それは危険な奴ら
始まりが何時だったのか、誰にも分からない。気が付けば人類は、『奴ら』と戦っていた。太古の昔から『奴ら』と戦い続けて・・・しかし、絶滅させることは不可能だった。
人類が『奴ら』を殺す兵器を開発すれば、『奴ら』はそれに対抗して強くなる。倒しても倒しても終わりが見えないエンドレスゲーム。人類と『奴ら』の闘争は、永遠に平行線を辿るかに思われていた。・・・しかし、あの地球の運命を変えた戦争<<Fool's War>>によって、その均衡は崩されたのだ。環境の変化に耐え切れず弱った人類とは逆に、元々進化、適応する能力に長けていた『奴ら』は、魔素を取り込み、これまで以上の劇的な進化を遂げた。その進化は他の生物と比較してみても異常であり・・・『奴ら』は、現在<<レベル7>>という、世界的にも上位の魔獣として君臨している。
人は、畏怖と憎しみを込めて、『奴ら』を<<G・G>>と呼んだ。
・・・そんな『奴ら』が、現在大群で<<第十三地下街>>に向かっているとは、この時、誰も知ることは無かった。
★★★
宴会から数日後、砂嵐が吹き荒れる<<外>>を四人の男女が歩いていた。全員<<防護服>>を着ているが、体の凹凸から男性二人に女性二人だと云うことが分かる。守矢、文雄、薄葉、萃香の四人であった。この四人は、ギルドからの依頼で魔狼が進化したのかの調査に向かっていた(・・・文雄は半ば強制的に守矢に連れてこられているのだが)。彼らのグループは、現在、守矢の運営する会社、『守り屋』の社員として扱われている。毎日重労働をさせられているが、給料はそこそこだし、何より暖かい食事が食べられるので、彼らは結構感謝しているのだが。
それは兎も角、本来ならば、この砂嵐の中<<外>>に出るのは自殺行為である。飛んでくるのは砂だけではない。風化して壊れた建物の残骸や、生存競争に負けた生物の死骸などが容赦無く叩きつけられるし、魔素の濃度も通常より高くなるため魔獣も強化される。現在の地球の環境に完全に適応した魔獣達にとって、この程度の砂嵐は驚異にすらならないため、人間が一方的に不利な戦いを強いられることになるのだ。
だが、このチームは平然とこの世界を歩いていた。まるで障害など存在しないかのように。・・・実際、彼らの周りには何故か風一つない静かな空間が広がっているのだが。
「・・・まだ信じられねぇ・・・・・・。これがお前の力かよ・・・。」
文雄が呆然と呟く。だが、それも仕方のないことであろう。今、彼らの周囲五メートル程は、紅い膜のようなもので覆われていた。これが、守矢の<<フィルター>>だ。彼の結界によって、このグループの周囲は完全に無風状態の上に、大気も魔素や有害物質を一切含まない正常な空気になっている。
「・・・でも、何でアンタ<<防護服>>着てるのよ?」
守矢に対する薄葉の疑問は、普通の人間なら疑問に思うだろうが、彼という人間をよく知る人間ならば当然の疑問であった。そもそも、彼は<<外>>に出る時も、普段着のまま出ることで有名な人間であった。<<防護服>>では、魔素などを完全に取り除く事は不可能であるが、彼は自身の能力でそれが可能なのだからある意味では当然の事ではあるのだが。『変異体』として身体能力も高いので、<<防護服>>の身体能力増強にも頼る必要が全くないのである。・・・その守矢が<<防護服>>を着ているということは、何か事情があるのだろうか、と薄葉も萃香も不安がっていたのである。
「桃花が、何か良くない事が起きるので、<<防護服>>を着ていったほうがいいって泣いて頼んでくるからさ・・・・・・。」
緑坂桃花という女性も、『変異体』であり、守矢の『守り屋』の社員である。彼女は、守矢に負けず劣らずの特殊な能力を有している。それは”直感”である。生物には、ある程度の自己防衛機能が備わっている。その中の一つが直感である。何か良くない事が起こりそうだとか、そういう漠然とした未来を予測する力。彼女の”直感”は、それを数百倍強くしたような能力である。
彼女の予感は当たる。良いことでも悪いことでも、ほぼ100%の的中率を誇る。例えば、彼女の目の前を歩いている人間が居るとする。彼女が、”あの人、転ぶ気がする”と”直感”すれば、何も無いところでもその人は転ぶ。既に未来予知のレベルの能力である。・・・しかし、意識して使用出来る能力じゃない上に、何時何が起きるかなども漠然としか分からない為、戦闘などに使用出来る能力では無い。守矢との出会いも、ある問題を抱えていた彼女が、”この人なら助けてくれる気がする”と、まだ『守り屋』を運営する以前の守矢を尋ねた時からである。
それ以来、彼女は何かと無茶をする守矢と一緒に歩いてきたので、多少の荒事や災難ならば笑って解決出来る程に経験を積んでいた筈であった。その彼女が、危険だからと泣いて頼むほどの出来事とは、一体何を示すのか・・・この時の彼らには、全く分かっていなかった。