表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

寝坊、そして遅刻

「おらぁぁあああああ!! 仕事の時間だぞごるぁぁぁ!!」


 ドアを蹴破って入って来た上司は、そのままの勢いを保ちながら、


「ぐべぶらっ!」


 ベッドの中で未だ夢の中だった僕の体を蹴飛ばした。

 壁に叩きつけられた僕はそのまま床に落下する。体の中で嫌な音がした。


「とっくにミーティング終わってんですけどぉ!? いつまで寝てやがるつもりだとっとと起きろ!」

「痛い痛い! お、起きます、ごめんなさい起きます!」


 床に転がった僕を蹴り続ける上司の目は本気だった。とにかく本気だった。


 ――殺られる!


 命の危険を察知して涙目になりながら立ち上がると、上司は僕の頭をその手で鷲掴みにしてギリギリと力を込め始めた。


「いたただだだ痛いです! 割れる! 割れる!」

「時計は?」

「へ?」

「と・け・い・は・どうした!」


 僕は言われて慌てて服のポケットから時計を取り出した。

 時刻は2時53分。

 頭の中でその数字を反芻する。窓の外へ目を向け、この2時53分が、午前2時53分であることを認識する。

 

 そして思い出す。


 仕事前のミーティングは午前2時30分から。

 仕事の時間は、午前3時から。


「おっひゃぁぁぁあああ!」


 僕は間抜けな声を上げて、急いで着替えを始める。

 上司が鬼の形相で見守ってくれている中、僕は制服に着替えて上司の前に立った。


「寝坊しました申し訳ありません! 仕事に行ってきます!」


 そう早口で報告して部屋を出て走り、転送部屋に転がり込んだ。

 転送部屋には、入るとすぐ右手にカウンターがあり、正面には複雑な装飾が施されたドアがあるだけの小さな部屋だ。僕らはここから仕事へ向かう。

 カウンターに座っていた転送係の人に挨拶するけど、当然のように返事はない。代わりに鍵を放り投げられた。慌てて飛んできた鍵を掴み、ドアの鍵穴にもらった鍵を差し込む。回すとカチャリと音がして鍵が外れた。ドアノブを回しドアを控えめに開けると、係の人に会釈をする。


「じゃあ、いってきます」


 返事がないことはわかっていたので、僕は言ってすぐドアを潜り静かに閉めた。

 閉めた瞬間、急に足元の感覚がなくなり、そのまま僕の体は真っ暗やみの中へ落下していく。

 風も音も感じない、それでも確かに僕の体は落下している。

 僕はその間、じっと目を閉じている。この奇妙な落下はなぜか気持ち悪くなってしまうのだ。

 最初の頃よりは大分慣れたけれど。仕事へ行くための転送手段とはいえ、できればもう少し別の方法でお願いしたい。

 そうしている内に、風が体を打ち始めた。どうやら転送が終わったらしい。風に打ちつけられながら目を開けると、僕の体は夜空の真っ只中を落下していた。

 遠くに小さく街の明かりが見える。あまりの高さに目が眩みそうになるのもいつものこと。

 だからと言って、そう簡単に慣れるものではない。

 やがて、建物の形がはっきりと見えるところまで落下すると、僕は体勢を立て直して空中で静止し、そのままふわりと浮かび上がった。自分の体の真下に、目的地の姿を捉える。


 僕が到着したそこは、とある中学校の廃校舎だ。


 ここが僕の今の仕事場。一人前として認められて初めて貰った管轄区の仕事である。

 僕は地面にふわりと着地し、廃校舎のドアをすり抜けて中にお邪魔した。別にどこからでも通り抜けられるけど、窓から入ったりするのは失礼になる気がしてしまう。

 真っ暗な廃校舎の中は窓からさす月明かり以外に明かりはなく、普通の人ならほとんど見えないほどの暗闇だ。でも、僕には死神の眼があるので暗い所も大丈夫。死神はいろいろと便利だ。

 廃校舎に入った僕を初めに迎えてくれたのは、セーラー服を着た女の子だった。あちこち破れているセーラー服は血だらけで、最初に見た時は情けなくも悲鳴を上げてしまったことを思い出す。忘れたい過去だ。


「あら、また来たの?」


 女の子は僕より背が小さくて年下のように見えるけど、なんとなく大人っぽい雰囲気がある。


「ま、またって言い方はないじゃんか。これが仕事なんだから」


 ちょっとムキになって言い返すと、そんな僕をみた彼女は意地悪そうに笑って手に持っていた鋏をシャキンと鳴らした。


「じゃあ、今日もお仕事頑張ってね、死神さん」


 彼女は鋏を鳴らしながら廊下の向こうへまるで泳ぐような動作で飛んで行ってしまった。僕はその姿が見えなくなるとため息をついて、背中に背負っていた鎌を確認し、いつものように仕事に取りかかった。

 使われなくなった廃校舎の時計が正確な時間を刻み、午前3時を示した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ