13
「康弘……?」
大輝が康弘へ手を伸ばす。
康弘はふらふらと後ろに下がってそれを拒絶した。
「来るなよ。触るなよ。止めてくれよ」
康弘は泣いていた。
「ほっといてくれ」
その瞬間、康弘と大輝の目が合った。
大輝は直感的に、康弘の心がもう手の届かない場所へ行ってしまったことを悟った。
康弘の眼は全てに怯えていた。
大輝の手がゆっくりと下がっていく。
康弘の震える手はドアノブを何度か掴み損ねた。
大輝はただ見ていた。
今まで何度も、こうなる前にしてやれることはあった。
でもできなかった。
なら、彼にはもう何もしてやれない。
大輝は自分の無力さを呪った――
康弘はようやくドアを開けた。
割と確かな足取りで玄関へ向かう。
居間でかかっているテレビの音が、二人には遠い。
聞こえる音は、二人の衣擦れと、いつの間にか降りだした外の雨音だけ。
康弘の後ろを追う大輝には、彼の姿がぼや、と霞んで見えた。
康弘はもう一度ドアノブに手間取り、そして外へのドアを開けた。
ザアァ、と降りしきる雨。
ひやりと湿った空気が康弘の頬を撫で、大輝の足にまとわりついた。
康弘はそのまま出ていく。
大輝は手を伸ばせず、その姿を見送った。
二人の間を隔てるように、ドアが音を立てて閉まる。
大輝はうなだれ、視線を落とした。
「靴……」
外から浸み入った雨水。
それと、丁寧に揃えられた康弘の靴。
それを見て、大輝はようやく泣いた。声を上げて泣いた。
ポツ、と落ちた涙が雨水と混ざった。
終