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土中の光

 時計を見て焦りながらも、僕は必死に考えを巡らせていた。

 今日を逃せば、彼女を救うことはできない。

 この学校が壊されてしまったら、学校の魂も壊れてしまう。物の魂は人の魂と違って、本体を失ったら消えてしまうらしい。それに、その時に学校の魂と一体化してしまっている彼女の魂がどうなってしまうのか、それは僕にもはっきりとわかることじゃない。

 何か、方法はないのだろうか。

 そこで僕は一つ思い出した。


「ね、ねぇ、廃校舎の定礎ってどこにあるかな?」

「定礎? それならここの真下よ」


 女の子はそう言ってふわりと浮かび上がり、時計塔に沿って落下していった。僕もそれに続く。着地した先には、廃校舎の定礎石があった。僕はしゃがみこんで定礎石に触れてみる。


「どうするの?」

「君がこの廃校舎と一体化してるんなら、学校の魂ごと君の魂を回収する」

「えっ!?」


 珍しく女の子が驚きの声を上げた。


「物にも魂は宿るから、この廃校舎にも魂はあるはずなんだ。一体化してる君の魂と一緒に回収できれば」

「……本当にそんなことできるの?」


 不安そうな声で尋ねられて、僕はちょっと自信をなくしそうになったけど、気を取り直して鎌を握りしめた。


「な、何事も試してみるしかないよ!」


 僕は立ち上がって、定礎に向き合った。

 正直、こんなに大きい物と一体化してる魂を一緒に回収するなんて、学校でも習っていないことだ。もちろん、実習だってやっていない。教科書に載っていたのは、せいぜい人形に宿った魂くらいのもので、今回の場合とは全く違う状況だ。

 僕は集中して魂の感覚を探る。建物の魂なら、きっと建物の基礎である定礎に宿っているはず。探って行くと、魂の感覚を見つけた。


「あった!」


 この廃校舎の魂、長い年月が経ってるのにとても力強い波長だ。ちょっと感動する。


「……あれ?」


 違和感があった。

 確かに、定礎石の中にこの廃校舎の魂がある。

 そして、廃校舎の魂とくっついている魂。これは女の子の魂だろう。

 でも、


「……君の魂も、感じるんだけど」

「えぇ」

「……この下から、来てる……のかな? よくわからないんだけど」


 女の子の魂は確かに廃校舎の魂と一体化しているようだった。ただ、彼女の魂は廃校舎の下から昇って来たらしい名残のようなものが尾を引いている。なぜ校舎の下から彼女の魂が昇ってくるんだろう。

 この学校が建てられる前にここに彼女のお墓があったのだろうか。でも、彼女の魂は廃校舎の魂より新しいように感じられる。一体どういうことだろう。

 すると、女の子は微笑んだまま、僕の疑問に答えた。


「私ね、この下にいるのよ」

「え?」


 下?

 下って、どういう意味?


「私の体は、この下に埋められたの。今でも掘ったら骨くらいは見つかるかもしれないわ」


 衝撃的な言葉に、僕は何と答えていいかわからなかった。


「どういう……こと?」


 やっとそれだけ言うことができた。


「あまり気持ちのいい話じゃないかもしれないわよ」

「僕は大丈夫だけど……君は?」

「……そうね」


 女の子は足元に視線を移して、じっと黙り込んでしまった。

 僕は戸惑いながらも彼女の言葉を待つ。時間がなくて焦る気持ちもあったけど、ぐっと堪えて待っていた。

 やがて彼女は顔を上げて僕の方を見ると、少し寂しそうに笑った。


「あの子たちにその自覚があったかはわからないけれど、私はいじめだと思っていたわ。理由はわからなかった。ある日突然仲間外れにされて、持ち物を隠されたり、痛いことをされたり」


 女の子は手に持っていた鋏を両手で包み込むように持った。


「あの日、私はここに呼び出されたの。お金を貸してくれって言われたけど、断ったら殴られたり、蹴られたりしたわ。制服も、この鋏でボロボロにされたの。それで、私……突き飛ばされたときにこの定礎石に頭がぶつかっちゃって、気を失ったみたい。頭から血が流れていたのをぼんやり覚えているわ」


 僕は何も言わずに女の子の話を聞いていた。本人にとって辛い記憶で、思い出したくもないはずだけど、女の子はこうして僕に話してくれているのだ。僕はちゃんと聞かなければいけない。


「あの子たちは、私が死んでしまったと思ったみたい。私が次に目が覚めた時、私は穴の中にいて、土を被せられている途中だった」


 僕は息をのんだ。


「私は黙って自分が埋められていくのを見ていたの。一緒にこの鋏も埋められていたわ。不思議ね、死にたくないなんてこれっぽっちも思わなかった」


 女の子は自嘲気味に笑った。


「目の前が真っ暗になって、息ができなくなって……気づいたら、あの子たちの上に浮いていたの。私を埋め終わって、何か話をしていたあの子たちの上に。おかしいなって思いながら、声をかけてみたわ。でも、あの子たちは私に気づいていないみたいだった。触ろうとしたら、私の手はあの子たちの体をすり抜けた。あぁ、私……死んだんだって、その時わかったの」


 話を聞いていた僕の方が泣きたくなってきた。でも、頑張って泣くのを我慢した。僕が泣くのはお門違いだ。

 泣きたいのは、彼女の方のはずだ。


「幽霊になってからは、意外と楽しかったのよ。いろんなところに、自由に行っていいんだもの。もうあの子たちに怯えてトイレで泣くこともないし、飛べるのだって楽しかったわ」

「……そっか」

「そうして、どんどん時が流れたわ。私は行方不明扱いのまま、あの子たちは卒業して、生徒も先生も入れ替わって、私みたいな幽霊にも会って。それで、この学校が廃校になってしばらくして、外から死神さんがやって来たの」


 僕の前に来たという死神だろうか。


「その死神さんが来たときは、私しか幽霊はいなかったわ。さっき死神さんが回収した子たちも死んで魂になっていたけど、まだ魂がここには来ていなかったの」

「廃校になる前にいた幽霊の人たちは?」

「みんなその死神さんが来る前に消えていたわ」


 時間が経って魂が消えてしまったということなのだろうか。

 はぐれた魂には珍しいことではないと教えられているけど、やっぱり悔しい。救える力を持っている死神でも、全ての魂を救うことはできない。仕方ないことだと上司は言うけど、僕はまだ納得できていなかった。


「死神さんは優しいのね」

「え?」

「ううん」


 女の子は微笑んで首を横に振った。


「その死神さんは、私のことがうまく回収できなくて悩んでいたわ。一週間しか時間がなくて、急がないといけないって」

「……そうなんだ」


 一週間なんて僕の2ヶ月に比べたらあっという間の時間だ。僕みたいに新米死神か、実習で来ていた死神だったのかもしれない。


「私の魂が普通の魂と違うってその死神さんも気づいたみたいだったけど、廃校舎の魂と一緒に回収しようって思いつかなかったみたい。最後の日、その死神さんが帰って行く時、残念そうにしていたのを覚えているわ」

「そうだったんだ」

「でも、約束をしてくれたのよ」


 僕が首を傾げると、女の子は少し嬉しそうに続けた。


「絶対に見捨てないからって」


 僕は返す言葉が出なかった。

 その死神は、諦めていなかったんだ。だからこそ、僕がこうしてここにいる。


「彼との約束を、死神さんが叶えに来てくれたって、今は思えるわ」

「……うん、僕もきっとそうだと思う……じゃあ、回収させてもらってもいいかな?」


 今更許可をもらおうとするのはどうかと思うけれど、僕はどこまでいっても小心者なのだった。

 それを聞いた女の子は、可笑しそうに小さく笑った。いつもの大人びたものではなく、年相応の笑顔だった。


「この学校もこのまま壊されるよりは、その方がいいのかもしれないわね……」


 女の子は鋏を胸に抱いて、僕に一礼した。


「お願いします」


 僕は鎌を振り翳し、定礎を一閃した。正確には定礎の中にある魂をだけど。

 廃校舎の魂が鎌に吸収され、同時に女の子の体が薄らぎ始めた。


「よ、よかった。うまくここの魂を回収できたみたい」

「そうみたいね」

 

 女の子は自分の体を見下ろして、そう呟いた。

 笑顔のまま彼女は、


「ありがとう」

 

 と呟いて、消えて行った。

 

 廃校舎の時計が、3時の終わりを告げた。


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