瞳の中の戦争
ある夫婦がいた。それは優秀で、母父、両方の祖父母に子供の頃からとても期待されていたらしい。
母は料理が上手く、料理教室を開いたり、趣味でガーデニングをして過ごす、近所では有名な美人な奥さんと評判が良かった。
父は何にでも熱心で、入社したばかりの会社では、そう時期を取らず出世して行き、給料の方もそれ相応に良く、家庭には負担を掛けず、楽しみながら日々を過ごしていた。
ある日そこの家庭にもついに一人の子供が産まれ、親戚、近所ではきっとこの子も親に似て優秀だろうと期待され育った。
その子供は期待通りに育った。
成績優秀、運動神経は抜群、友達もたくさん持ち、多くの表彰をされ、将来は国を動かす人材になるとまで言われた。
しかしある日。その子供は、神に見放された。
その結果にその子供の母と父は落胆し、母は体調を崩し、父は毎日酒に明け暮れる毎日になる。
子供は悪くないはずだった。それでも二人は子供を許さず、いつしか彼の側には誰もいなくなっていた。
◇ ◇
長い眠りについていた気がする。
体の中に液体。いや、ジェル状のようなものが流れ込んできたかのような感覚がする。
熱い・・・・・・体が火照っている・・・?
その原因が何なのかはわからない。
その前に俺はなぜ寝ている?
目を閉じ、自問しながら俺は思い出す。
そういえば俺は頭痛で・・・にしてもあの声は・・・?
俺の頭の中に並べられる単語。
聖戦・・・・・・覚醒者・・・・・・そしてナビィと名乗った語り主。
訳がわからない。
そんなことを思っていると、手に温もりが感じられることに気付く。
人間の温もり。
その温かさは、まどろみの中にいる俺の意識を引き上げていった。
一樹が手でも握っているのか?心配性なやつだ・・・・・・
俺は少し呆れながら目を開ける。
しかしそこには
『なっ!?』
一樹ではなく
『おはよう、夜咲朋也くん』
影縫火蓮がいた。
『────っ!!』
予想外過ぎる展開に体が勝手に反応し、俺は寝かされていたベッドの影縫からは逆側に飛び降りる。
『そんな反応されたら私傷ついちゃう』
影縫は困った・・・・・・ようには一切見えないような仕草で俺を見つめてくる。
『ちょ、ちょっと待ってくれ』
手を影縫に突きつけ、"待ってくれ"というジェスチャーをする。
あ、頭が痛い・・・さっきとはまったく違う意味で・・・・・・
俺は頭を抱えながら影縫に状況を把握する為に尋ねる。
『その・・・・・・君はなぜここに?』
手始めに一番簡単でありながら、一番大事なことから聞く。
『もちろん夜咲くんが倒れたって聞いたからお見舞いに来てあげたんじゃない』
当然です────。とでも言いたげな表情で影縫は言う。
『す、すまない・・・さらにわからなくなってきた・・・・・・』
なんだか体がダルくなってきた・・・主にこいつのせいで。
影縫はベッドの上に両肘を組んだ状態で置き、腕に胸が乗るような状態に・・・・・・って、案外大きいな・・・・・・
じゃないじゃない!!─────俺は頭を横に振り自制心を取り戻す。
『しょうがないわね、もうちょっと簡単に説明してあげるわよ』
影縫は何故か少し楽しそうに話し始めた。
『まず、私がお見舞いのためにここに来たのは真実よ。さっきは上原くんが無礼をしちゃったから、それを謝りたかったのよ』
目を閉じながら話を続ける。
『それでここに来た。そしたらさきに・・・えっと・・・・・・阿久津くんだったかしら?あの子の名前』
阿久津・・・・・・やっぱり一樹がいたのか。じゃあどこに?
『私は夜咲くんの彼女よ、って言ったら驚いたあと悔しそうな顔して出て行っちゃったの』
・・・・・・・・・ん?
影縫は右手の人差し指を頬に当てて、どうしてかしら、と呟いている。しかしその口元は少し笑っていて・・・・・・
『その・・・ちょっと整理させてくれ』
俺は眉間にしわよ寄せ、指でそれをほぐす。
もうよくわからんから一樹に対してはノータッチだ。
『どうしてお前が俺の彼女を名乗る・・・・・・』
『てへぺろ』
影縫は舌を少し出して、まるで語尾に音符でも付いていそうな言葉を発する。
『そんなことよりも。ねぇ、夜咲くん』
影縫は先とは違った真剣な表情をして俺を見据えてきた。
その目は、どこかのドラマのヒロインが衝撃的な真実を告げるかのような瞳。
真っ直ぐ俺を見つめるその目は、すべてを見通しているようでもあった。
『ゴクリッ───────』
俺はそのシリアス的雰囲気に飲まれて唾を飲んでしまう。
『どうして急に倒れたの?』
ふう───────もっと変なことを聞かれると思い緊張していた俺は気が抜けて、安堵の息を溢す。
『ただ頭痛に襲われただけだ』
『倒れて気を失う程の?』
『あぁ・・・・・・』
何を疑ってか知らないが、影縫は一向に濁らない純粋な瞳で俺を見つめ続ける。
『ふぅん・・・・・・・・・』
『な、なんだよ』
『本当にそれだけなの?』
影縫は甘い声で問いかけてくる。
『案外倒れてから気絶するまでに時間があったみたいだけど。その間になにかあったりしたの?』
『何かって・・・あるはずないだろ。俺は頭痛が酷くって気絶までしたんだ』
『べつにホンの些細なことでいいのよ』
なんだろう。すべてを見透かされている・・・そう思えてしょうがない。
影縫の話している姿はどこか妖艶で、大人びたオーラを放っていた。
続いて口が開かれ言葉を繋ぐ。
『例えばぁ・・・・・・・・・』
もったいぶった話し方の後に続く言葉は
聖戦の話とか─────────────
っ!!─────────俺は感情を隠しきれなかった。
頭がまだ冴えきっていない。それでも、異様なほど冷や汗をかいていることがわかる。
『な、なんのことやら』
悪あがきだとわかってはいた。それでも、この女とは関わってはいけないと心の内側でサイレンが鳴り続けていて、そうせずにはいられなかった。
『とぼけなくたっていいじゃない』
まるで欲しいものが手に入った子供のように。かつ、あまりそれを表には出さないように笑みを浮かべながら言った。
ダメだ。こいつから離れなきゃ──────軽く握った手はすでに手汗で濡れていた。
いまだに信じれないが、あの声が夢や幻聴じゃないのなら、あのナビィとかいう奴の言っていた戦いだってあるはずだ。
だったらこんなやつに関わっていたら本当に戦いに巻き込まれかねない。
コンマ単位でフル回転する俺の脳で出た最終結果は─────────
『とぼけてなんかいない。すまないがこんな時間だし、今日はバイトがあるから帰らせてもらう』
───────とりあえずこの場から離脱する。
ちょうど時刻は五時を過ぎていて、本当にバイトの時間が近づいていた。
俺は急ぎ足で扉に向かう。ドアノブを握った瞬間、手汗のせいで異様な感覚がした。
『別にいいじゃない』
『なっ!!』
手汗に気を取られていたせいで、後ろに回りこまれていたことに気付かなかった。
影縫は俺の首に腕を回し絡んでくる。周りから見たら恋人同士でおんぶをしているような様子だ。
『もっとお話して楽しいこと、し・ま・しょ』
耳元で囁かれ体が、ブルッ!!と震えてしまう。
『や、やめろ!!』
体を密着させてきた影縫を振り払う為に少し体を捩らせる。その瞬間
─────────────ムニッ。
三文字で表される男のロマン。何の音も発せられていない。
しかし、この感覚をこの言葉で表さなかったらどう表せばいいという・・・・・・表さなくてもいいだろ・・・・・・・・・
『もう夜咲くんったら。まだキスもしてないのに・・・・・・ぽっ』
棒読みで「ぽっ」、といってもなんの照れも感じられないぞ・・・・・・
『い、今のは不可抗力だっ。とりあえず帰らせてもらうぞ』
逃げるように俺は扉を開けて外に出ようとする。
『ちょっと』
影縫もそれを追いかける形で、体重を傾けてくる。
『あっ!』
後ろから短い声が聞こえる。それと同時に俺の体は何かに押されながら倒れていく。
おいおい、マジかよ・・・・・・
ドサッ!!
開いたドアから飛び出し、廊下の床に顔から倒れた俺、そして俺の上にのしかかる影縫。そして後頭部の柔らかな感覚。
『・・・・・・・・・・・・・・・』
れ、冷静になれ。気のせいだ・・・・・・首元の柔らかな感覚も。今、目の前に人がいたように見えたのも幻覚・・・・
『あら上原くん。ごきげんよう』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
先ほどの幻覚の人。
まさかの上原・・・運が悪すぎる・・・・・・
にしてもやわらか・・・・・・
『影縫さん・・・その下敷きになっているのは・・・・・・誰で・・・・・・?』
上原はドスの聞いた低い声で言う・・・・・・なんかスゴイ殺気がするんだが・・・・・・
『私の彼氏よ』
ナニフツウニイッテルンダヨ・・・・・・こ、コホン。まだ始まったばっかりなのになんだかすでに俺のキャラが崩壊しつつある気が・・・・・・
さて、と。
いまだに後頭部のふくよかな膨らみに至福の時を感じている俺は逃げる為の心と整えていた。
『その・・・・・・こいつの・・・名前は』
『夜咲とも───』
ドガァァァァァァッン─────────────
爆音が鳴り響き俺は吹き飛ばされる。が、ある程度習得している体術の心得のおかげで、受身を取り素早く起き上がることに成功する。
『ハァ、ハァ!!』
クソッ!!どんな反射神経だよ!!
影縫が俺の名前を言う瞬間、影縫を押しのけてその場から脱出して、逃げる。
ハズだった。
上原は、俺が軽く移動したところを素早く反応し、狙って攻撃してきた。
とっさに飛んで避けた、俺が先ほどまでいた場所は真っ黒にコゲ。
煙を上げていた。
能力者が集まる学校だから校舎の耐久性はかなりの物のはず。
普通の奴ならキズも付かないのに、何なんだコイツはっ!!
『貴様はよっぽど死にたいらしいな・・・・・・』
先程とはまったく比べ物にならない程の殺気を放ちながら俺を睨んでくる上原。その片手には新たな火の玉が作られていた。
こいつの能力は念発火能力。炎を操る力。
かなり所有率の高く扱いやすい自然属の能力の一つ。だが、扱いやすいからこそバリエーションの豊富さや、細かく俊敏な操作が可能なのである。
ちなみに自然属とはその名の通り、自然を模した能力のこと。他にも属性は多々あるが、その話は近いうちに・・・・・・
対して俺は何の能力もなければ、武器になりそうな棒切れ一本すら持っていない。
『チッ・・・・・・』
俺は状況の悪さに思わず舌打ちをしてしまう。
今の場所から逃げるにはまず、上原の死角に入らなければいけない。
それは簡単、だけど至難の技だ。
ここから大体10メートル先にちょうどL字型に曲がり角がある。逆にここから上原が立っている場所までも20メートルほど。
さっきの爆発の、爆風でなかなか飛ばされた。
ほとんど廊下の端から、端までの距離。
足だけならラクに逃げ切ることができるだろう。
しかし、さっきの攻撃、はっきりとは認識できなかったが。
俺があの角まで走り曲がるまでに、あの火の玉を当てるだけの速さは優にあった。
曲がりきるまで、俺と上原は直線的関係。遮蔽物なんてものはない。
さすがにあれを避けるなんて・・・・・・無理だよな・・・・・・・・・・
ザッ、ザッ──────俺は上原と睨み合いながら、摺り足で少しずつ下がっていく。
『影縫さんが教室にいないから探して・・・・・・やっと見付けたと思ったら・・・・・・』
体を震わせながら呟く上原。震えが大きくなるに比例して手元の火の玉は少し膨張し、圧縮を始め30センチほどの球体になった。。
そして─────────────
『なんで貴様が影縫さんとイチャラブしてんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
上原は叫びながら振りかぶり、火の玉を俺にめがけて放ってくる。
(今だぁっ!!)
ゴォォッ!!─────────────
真っ赤な火の玉は俺の脳天を正確に狙い迫ってくる。
このっ!!─────俺は上原が振りかぶる動作に素早く反応し、精一杯火の玉とは逆の方向に走る。
しかし追跡者の速さは尋常ではなく、一気に間合いを詰めらてしまった。
どうする!!このままじゃ丸コゲにっ!!
脳裏に豚の丸焼きを想像─────する暇などはなく。どう、この俺の命を狙う玉から逃げるかを考えていた。
まるで数秒が何十分にも感じるほど脳細胞を使った。
最終的に俺は。
『うわっ!!』
足を縺れさせてしまった。
とくに策が浮かばず、全速力で走るため、足に力を入れた後、なにを思ったか思いっきり地面を蹴り上げ、激しく斜め前に向かって飛ぶ。
頭と足が逆になり、俺の目の前には火の玉が直前まで迫りきっていた。
俺の人生もここで終わるのか・・・・・・。などと考え最後の光景を"目"に焼き付けた。
しかし俺の目に映ったのは
ドガァァァァァァァッン─────────────
『なにっ!!』
ドスッ
俺の頭スレスレを通り抜けていく火の玉。
そして離れたところで放たれた爆音と、上原の驚く声、そして俺が廊下に叩きつけられ、落ちた音。
それ以外、俺の頭は把握をしきれていなかった。
なにが・・・・・・起こったんだ。
俺は体を起き上がらせたあと、頬に手を当て自らの生死を判断する。
俺は・・・・・・生きてる。
その頬にはまだ何か高温な物体が通ったことを示す、熱が余韻として残っていた。
『なぜだ!?確実に。確実に直撃するコースだったはずだぞ!!避けるにしてもこの狭い廊下の中で、さらにあの動きをしながら!!どうやって!!』
上原は俺以上に状況を把握できていないらしく、若干のヒステリックになっていた。
その大きな声のおかげで俺はまず何をしないといけないかを思い出し
俺は、その場から全速力で逃げた。
その逃げる姿はなんとも無様で滑稽だっただろうか。
しかし俺にはそんなことはどうでもよかった。
大事なのは命があること。
生きていればどうにでもなる─────────────
その後俺はどれだけ走り続けただろうか。