幽霊恋慕
幽霊恋慕
「ただいまぁー」
「――――」
一人暮らしなので帰ってくる言葉はない。子供の頃からの癖で仕方がないとはいえ、何も返答がないというのも寂しいものだ。猫でも飼えたら良いと思うが、ロフト付、オートロック、角部屋、駐車場あり、職場まで徒歩十五分、その他諸々の事情を考慮すると即座に考えを否定する。
いつもどおり仕事でくたびれた俺は年季の入った革靴を脱ぎ捨て、最近の高校生は……と愚痴りながら玄関の明かりを灯す。明かりが灯ると玄関入ってすぐのキッチンにほの暗い人影が浮かび上がってきた。
「せ……んせ……い。う……らめ……しや……」
前髪で顔が覆い隠された少女の幽霊が、俺の方へと近寄ってくる。
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!」
少女の幽霊の恐ろしいうわごとが狭い部屋に充満していく。両足を動かさず滑るように近づいてきた。今まで前髪で隠れていたが、少女は恐ろしい形相で睨んでいる。
「あ、月見里ついでに玄関の電気消しといて」
使い古された演出を無視して俺はリビンの電気とテレビを付ける。どうや事件があったみたいだ。物騒な世の中だな。
「先生ひどい! 私が今日お昼の間ずっと考えて脅かそうと思ったのに!! 何無視してくつろぎモード入っているの!!」
「はいはい。怖かった、怖かった。だから、玄関の電気消しとい――」
バリン!!
「――て。おい! 割っといてとは一言も言ってないぞ!!」
「先生が悪いんですよぉーだ!」
あと、最近オプションに幽霊付きと言うのが増えた。
彼女は月見里由美。俺の担当していた生徒で現在行方不明となっている。数日前からこの部屋に出てくるようになった。なぜここに化けて出てくるのかと彼女に聞いたところわからないらしい。気がついたらここにいた、とまたテンプレートな理由だ。
「アハハハハハハ。やっぱりダウンタウン最高!!」
当の本人は火曜日九時にTBSでしているバラエティー番組を見ながら笑い転げている。と言っても食事中の俺の上をごろごろしているので少しこの表現では不適切かもしれないな。
「お前は本当に幽霊らしくないよな。なんかホラー映画っぽい事できないの?」
「あ、それ言っちゃう! それ言っちゃうんだ! あぁ、もう知らないよ。私本気出しちゃうよ。良いんだね」
「はいはい。またどうせラップ音とか言いながらボカロみたいな声を出したり、怪奇現象とか言いながらテレビのチャンネルを勝手に変えたりとかだろ?」
「ふふふ、今度は違うわよ! 本当に怖いんだから見てなさい!」
なぜか自信満々に断言すると急に部屋の電気が消え、テレビにノイズが走る。
「レベルアップした私の実力見てなさい!!」
そう叫ぶと彼女はもとから淡い姿を徐々に消していく。
「はいはい。くわばら、くわばら」
俺はそう言いながら自家製の燻製肉を頬張る。うん、いい出来だ。やはり大枚をはたいて買ったサクラチップが良かったな。次に塩気の強い味噌汁をしかめ面で飲んでいると、いきなりテレビの画面が真っ暗になり、右端から左端に文字が流れ始めた。
「ブッ!!」
口に含んだ味噌汁を盛大に吹き出し、それのどこがホラー映画だ! とツッコミを入れておいた。
テレビのコメント機能以外は正常になったリビング端で、由美はウジウジしている。それに連動するように右端から『どうせ私なんて……』とか『怪奇現象www』とか『とりあえず俺の味噌汁返せ』などのコメントが流れてきた。
「月見里由美さん。いじけていらっしゃるところ、申し訳ないのですが、テレビが、大変見にくうございます。早く何とかしやがってくれませんか?」
怒りを抑えるために、わけのわからない敬語で抗議したが相変わらずコメントは止まることはなく、かわりに『先生のバカ!!』『マジ信じらんね』『はいはい、敬語乙』などの内容に変わっていた。
経験上いじけモードに入ったら小一時間はこのままなので仕方がない。それより大量に作ってしまった塩辛い味噌汁のリカバリー方法を考える方が生産的だ。
「そうだな、やはりここはお湯で薄めて飲むのが一番なのか……。しかし、それでは具とのバランスが……」
「先生」
「ん、どうした?」
「ブツブツと気持ち悪い」
「……」
「あと、前から思っていたんだけどこのベーコン珍しいよね。どこのなの?」
「これは先生の自家用燻製肉だぞ」
「え、先生自分で燻製にするの? 近所迷惑じゃない?」
「失礼な! 先生の燻製肉は評判だぞ。近所に燻製を作りますと許可を取りに行くと必ず楽しみにしています、なんて言われるぐらいだからな」
「そうなんだ、意外な趣味だね」
「確かに同じ趣味の人は未だにあったことはないな」
こんな他愛の無い話をしていると彼女が幽霊だということを忘れてしまう時がある。テレビに夢中な彼女に気づかれないよう、そっと手を伸ばす。頭に触れることなく何もなかったかのように空をきった。手に残る何かに触れたという感触が彼女の希薄さを強調させた。
「先生……」
「どうした?」
触ったのがバレたのか!?
「お母さんとお父さんまだ私のこと探していた?」
「あぁ、今日も校門の前でビラを配っていたぞ。遺体も見つかっていないから一生懸命だったな」
「もう一週間も経つのに……、そろそろ諦めたらいいのに」
「…………」
「毎日喧嘩ばっかりで、親不孝者の娘を一週間も探すことないよ。私のことなんてさっさと忘れて次の子供を作ってさ、次は私みたいなのじゃなくてもっと親孝行な子を育てればいいのに」
「それは違うと思うぞ。本当の親不孝者は家を不在にする時に連絡なんてしないし、両親の誕生日に手作りのケーキを焼いたりもしない。ましてやそんな風に両親を気づかうこともしないだろう。月見里は俺から見てもいい子だよ」
「ありがとう先生。でも、なんで誕生日のこと知っているのよ!」
「愛かな」
「バカ!」
それからもこの摩訶不思議な生活は続いた。好きなテレビも見られなくなったし、おいしモノを食べていたら文句を言われ、前より少し窮屈な感じがするが悪い気分ではなかった。一人暮らし生活が長かったせいかこういうのが温かく感じる。
「ただいま」
「…………」
いつもなら月見里が返答してくれるのに今日はない。幽霊の彼女が消えてしまったのではないかと嫌な予感に襲われ慌ててリビングへ急ぐ。彼女はしっかり存在していてホッとしたが、いつもの陽気な彼女とは違い陰鬱とした雰囲気をかもし出している。
「ねぇ、先生」
俺はごくりと喉を鳴らしどうしたと返答した。
「今日ね、お昼にたまたまニュース番組を見ていたの、そしたら私の事件ことをしていたわ」
「女子高生の失踪事件でまだ犯人も遺体も見つかってないからな。話題性は十分だろう」
「いつもは悲しむ両親が映るから見ないけど、覚悟を決めてみることにしたの。特集が組まれていて詳しくやっていたけど色々おかしなことがあるの、まず私の最後の目撃情報がこの辺だって言っていたの。私の家反対方向なのに。それから私の死亡した時期もおかしいのよね。先生が言った話だと一週間ぐらい誤差があるの。あと、最後に先生に聞きたい事があるんだけど――」
彼女はゆっくりと、そしてはっきりとした口調で淡々と告げる。きっとこの先の言葉はすべてを知ったことを証明する言葉だろう。聞かなくてもわたるきっと彼女はこういうだろう。
「――先生の食べていた自家製燻製肉、あれって私だよね」
どうやらすべてを思い出したみたいだ。殺してから熟成させて一週間後、食べ始めたころに出てきた。由美はゆっくりと近づいてきて俺に抱きついてきた。その体はすり抜けることなく俺の体に絡みついてきた。
「たぶんね、先生が私を食べるたびに触れるようになってきているんだと思う。先生と私が一体化してきているってことなのかな?」
抱きつかれているのに温かさも冷たさも感じない。まるで夢の中にいるような気がしたが、痛みを感じるほど強く抱きしめられている感触は夢とは言いづらい。
「……俺を殺すのか?」
「あははは、あははは」
今まで聞いたことのない甲高い笑い声が耳もとから聞こえてくる。由美の表情は見えないが、きっと心の底から嘲笑っているのだろう。
「私が先生を殺すはずないじゃない。生きている間はそうでもなかったけど、今は先生のこと大好きだもん。私が落ち込んだ時には励ましてくれたし、私のつまらない冗談を笑ってくれる先生が大好きだよ。だから一生憑きまっとってあげる。先生も嬉しいよね。私を殺して食べるくらい愛してくれているんでしょ。私たちの愛は死すらも別つことがないんだよ。ねぇ、先生私たち幸せ者だね」
「そうだな、俺は世界一幸せ者だ」
はじめまして方はじめまして。お久しぶりの方はおひさしぶりです。
今回から初めて行こうと思っている。都市伝説シリーズです。
どうか暖かい目見ていてください