役目の代行
「回収した魂を確認した。確かに、報告にあった魂はこれで全てだ」
魂の回収を終えて戻ってきた僕は、さっそく上司に報告していた。
上司の仕事部屋はあまり立ち寄る機会のない場所だけど、とても殺風景な部屋だ。部屋の中は仕事用の机と椅子、何かの書類がたくさん収められた棚がいくつか並んでいるだけ。書類が積まれている机の上には、僕の鎌が置かれている。上司は、僕の報告を聞いている間、ずっとその鎌を見つめていた。
建物の魂も一緒に回収してきてしまったのは怒られるかとビクビクしていたけれど、そこは特に何も言われることはなかった。
魂を回収した鎌を管理塔に納めれば、魂は無事に管理塔へ運ばれたことになる。鎌を納めるのは上司の仕事だから、僕は同行できない。
「……あの子の魂をお前が回収してくれるとはな」
「え?」
上司がぼそりと呟く。あの子ってどの子のことだろう。
僕が首を傾げると、上司は咳払いをして椅子から立ち上がった。
「なんでもない。管理棟へは私が運ぶ。報告書を明後日までに提出するように。以上だ、今日はもう自室へ戻れ」
「はい! あ、あの、よろしくお願いします!」
僕が頭を下げると、上司は僕の頭に手を置いた。
「御苦労だった、ありがとう」
初めて上司に褒められた気がする。
でも、ありがとうってどういうことだろう。
僕はその言葉の意味を理解できず呆然としていたが、他の死神が部屋に入って来た音を聞いて我に返った。僕は慌てて上司に頭を下げると、部屋を出て自分の部屋に戻った。
朝あんなにドタバタして出て行ったはずなのに、ベッドは綺麗に整えられていた。
部屋の鍵をかけて行かなかったから、誰かが片付けてくれたんだろうか。お礼を言わないと、と思ったけど、誰がやったのか心当たりがまるでない。
ふと窓の外に目を向けた。そこからは、魂の管理塔が見える。月明かりに照らされた塔は、どこか物哀しげに見えた。見た目は何の変哲もない灯台のような塔だけれど、あれが現世の魂全ての管理をしているのだから驚きだ。
管理塔へ送られた魂がどうなるのか、僕は知らない。死神は知る必要のないことだと教えられている。魂の行く先を知るのは、渡し守だけなのだという。
僕はぼんやり管理塔を眺めながら、あることに気づいた。
「そういえば、2ヶ月もいたけどみんなのことほとんど何も知らないままだなぁ」
でも、死神としてはそれでよかったのだろうと思う。
そもそも、普通なら魂と会話しないで回収してしまっているだろう。僕のやり方が、他の死神と違うのだ。
「はぁ……こんなんで僕大丈夫なのかなぁ」
ため息をついてそうぼやいてみる。でも不思議と重々しい気分じゃない。
初めての仕事をやり遂げたおかげか、清々しい気分だった。大変だった分、達成感はある。僕のこのやり方だと、今後もきっと苦労するんだろう。
でも、僕はこのやり方を変えようとは思っていない。
あんな風に〝ありがとう〟っていってもらえるのなら、このやり方も悪くないかなと思う。
不意にどこからか、シャキンと鋏の音が聞こえた気がした。見回しても、もちろんそこにあの子はいない。
でも、
――がんばって
そう言ってくれているような気がした。
2010.8 執筆
2013.1~2 加筆修正
『時報』(2010.10.16発行)収録作品。
【担当時刻/AM3:00】