恐ろしい敵
「い、いやああああああああ!?」
「走れ走れ走れ!追いつかれたら命は無いと思え!」
『・・・・・・っ!』
砂に埋もれ、風化したビル群の屋上から屋上へ飛び移る。守矢は、大気中に展開した<<フィルター>>に、彼の足を拒絶、反発させる事によって空中を駆ける。薄葉は、<<変異体>>の中でも突出した身体能力で文雄を担ぎながら駆け抜け、萃香は、両足に付いている小型のロケットブースターを小刻みに起動しながら彼らに並走する。時速にすればおよそ80kmという、人間の限界を超えたような速度で駆ける彼らだが、<<防護服>>の奥のその顔には、紛れもない恐怖が刻み込まれていた。
「な、何でこんなところに<<奴ら>>がいるのよ!?」
「俺に聞かれてもしらねぇよ!どうせ、住んでた所の食料を全て食い尽くしたんだろ!?」
薄葉は、ほぼ完全に泣きが入っている。といっても、しょうがない話だが。何故なら、彼らを追って、ビル群を何の障害でもないと言う風に破壊しながら近づいている<<奴ら>>というのは・・・・・・巨大なゴキブリの群れなのだから。
<<GiantCockroach>>と、そのまんまな名前が付いた、<<レベル7>>に分類される魔獣。やつらは、常に数十匹の群れで行動し、二mを超えるその巨体で、周囲に存在する物全てを喰らい尽くす。それは、生物だろうがコンクリートや強化セラミックであろうが、猛毒を持っていようが構わず喰らい尽くす。そして、周囲に食すものが無くなると移動を開始するのだ。
奴らの通った後は、文字道理何も残らない。石のひとかけらすらも残さず食い尽くす奴らは、魔獣の中でも特に恐れられている存在であった。
だが、奴らがそれだけの存在ならば何の問題も無かった。迷惑な魔獣として、ただ狩ればいいだけの話だからだ。だが、<<レベル7>>の称号に恥じない強さを奴らが持っていることが問題だった。
奴らの特徴としてまず、その強靭な肉体が挙げられる。昆虫種の魔獣に共通して見られるその甲殻の中でも、硬い上に弾力があるという一見矛盾した特徴を持つこの甲殻は、打撃武器や斬撃武器は勿論、銃弾すらも容易く弾く事を可能としている。通常状態のこいつらを殺すには、最低でも対戦車用のロケットランチャー位の威力が必要だった。
二つ目の特徴は、やはりその生命力だろう。元々、生物としては有り得ないほどの生命力を有していた奴らだが、魔獣化した今となっては、半身が吹き飛んでも数分は生き続け、その命が完全に終わらない限り食い続ける事が出来る。更に、一匹見かけたら百はいると思えの言葉道理、繁殖力も高く、全滅させない限り一匹でも生き残っていたら何度でも増える。
そして、最大の特徴は、奴らの間で繋がっているネットワークと、それによる環境への適応能力である。これが、奴らの異能。奴らは、自分たちの中で特殊なネットワークを形成しているということが研究で判明している。ある一匹が得た情報を、他の全ての個体に伝達することが出来るのである。
例えば、一匹が未知の毒物を摂取してしまったと仮定しよう。すると、その個体は直にその毒で死んでしまうが、その毒の情報を他の個体に伝達することが出来る。すると奴らは、その異常な適応能力で、その毒の成分を解析し、体内で抗体を作り上げてしまうのである。
そうなれば、もう奴らにその毒は効かない事になる。熱を受ければそれに適応し、寒くなればそれに適応し、奴らの戦力を超える存在と遭遇すれば、それに勝てるように適応して進化する。勿論、強くなれると言っても限界は存在するが。人類が『道具を使いこなす事で環境に適応する』種族なら、奴らはその対極『自身の肉体を環境に適応させる』事を得意とする種族であった。薄葉が大好きな格ゲー風に言えば、究極の耐久型。太古の昔から人類と敵対し続けた奴らは、とうとう人類の天敵とも言える存在にまで上り詰めたのだった。
いくら守矢達とはいえ、たった数人でこんな化け物に対抗するのは不可能だ。数匹程度なら何とか出来るが、軽く見積もっても四十匹は存在する。もしも、守矢が万全の状態だった場合なら、適応させる暇もなく全部を一息に殺すことも可能だったかもしれないが、彼は今も都市の防衛に力の大部分を裂いているためにそれが出来ない。能力を解除した場合、地下都市に魔素が侵入し、せっかく軌道に乗りかけた作物や家畜が死に絶える可能性があるからだ。そうなれば、今この状況を乗り切る事が出来たとしても死ぬことに変わりはなくなってしまう。死ぬまでの時間が少し長くなるだけだ。
となると、守谷の力を使わずにこの状況を乗り切る事が必要になる。・・・だが、この数をどうにかするとなると、それこそミサイルクラスの攻撃が数回は必要になるレベルだった。
「ちっ・・・!!どうするよ!?このままじゃ地下街にも帰れねぇ!萃香、何とかならないのか!?」
守矢が叫ぶと、隣を飛んでいた萃香が叫び返す。
「今すぐに出せる武器じゃ、あいつらを殺しきるのは無理かな!単純に威力が足りない!時間を掛ければ殺せる武器も創れるけど、今手持ちの材料の量から考えても全部を殺しきるのは難しいと思う!それに、奴らを逃がしてしまうと、それにも適応されちゃうから、出来れば一度で殺したいんだよね!」
「・・・そうか!じゃあ、半分はやれるか!?」
守矢の問いに、萃香は彼の意図に気がつく。が、素直に頷く訳にもいかない内容だった。
「まさか、残り半分を自分がやるとか言い出すわけじゃないよね!?知ってるんだよ!?キミ、能力の殆どを地下街の隔離に使ってるでしょ!?普段使える能力って、それこそ全力の2、3割くらいしかないんじゃないの!?」
「だが、それでもやるしかないだろ!薄葉の能力は奴らには相性が悪いし、文雄は戦えない!この嵐で応援も呼べないし、今ここにいるメンツで、奴らに対抗出来るのは俺達だけだ!これしか方法はないだろ!」
「・・・そうだけど・・・・・・。」
それでも認められないという風に言葉を濁す萃香。彼女たち<<第十三地下街>>の人間にとって、守矢は希望だ。この時代、最も求められている食料をこの街の人間が十分に生産出来ているのは、間違いなく彼の御陰。ここで死んでしまえば、数十倍の人間が飢え死にすることになるかも知れない。それならいっそのこと、自分が囮になったほうがいいのではないか?例えここで自分が死ぬことになったとしても、守矢を生存させることが、あの街の繁栄に繋がるのならば・・・そして何時か力を蓄えて、憎い<<Invader>>に鉄槌を下してくれるのなら・・・と思考が傾きかけた萃香は、思っても居なかった声に、その思考を遮られた。
「何辛気臭い顔してるんですか萃香さん!アンタにその顔は似合わないって!」
「・・・っ!新庄!どうして此処に!?」
彼女の隣を、何時の間にか守り屋の職員の一人である、新庄康介が並走していたのだ。これには守矢も驚いていた。つまり、彼の差金ではないということだ。
「桃花先輩が、嫌な予感がするから助けに行ってくれって泣いて頼んでくるんで。・・・しかしまさか、こんな状態になっていたとはねぇ・・・。」
「メイン火力キタ!!これで勝つる!!!」
テンションがおかしくなった守谷の叫びが響いた。