何でも無いように振る舞い、フレアを慰めることもしていた。だが、彼女はその内面で、悲しみに暮れているに違いなかった。


「そうか。でも、一応休憩の場所は必要だしさ。ま、今はとりあえず……そこのベンチにでも座って休もうか」


 スカイは休憩を終えた後には、ホテルを探すついでに呪文を知っているという人の居場所を聞こうと思っていた。セレネの叔父は、正確な住所までは教えてくれなかったのだ。

 セレネはベンチに座ったかと思うと、コテン、と直ぐに寝てしまった。さっきの発言とはまるで真逆の様子に、スカイの頬はいくらか緩んだ。


 汚れた服を払ったり、セレネの顔を拭ってやったり、景色を眺めたりしていると、いつの間にか二時間が立っていた。セレネが目を覚ました後、二人は行き先について話し合う。


 結果、近くにあった案内板を見て、中心部に向かう事にした。セレネが、近くにいくらか建っている、古い民宿に泊まるのは嫌だと言ったからだ。セレネには休んでほしかったし、人のもっといる場所にいったほうが情報も集まると思ったので、スカイも賛成した。


 二人は川から離れ、細い道沿いに歩いて行った。狭い建物の間を、少し体を横にしながら通っていく。しばらくすると、視界が一気に開け、大きな道路に出た。騒音が聞こえてくる。スカイはその壮大さに息を呑んだ。道路には自動車が圧倒的な量で行き交い、道を埋めるほどの歩行者が人の波のように進んでいる。ビルは所狭しと高く伸び、その巨大さに圧迫感さえ覚えた。大都市と言う物を初めて実感した時だった。


「すごい……」


 唖然とするスカイの一方で、セレネはさっさと人ごみに入っていく。


「おい、待てよ!」


 慌てて追いかけたスカイは人にぶつかったり転びそうになりながらセレネの横に付いた。


「こういうの慣れてるのか?」

「分かんない」


 そう言いながらも、セレネは自然に左右に動き、上手く衝突を避けている。何度もお見合いになるスカイとは大違いだ。まるで前から来る人の動きを読んでいるかのような動きにスカイは感服した。


 結局最後まで人に謝り続けたスカイは、駅の近くにホテルを見つけた。見上げるほどの建物には、大きくホテル名が書かれている。


「ここいいじゃん。ちょうどセレネの叔父さんにカード借りてるし」


 スカイ達は別れ際にクレジットカードを借りていたのだ。仕組みは、以前聞いた事がある。自由に使っ

ていいよという事だったので、スカイも遠慮する気は無かった。











「ま、満室……?」


 スカイは愕然とした。意気揚々とホテル内の機械を操作していた彼の前に表示された文字は、満室です、の一言だけだった。


 細身の男が駆け寄ってくる。


「申し訳ございません、本日は満室でして……」


 お引き取り下さい、を省略した係員に心の中で舌打ちをすると、二人は他を当たることにした。


「全く、何であんなでかいホテルが満室なんだ?」


「あれじゃない?」


 セレネが指さす方には、「南川に、(フォー)クローバーがやってきます!」とテロップの流れるテレビ画面があった。ビルの側面に設置されたそれの中で、可愛らしい少女――高校生くらいか――が四人で踊っている。4クローバーとは、きっとアイドルグループの名前だろう。4は、四つ葉に掛けたのかもしれない。


「そんなに有名なのか?」

「テレビで見ない日は無いと思うよ。今メディアに引っ張りだこだから」


 セレネは吐くように言った。気分がそういう気分なのか、それともこのアイドルが嫌いなのかは分からなかったが、セレネがその話をしたがっていない事は分かった。


「確かにあの人達も綺麗だけど、セレネの方が遥かに可愛いと思うぞ」


 スカイがセレネに顔を向ける。セレネは少し目を見開くと、ぷいっと向こうを向いてしまった。

(まずかったか……?)


 スカイは気を利かせたつもりだったが、それが裏目に出てしまった事を後悔した。


「とにかく、他を探そうぜ」


 歩きだそうとしたスカイを、セレネが止めた。


「まって。あれ見ようよ」

「あれって……アイドルの?」

「うん。もうちょっとで始まるみたいだから」


 確かに、ステージの開始は8時からになっていた。ビルの時計は7時45分を示している。


「いいけど……なんで急に?」

「どの程度か審査しようと思っただけ」


 スカイは苦笑すると、進もうとした方向と逆に歩きだした。セレネも横に並ぶ。気付けば歩行者の量がかなり減っていて、道路が見えるぐらいになっていた。


(皆、アイドルグループのステージを見に行ったのか?)


 案の定、巨大な広場に設置されたステージの周りは、アイドルの姿を目に焼き付けようと胸を躍らせる群衆で埋め尽くされていた。そのステージは、ここからでは点のようにしか見えない。群衆が、敷き詰められた絨毯のようにも見えた。


「こりゃ見えないな……」


 人の多さに酔いそうになりながら、スカイが言った。ファン達の後ろに付いて、背を伸ばす。


「神様、魔法でなんとかならないの?」


 セレネがいら立った様子で言う。


「視力を良くするぐらいなら出来るかもしれないけど……あれ? セレネ、魔法嫌いなんじゃなかったっけ?」


「私の力は嫌いだけど、神様の力は良いの! 早く使って!」


 前のステージの照明が入ったようだ。ファンの声が上がった。


「みんなー! 今日は私達4クローバーのステージを見に来てくれてありがとー!」 


 メンバーの誰かが、挨拶をしているようだ。ファン達がわあーっ、と湧く。


「はい、はい。分かりましたよ」


 スカイは片手で、セレネの両目を覆い隠すようにして触れた。セレネはじっとしている。スカイはぶつぶつと何かを呟くと、手を放した。


「……どう?」


 セレネはしばらく、その小さな体で精一杯つま先立ちをしていたが、やがて頬を染めてスカイに言った。


「肩車して」

「……へ?」


 確かに、セレネの身長ではこの男達の垣根は越えられない。


「……肩車?」


 でも、肩車とはどうしたことか。美少女――と自分は思う――を肩車することは男のロマンであり、究極の夢だ。例えれば、未開の地を探索し、秘宝を見つける冒険の終着点である。ハルに「肩車をさせてほしい」と、さりげなく、何度も頼みこんだが断られ続けた自分が、まさか女子の方からせがまれるとは思っていなかった。


「魔法じゃ駄目か? ひょいっと上に浮かせてやるけど」


 思っていることと逆の事を口走ってしまう。


「そんなことしたら力が使えるってばれちゃうでしょ。私達追われてるんでしょ? 周りは皆敵だと思って気をつけないと」


 スカイは怯みつつ、内心歓喜する。


「……分かった」


 スカイはひょいとセレネを持ち上げた。肩に重みが乗る。


「見える、見える!」


 ここは最後部だから、文句を言われる心配は無い。だが……この艶めかしい太腿が側にあるとは一体どういう事か! 顔が柔らかい肉に挟まれ、なんともいえない気分になる。思考があっち側にひきずりこまれそうになったが、かろうじてこらえた。


「俺が見えないんだけど……」

「神様は別に見なくていいの」


 ばっさり切られる。と、同時に前の人が後ろに出て来て、ぶつかってしまった。


「うおっと!」


 スカイがよろけると、セレネが顔にしがみついた。柔らかい物が頭に触れる。


「前が見えない……!」


 目を塞がれながらも、スカイはなんとか平衡を保った。


「Aじゃない……」

「何が?」

「いや、なんでもない」


(ワンピース越しじゃ分からなかったが……こりゃ……あれだな……)


 スカイが一人で顔を赤らめていると、アイドル達の挨拶が終わり、曲が始まった。

 この世界の曲――といっても自分はカエデリアの事しか知らないが――は、すこし変わっている。どんちゃんしたものが主流で、耳が痛くなるのだ。ロックだとかテクノだとか、よく分からない。

 

 前、テレビで見たのでは、プログラムされた架空の人物がホログラム上で歌って踊っていた。ボーカなんとかという物だが、あれもよく分からない。曲によって電子音だったり人の声だったりするから不思議だ。個人的には普通だったが、セレネはかなり気に入っている様子だった。「若者」趣向に合わせてメイキングされていることが良く分かる。

 

 その点、この曲は落ち着いた曲調だった。しっとりしていて、おしとやかな物を思わせる。こういう場だから盛り上がる場所、つまりどんちゃんした場所はあるのだが、それでも、その歌には人を聞き入らせる魅力があった。


「私、意外に好きかも」


 態度が元に戻ったセレネが言った。スカイはセレネが落ちないよう小さく頷く。


「俺もだ。他とはちがうものがあるから、こうしてファンが増えるんだろうな」


 さっきは気付かなかったが、よく見ると老夫婦や、親子連れの姿もちらほらと見受けられた。このアイドルは、男で商売をしているだけのアイドルでは無いのだ。幅広い年齢の人達を引き付ける、そういう魅力がある。


 曲が変わった。明るい旋律に、四人の声を乗せて歌い上げている。これも、ファンの心をまた、ぐんと近付けたようだった。


 その曲も終わり、メンバー達の掛け合いが始まった頃、事件は起こる。


「ねぇ、なにあれ?」


 セレネが頭上で指をさしている。


「なにあれって何だよ?」

「なにかのショーなのかな? それにしては女の子が悲鳴を上げてるけど……」


 セレネによると、アイドル達のトーク中、気味の悪いマスクを被った人が壇上に上がって来て、金属のような物を突き付けたようだ。騒ぐ人達に何か怒鳴りつけると、皆石のように固まって動かなくなったらしい。何を言われたのだろう。


 これは何かの悪ふざけ、つまりショーなのか。そうだとしても、今は様子を見るしかない。周囲のざわつきからして、何かのトラブルが起こった事は間違いない。


 そのとき、拡声器に通された、低く響く声が怒鳴った。


「お前らああああっ! ここは完全に俺達が包囲したああああっ! 命が惜しかったら全員動くなあああああっ!」 




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