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10.蘇生と脱出

 パンッ、という銃声で、呆気なく命は途絶えた。

 ばたりと人形のように倒れた男は、もう動かない。

 

 ――スカイを、銃弾は撃ち抜かなかった。

 撃ち抜かれたのは、白衣の男の方だったのだ。


 しかし、スカイの目は、それとは別の方へと向けられていた。

 足を開き、銃を構えたまま固まっている少女。

 スカイは、一瞬目を疑った。さっき倒れていたはずの彼女が、そこに立っているのだから。間違い無く、彼女は死んでいたはずだ。父が撃たれた所を見ている訳だし、証拠として今もワンピースには赤の斑点が残っている。


 だが、彼女は現実の物として、そこに立っているのだ。


「神様、大丈夫?」


 スカイは起き上がった。まだ少し痛むが、体はかなり身軽になっている。緊迫状況から解放されたからだろうか。魔力も、じっとしていたお陰か少し回復している。


 スカイは自分の体を不思議そうに眺めていたが、やがて気付いたようにセレネに聞いた。


「セレネ、お前死んだはずじゃ……?」

「うん、死んだよ」


 さらりと言って、セレネは手を後ろに組む。


「でも、生き返ったの。お父さんの力で」


 セレネは平然と言う。


「どういうことだよ?」


「お父さんの力は、魂を守る為の物なの。血が繋がっている人が、寿命以外で力尽きた時、その命を肩代わりする……。神様の言う、魂保護魔法みたいな物」


「魂保護魔法……。そうか、だからお父さんは自分から危険な相手と対峙して、運が良ければその場を切り抜け、もし自分が負ければ死んだセレネの命を肩代わりしようと……」


 セレネは、眠る父の側に座った。座り込み泣きじゃくるフレアは、姉にもう一度会えた喜びと父を失った悲しみで、顔がおかしくなってしまっている。


「それも、実はさっき聞いた話なんだけどね」

「さっき聞いた? 誰に?」

「若い男の人。すごく親切に、色々な事を教えてくれたの。お父さんの能力も、その人に教えてもらったんだ」


 セレネのエメラルドのような瞳が、悲しげに煌めいた。


「……でも、実はね。私とお父さん、血が繋がって無いの」

「血が……繋がって無い?」


 フレアが驚いたように、涙の痕が残る顔を上げた。言葉の意味は分からないながらも、何かを察知したのだろうか。


「お父さんだけじゃない。お母さんとも、フレアとも、ソラルともなの。私は、実は捨て子なの。見て。フレアの目は青色でしょ。でも、私は緑色」

「じゃあ、何で力が働いたんだよ?」


 セレネは首を捻った。


「君は特別だ、ってその男の人は言ってくれたけど……分からない」


 足音が聞こえてくる。飛び込んできたのはソラルだった。


「増援が来るぞ……って、ええっ!? 姉ちゃん!? 何で生き返ってんの!? あ、もしかして俺が見てるのは幽霊なのか!? 俺にしか見えてないのか!? なあ、神さん、お前姉ちゃんが見えるか!?」


 ややこしいのが来た、とスカイはため息をついた。まさかセレネが一度死んだ事を知っているとは。それよりも、姉が死んで平然でいられる弟とは何なのだろう、とスカイは疑問に思った。


「見えるよ」


 スカイは流すように言った。


「よく言うぜ、どうせ見えてないんだろ。やっぱり姉ちゃんは俺を選んだんだな! さあ、姉ちゃん、何を伝えに来たんだ?」

「ソラル、私――」

「そうだった! 敵が来るから逃げないと!」


 慌しいソラルに二人は呆れた。


 ソラルは、もう荷物をまとめていて、もう家から脱出しようとしている。


「おい、お前の母親がまだだだろ」


 スカイは軽い気持ちで言った。だが、その一言で空気が凍りついた。


「……あんなやつ、母親でもなんでもねぇ。それより早くお前も逃げろ、死ぬぞ」

「ああ、息子にそんなことを言われるなんてね」


 気付けば、側にセレネの母が立っていた。


「お母さん! 無事だったんですね!」


 スカイはセレネの母に近付いて行く。


「すごく心配したんですよ。敵が来るみたいなんで早く――」

「離れろ!」


 ソラルが腕を引き、スカイを止めた。


「何して……」

「お前、分からないのか? そいつは裏切り者だ!」

「そんなバカな……」


 カチャッ、と耳の側で音がした。


「動かないことね。もうすぐ警察が来るから」


 セレネの母は、黒い拳銃を、スカイの頭に向けていた。


「そんな、あなたが拳銃を向けるなんて……」


 母の青い瞳は、はっきりとスカイを捉えている。迷いが無い。


「言っただろ! そいつは裏切り者だ! ここの場所を全部ばらしたのも、俺達の情報を引き渡したのもそいつだ! そいつは俺等を警察に売ったんだよ!」


 スカイは耳を疑った。

「……本当なんですか、お母さん」

「まあ、お金が欲しかったんでね。ん? 私の夫、死んでるじゃない。死なれたら報酬が下がるのに……」


 セレネの母は、その後も金の話ばかりを続けた。そこに、家族の為に働く主婦のい姿は無かった。

 セレネが動いた。


「動かないで!」


 セレネが銃を構える。その手は震えていて、照準があっていない。まだ、この人が悪人だと思えないのだ。当然のことである。ついこの前まで、一緒に食卓を囲んでいたのだから。


 それに反して、セレネの母はもう一丁銃を取り出し、それを容赦なくセレネに向けた。その手は、まるで動物を狙うかのように安定している。撃つことも案じ無い、といった姿勢で、自分の娘を狙っていた。この人は、違う人になってしまったのだ。


「二人殺すことになると、一千万は下がるかしら。まあいいわ、死んでもらってもお金が入ってくることに違いはない。じゃあ、さよな……」


 最後の言葉は、発砲音に掻き消された。セレネの母は、口元をひきつらせながら崩れる。


「だ……れ……」

「マレル・フレデリアさん? そう言う事はしちゃいけないって、親御さんに習いませんでしたか? 特に、家族を売るとか」


 整った顔立ち、何か腹の立つ口調。ライフル銃を持つセレネの叔父がそこにいた。


「大丈夫だったかい、セレネちゃん。ついでに、ソラル君とスカイ君も」


 はい、とセレネは答える。ついでかよ、とスカイとソラルは口をそろえた。


「とにかく、今この家の周りに結界を張っているから、敵は入ってこられないと思う。けど、その結界はもって十分って所だから、急いでもらわないといけないね」


 叔父は目を見開いたまま固まった女を見下ろした。


「……この人は、何でこうなっちゃったんだろうね。お金で手に入らないものもあるって、良く言うのに。狂気に駆られてしまった人はこうなってしまうのかな」


 場の全員は、身支度を五分で整えた。


「よし、皆大丈夫かい? スカイ君とセレネちゃんは、南へ向かうんだろう?」

「はい」


「って、ちょっと待てぃっ!」


 ソラルが突っ込んでくる。


「お前、姉ちゃんと何処へ行こうとしてやがる! 南とか、めっちゃ良い場所じゃねえか! あれか、河原で二人で手を繋ぎながらデートか? 山をデートか? くっそ、お前、今ここで息の根を……!」


 襲いかかろうとするソラルを、叔父が止めた。


「まあまあ、ソラル君。僕たちは北へ向かうよ。僕の家があるからね。そこなら、しばらくは安全に暮らせるはずだよ。……さあ、もうすぐで十分だ。ソラル君、能力を使ってもらっていいかな?」

「……まあいいけど疲れるんだよなー」


 ぶつぶつ言いながら、ソラルは叔父の手を掴んだ。叔父はフレアの手を繋ぐ。


「何で叔父さんと手を繋がなきゃならないんだよ……」


 そう言ってから、キッとスカイを睨む。


「お前、姉ちゃんに何かしたら許さないからな!」

「神様はなにもしないから大丈夫よ!」


 セレネが呆れ気味に言う。


「……そうか、姉ちゃんが言うなら大丈夫か。じゃあ、元気で!」


 ころっと態度の変わったソラルは、スカイに頭を下げた。


「用事が終わったら、北の一番大きい街へおいで!」


 叔父が言い終わったところで、何の前触れもなく三人の姿が消えた。


「わたしたちも行こう」

「でも、俺魔力が……ん?」


 スカイは、魔力が完全に回復している事に気が付いた。どうやら、この世界で回復のスピードが速いらしい。月が無いのに回復速度が速いなんておかしいな、とスカイは首を捻った。


「どうしたの?」


 セレネがスカイの顔を覗き込む。


「なんでもない。じゃあ、ちょっと手繋いで」

「……うん」


 恐る恐る、と言った感じでセレネが手を伸ばす。じれったくなったスカイはセレネの手を取った。

 ひゃっ、とセレネが声を上げる。

 

「よし、行こう。南川へ。俺の帰り道を探すために」

「……おともしますっ」


 セレネはひまわりのように笑顔を咲かせた。

 スカイは神経を研ぎ澄ませる。

 次の瞬間、二人の姿は消えた。横たわる、男女を残して。


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