非効率です
「マスター、どうですか?」
俺の前で、銀色の髪をした少女が回ってみせる。少女は相当な美少女だった。一生に一度お目にかかれるかどうか。そんな少女と一緒に買い物ができる俺は幸せだろう。
もちろん、彼女が本当に人間だったらの話だが。
場所は大人のデートの街、表参道。その洋服店の一つだった。
正直に言えば、俺には不釣り合いな場所だろう。
「あー、ちょっと派手すぎるかな……」
実際はそんなことはない。彼女にはよく似合っていた。店員は何が気に入らないのだろうと首を捻っている。
そう言って店内の洋服を物色し始める。五分くらいして新しい衣服を渡した。
「じゃあ、着替えてきますね」
少女は渡した衣服を持って試着室へと走る。それを見ている俺を、店員が苦笑いをしてみていた。
少女はアンドロイドである。名前はマルグリット。愛称はマリィ。如何に人間にそっくりに造られていても、人間ではない。
もちろん人間ではないからと言って着飾っていけないわけではない。
かつて携帯通信機器がフレーム付きであったとき、ビーズやシールを使って飾るのが女性たちの間で流行っていたように、近くにあるものを綺麗にみせるのは当然の努力だ。
店員が苦笑いをしているのは俺自身があまりファッションに気を遣ってないからだ。こういう店でアンドロイドを着せ替えて遊んでいるのが変なのだろう。
見た目は悪くないと思うんだが……と鏡を見ると、二十一歳、アンドロイド案件専門の探偵である自分の姿が映る。
……やっぱり、冴えないやつだ。いつ見ても変わらない。
「どうでしょう?」
出てきたのは、渡した衣服に身を包んだマリィだった。ベージュのシャツに黒のパワーショルダージャケット、紺のパンツである。明らかにマリィには似合わない、大人の衣服だった。
「ああ、うん、これにしよう」
そう言うとマリィは頷いて再び試着室に戻る。疲労を感じない彼女だから付き合ってもらえることだ。
店員の顔はもはや引き攣っていた。俺のセンスがわからないらしい。
そりゃそうだ。俺と店員では、誰に着させるか考えている人物が違うのだから。
「プレゼント用の包装で頼む」
店員はキョトンとすると、次いで笑顔になってマリィから衣服を受け取る。
会計をさっさと済ませて店を出る。周りにはカップルばかりが歩いているが、ちらほらとアンドロイドを連れて歩いている者もいる。
アンドロイドが流行し始めた時代、人間とまったく同じ外見、違和感のない反応をしてみせる彼らを本物の恋人に見立てる人間が増えている。
家に帰って「おかえり」も言わない妻より、若く美しい外見を持ち、自分の望む反応をする少女の方が好ましく感じるだろう。事実、アンドロイドにかまける夫と冷めた妻の離婚調停があった。
あるいは、誰にも振り向いてもらえなかった者は常に自分を見てくれるアンドロイドに逃げるかもしれない。事実、勘違いした引きこもりがアンドロイドを犯そうとする事があった。
文句も言わず、好みの性格に設定できる恋人がいれば他の者を相手にする価値などなくなってしまうかもしれない。事実、アンドロイドとの結婚を申請した者が現れた。
全部、俺が担当した事件だ。科学の進歩により人間は効率を求め、ついには隣人にまでそれを押し付ける。まだまだ小さな事件ばかりだが社会問題になっている。
そういう効率ばかりが人間じゃないだろうと俺は思う。
恋愛なんて損得勘定でやるわけじゃないし。
それに自分の望む動きをする恋人なんて、娼婦とどういう差があるんだか。
「マスター、もうすぐです」
マリィが首を傾げて、顔を覗き込んだ。アンドロイドの中でも際立って美人な彼女は周りから注目を集める。所有者の俺は大富豪に見えるだろう。
「ああ、悪い。行くぞ」
アンドロイドに謝るのも変な話だ。まあ、謝るのは自身の罪悪感の証だ。実のところ相手の気持ちなんて関係のない行為だろう。
俺はマリィのことはよくわからない。性格は十代後半の少女に設定され、秘書クラウド、家事クラウド、法律家クラウド、格闘家クラウドまで入っている。
マリィは貰い物なのだが、どういう意図があってこんなにハイスペックにしたのだろうと疑問になる。
もしかしたら、これぐらいの距離がちょうどいいのかもしれない。全部わかるわけじゃない、でもちょっとは知ってる。それくらいが。
歩いていると、巨大な空中モニターが目に入る。最近人気急上昇している歌手、ミキが映っていた。
汗の雫を跳ねさせ、熱唱している姿は見ている誰もを魅了する。
「なあ、知ってるか? ミキのあの曲の中に、権利って言葉は十回くらい出てくるんだぜ」
マリィはこちらをちらりと見る。一々動きが人間っぽい。
ミキの曲のほとんどは、アンドロイドへのアンチテーゼだ。
工場も農地もくれてやる。
台所もスーパーもやってやる。
だがこの舞台は機械にはやらない。
音楽から先は聖域だ。
本物には魂がなければならない。彼女は常々言っている。
俺の仕事も大概そうだ。人間にしかできない仕事。アンドロイドじゃ絶対に解決できない。
「あいつは番犬なんだよ。人間に残された芸術に、踏み込まれないように必死なんだ」
くすりとマリィは笑った。少しわざとっぽい。
「女性に犬はひどいですよ」
「良いんだよ、犬だろあいつ。この前なんか肉食わせなかったら噛み付いてきたんだぜ?」
そう言って笑っていると背後から気配がする。
「へぇ~、誰が犬だって?」
その声に振り向く。ついさっきまでモニターに映ってたそいつが、そこにいた。
俺の親愛なる中学時代からの友人、大上美貴である。
「ハ、ハロー。良い天気だね」
「質問に答えなさい。誰が犬ですって?」
「狼が来る! 逃げるぞ!」
俺はマリィと一緒に走る。後ろから遠吠えが聞こえるが、無視して走った。
「マスター!」
「なんだ!?」
「こんな三文芝居、非効率です!」
「知ってるよ!」
今日のことは何から何まで計算づくだ。計算したのはマリィで、美貴の予定を聞き出したのもマリィである。
台本は俺。我ながらアホなことをしているとは思う。
ただ、まあ良いじゃないか。
非効率なのが人間なんだし。
目に見えるモノだけが本物ってわけでもないだろう。
「いい加減、自分の気持ちを伝えたらどうですか?」
「素直になれたら!」
俺はさっき買った衣服と手紙をコインロッカーに入れる。ナンバーロックを選び、暗証番号を設定する。
「こんな苦労しねえって!」
何年間引きずってるのかは知らない、この想い。
不器用で素直じゃない俺なりに楽しんでるわけよ。
「来ましたよ!」
「計算より三十秒も早い!」
携帯端末からロッカーの番号と暗証番号を書いたメールを送る。
「こらっ、今日は逃がさない!」
美貴はすでにそこまで迫っていた。
「ガキか!」
「マスターは人のこと言えません!」
道脇にはマリィがオート操縦で呼んでいた車が停車している。開いた扉に飛び込むように乗る俺とマリィ。
車を出すと、メールに気付いたのか美貴は携帯端末をみていた。
しばらくして、助手席に座るマリィが口を開いた。
「マスター、メールです」
「読んで」
「『ありがとう、バカヤロー』」
「『どういたしまして、バカヤロー』って返しといて」
「……二人とも、素直じゃないですね」
呆れた口調でマリィは言った。
「馬鹿やるのって、楽しいだろ?」
「理解できません」