戦士たちの日常
『はい。本当に申し訳ありませんでした』
私は担任の西形先生に頭を下げて職員室を後にした。
先の事件のあと、飛んでくるように教師と野次馬が集まった。
あの爆発音を聞いて、気にならない無関心な人間はこの学校にはいなかったみたいね。
軽い冗談に苦笑しながら廊下を歩いていると前から見たことある人物が歩いてくる。
『影縫さんっ!!』
『お疲れ様、上原くん』
私よりも早く話が終わっていたらしい上原は、廊下で私を待っていてくれたらしい。
『本当に、すいませんでした』
深深と頭を下げる上原。
『顔を上げてよ、上原くん。さっき許すって言ったじゃない』
『し、しかしっ』
少し体を倒した状態で顔をこちらに向け訴えてくるその顔は、今にも泣きそうだった。
はぁ・・・そんな顔されたら私が悪いみたいじゃないの
『ほら、そんな顔をしてたら良い顔が台無しよ』
結構学園じゃ容姿に人気があるんだから、そんな顔してたらこっちが変な感じになるのよ。
いろいろと上原くんに気がある子たちに恨まれてるんだから・・・・・・。
私は一声掛けた後、その場をあとにした。
◇ ◇
『ありがとう、若松』
『いえ。ドアを閉めますのでお気お付けを』
バタンッ─────校門前に寄越した迎えの車に乗り込む。
この若松とは、私が小さい頃から送り迎えのための車の運転を任している執事だ。
いつも同じ執事の服を着ている、その体つきは60を超えた体つきとは思えないほど引き締まっていた。
『それでは出しますので』
『えぇ、お願い』
若松も、運転席に着き一言掛けてくる。
ちなみになんで私がこんな馬鹿でかいリムジンに乗っているのかと言うと・・・・・・・・・
まぁ、その話はまた今度にしましょうか。
動いたか動いてないのかがわからないほど振動がなく、スムーズに車が進み始める。
運転席に座っている人物の腕の差は、案外わかりやすいものなのかもしれない。
私は車の横に立って見送りをしてくれている上原に、少し微笑みながら手を振る。
いつものことなのに上原はそれが嬉しいのか、満面の笑みで手を振り返してくれる。
振り返して・・・・・・・・・って長くないっ!?
車は少しずつ加速しているのに、なぜか窓枠の中から消えない上原。
『影縫さぁああああああああん』
足を動かし常に同じところから笑顔を見せてくる上原。
こ、コホン。
咳払いを一つして私は若松に告げる。
『飛ばして』
『しかし上原さまが』
『撒いて』
『了解いたしました』
ブゥゥゥゥ─────────────
先ほどよりも、大きく加速していく車
必死に走りながらも離れていく上原
『影縫さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん─────────────』
遠ざかる上原の叫び声。
だ、断末魔・・・・?
少し経つとすぐに大通りに出た。
ふぅ・・・・・・今日はいろいろあった。
今日起きた出来事を思い出すとため息が毀れてくる。
でも────────口元が緩んでしまう。
面白くなってきた。
まさかあんなところに転がっているとはね・・・・・・
記憶の脳裏に蘇るのは、先の廊下での出来事。
あそこで上原くんが出てきたのは予想外だった。
始めは悪い方向に傾くと思ったけど、運が良いことにそれがひっくり返って好機に変わった。
目の前で完全に憤怒に飲み込まれた上原の本気、とはまだいえないと思うけどかなりいいモノが見れた。
でも、それよりも大きい収穫は
『夜咲朋也・・・・・・面白そうな子・・・・・・』
我が学園の欠陥品の一人である彼・・・・・・私が見たものからして、この考えが正しいなら。
車窓から見えるビル街のイルミネーション。
時刻は、7時50分ほど。
明日が楽しみになってきた。
『フフ・・・ウフフフフフフッ・・・・・・オーッ、ホッホッホッ!!』
『・・・・・・・・・・・・』
『こ、こほん』
若松からの痛々しい視線はなかったことにしましょう
◇ ◇
『おかえりなさい、お兄ちゃん!!』
『おぅ、ただいま』
ボロボロで使い古された引き戸を開けると、廊下の奥から妹の琉璃の声が響く。
すると、それに連鎖反応するように
『兄ちゃん、おかえり』『にぃにぃ、おかえりなさい!!』『走真兄、おかえりー』『おかえり、走真』
弟、妹、姉の声が家の中に響く。
靴を脱ぎ捨て、廊下の先にある部屋に行き。
『ただいま、みんな』
家族に、もう一度声をかける。
そこには、卓袱台を囲んで
弟の真二がテレビの前に座り、妹の由里が机を拭いていて、まだ5歳の美智が、長女の咲に抱かれて一緒に絵本を読んでいた。
『お兄ちゃん、ちゃんと手洗ってきてね。最近また学校でも風が流行り出したみたいだから』
この部屋の、隣にある台所で六人分の料理を作っている、琉璃。
『あぁ、わかってるよ』
俺は、琉璃の言葉に従い、姉弟妹を大回り避け、流しに向かい手を洗う。
冷たい水が、蛇口から流れ出て手を濡らす。
その冷たい水は、俺の手の熱さを主張し、忌々しい記憶を呼び戻した。
『『いただきまぁす』』
狭い部屋で一つの机を六人で囲んで夕飯を食べる。
我が家の夕食風景。
一番俺にとって安心できる風景であり、至福の時だった。
しかし一つ欠けているモノ。
誰が見てもわかる一ピースの欠け。
親という存在。
見ての通り我が上原家の両親はここにはいない。
俺は、顔を傾け部屋の隅にある仏壇に眼を向ける。
そこには二人の大人が写っている。
そう、俺たちの親、上原勇と上原心だ。
二人は何年も前に他界し、俺たちだけで暮らしている。
金に関しては、元から二人によって貯められていた貯金と、大学生の咲と俺のアルバイトでやりくりしている。
アルバイトができない琉璃は、家事担当。
おしゃれをしたり、同級生の子たちと遊びたいのを抑えてよく頑張ってくれている。
こんな家だけど、俺はこの生活を気に入っている。
たしかに裕福な生活には、憧れる。
琉璃に服を買ってやったり、真二におもちゃを買ってやったり。
いろいろしてやりたいことは、たくさんある。
でも、この生活をしてきて学んだことはたくさんあると思う。
だからこれからも、金に執着なんて─────バキッ─────
『兄ちゃん!!箸折れちゃった!』
・・・・・・お金はどれだけあっても困らないよな!!
◇ ◇
『いらっしゃいませ・・・・・・』
『おい朋也、もっと明るくしやがれ。時給下げんぞ』
『す、すいません』
ピシピシッ───────俺は、自分で頬を叩いて目を覚まさせる。
あの後学校を後にし、電車を乗り継いで今に至る。
ここは学校から電車で45分ほど、俺の家からは徒歩で30分ほどの位置にある喫茶店だ。
≪喫茶 Roost≫と鮮やかな赤い板に黄色い文字で書かれた看板を店頭に掲げている。
止まり木。という意味を持つRoostという言葉。
植物や、木製の家具を多めに置いてある店内は、止まり木と呼べるものになっていた。
客層も幅広いこの店にしては静かで、店内に流れるクラシックは、それをさらに醸し出していた。、
が、それを崩す危険因子が一人・・・・・・
『おい朋也。コーヒーおかわり』
それがこの男。
『はぁ・・・・・・』
『はぁ、ってなんだよ!!てめぇお客様は神様だって学校で習わなかったのかぁ!?』
金髪にサングラス、そしてこの口調。
知らない人が見たら絶対に不良や暴走族などの同種と見違えるに違いない。
それでもこの人物はこの店に常にいる。
なぜなら・・・・・・
『そろそろ働いてくれると嬉しいんですけどね・・・・・・。それに"店長"は客の一人に入らないと思いますが』
『金払ってんだから客と変わらねぇに決まってんだろ。それでもあの、ここらでは有名な高城の学生かぁ?あそこもレベルが落ちたもんだぜ。あーぁ、先輩は悲しくなってきたよ』
このカウンターの一番端でタバコを吸いながら新聞を読み、空のカップを突き出している男はこの喫茶店、俺のバイト先の店長だからである。
バイトを探していた、だいたい一年前の冬にちょっとした経緯で知り合い雇ってくれたのだ。
生活必需品の資金は基本、このバイトで得た金でやり繰りしている。
近くに商店街があり、あまり儲からなさそうな場所に位置するのだが。
『ちっ・・・まだ俺がいた頃の学園の方が賢い奴が多かっただろうに、あぁ悲しい悲しい』
と、ぼやいてるこの不良店長のおかげでなんとか常連が多かったり、ここらでは有名な店なのである。
危険な店長がいる店とか、ちょっとカッコいい店員がいる店、厳つい店員が美味いコーヒーを入れてくれる店とか。
勝手にいろいろな噂が出回っている。
『てゆうか本当に店長ってうちの学園出身なんですか・・・・・・?』
『そうだが・・・・・・なんだよその目。殴られたいのか』
すいません。と一言いって俺は仕事に戻る。
悪い人ではないんだが、少し・・・・・・いや、人使いが荒い人なので慣れるまでは、この人と話すのにも苦労したものだ。
あの頃は酷かった・・・・・・とため息をつきながら感傷に浸っていると、目の前にいる危険因子が吸い終わったタバコをの火を消し、新しいそれを取り出し始める。
『ちょっと店長』
『なんだ』
慣れた手つきでタバコを箱から出し、火をつけ、吹かす。
『その席は禁煙です。自分で決めたんでしょうが』
そういいながら俺は、少し離れた入り口付近にある、いかにも手作り染みた張り紙を指差す。
そこには────分煙中、タバコを吸われる方は店員に言い付けて下さい───────
と、書いてあった。
ちなみに俺が書いたモノ。
店長の命令で。
『店長はなんでもありなんだよ』
『そんな話が通じるはずないでしょ。早く消してください』
『遠いんだよ。あそこは』
店長の示しているあそことは
喫煙席。今も一人のスーツ姿の男性が一人座っている。
その席は、俺や、店長の座っているカウンターからは一番離れている形になっている。
店内は横幅がほとんどなく、奥行きが広い
まずドアから入ったら10人は座れるカウンター
その横に四人席が二列、縦にいくつかの席が並んでいて
その一番ふちの列(窓側)の奥に進んだところにある五席ほどが喫煙席となっている。
『自分で決めたことくらいは貫いたらどうですか。だから』
そこで俺が不良と言い出そうとした瞬間───────バリンッ!!─────
俺の頭の真横スレスレのところを通ってカップが飛んできた。
『ギャッ!!』
俺は予想外の出来事に驚いて、奇声と呼べる声を上げてしまう。
『はっはっはっ。やっぱ朋也の驚く声は最高だな』
腹を抱えて笑い出す店長こと危険因子。
店内にいる客たちは、何事かと驚いている顔から、またやっているよ、と面白そうに見ている顔が見える。
そして俺の足元には、後ろの棚に当たって粉砕にて原型をとどめていないカップの破片。
『だ、だからそれやめてくださいって!!』
俺は力の抜けた声で訴える。
『いいじゃねぇかよ。どおせ直るんだから』
そういって店長は片手を突き出す、すると。
俺の足元に散らばっていたカップだったモノが、店長の手元に集まっていき。
そして、カップになった。
『ほらな』
これぞドヤ顔。写真に撮ってあげたかった。
『それでも耐久性は落ちるんでしょ』
『にしても俺の能力って便利だよなぁ』
聞いてない・・・・・・まぁ、否定はしないけど。
今のが店長の能力。壊れたモノを、耐久性は落ちるにしても元の形に戻してしまう。
なんだかんだで、この行為はすでに何十回と繰り返している。
諦めた方がいいのやら・・・・・・はぁ─────────────