守り屋とは
「いやー、大量だな。」
「・・・・・・・・・。」
十数時間後、彼らの住む<<第十三地下街>>の入口に、二人の姿はあった。彼らの背後には、大量の食料を運ぶためにレンタルした反重力球発生装置によって、巨大な魔獣の死骸が数体分、プカプカと浮かんでいる。
海谷のテンションは最低である。あれから更に2体の<<レベル4>>魔獣、ワーム・ポーン(ワーム系最弱魔獣。だが、最弱でもレベル4である)を倒して来たのだ。<<レベル4>>や<<レベル5>>など、<<ギルド>>所属の探索者でも、上位に位置する人間が戦う存在である。一般人である海谷が出会う事など考えられない存在だし、もし仮に会った場合、まず間違いなく生きて返る事は不可能な存在であった。それらに遭遇して尚<<地下街>>に戻れた彼は、悪い夢を見ているんじゃないかとすら思っていたのだ。
それとは正反対に、守矢のテンションは最高であった。これだけの大物を狩ることが出来たのだから、それは当然とも言えるのだが。これだけの食料があれば、海谷の家族は2ヶ月は食料に困らないだろう。節約して食べればそれ以上保つのだから、今回の依頼は完全に成功したと言っても過言では無かった。
彼の機嫌が良いのにはもう一つ理由が存在した。それは、報奨金であった。<<ギルド>>所属の探索者には、倒した魔獣を照明する部位を持ち込むと、報奨金が出されるのだ。海谷は<<ギルド>>に所属していない一般人なので部位の使い道が無く、食せないその部位を丸ごと貰っていた。かなりの臨時収入であり、これだけでも一ヶ月程は食費が出せる程であった。
さて、やっと帰ってきた彼らを待っていたのは、彼らを囲む数十人のゴロツキであった。腕や足をサイボーグ化していたり、薬を使用して体を強化していたりと様々であったが、その中から一人、ヒョロリと痩せた長身の男が出てきた。海谷は一歩後ずさるが、守矢はポケットからタバコを取り出して火を付けていた。
「・・・・・・。」
「さて、此方の要求はわかるだろう?その食料を渡して貰いたい。」
リーダーらしきその男は、守矢に対して余裕の態度を崩さなかった。
「何だ、お前ら新参者か?」
「あぁ。実力者に睨まれて前の街に居られなくなってな。最近この街に来たのさ。・・・だが、何で分かった?」
幾つかの街とは、地下経由で繋げる事に成功している。それによって、危険な<<外>>を歩かなくても街と街を行き来することが可能であった。それによって、他の街で問題を起こした犯罪者が逃げ込むという問題が発生したりするのだが。
「そりゃーお前・・・。」
と、そこで守矢が一歩踏み出した。
「俺に喧嘩売るって行為が、どれだけ馬鹿なことなのか分かっていないからさ。」
「・・・ッ!」
男は、自身の勘に従って、咄嗟に身を引いた。すると、彼が先程まで立っていた地面には、注意して見ないと分からない程に小さな切り傷が二本走っていた。
「ありゃ、取り敢えず動けなくしようとしたんだけどな。」
何らかの手段で攻撃を仕掛けたのであろう守矢は、避けられた事に少し驚いているようだ。しかし、それは男も同じであった。彼は、現在の世界で闇に生きる人間として、それなりの力と知識を持っている。<<Invader>>の知識と技術を使用して造られた兵器などは殆どを知っている筈だった。しかし、彼には今の攻撃が、どんな武器によるものか分からなかったのだ。似たような効果を持つ武器なら見たことがあるが、ここまで静かに、何の気配も感じない代物など彼は知らなかった。彼は、目の前の未知の敵に、知らず恐怖を抱いていた。
「オラァ!」
しかし、彼とは違い、周りの部下達は危険を感じ取ることが出来なかった。いや、実際には感じていた人間も多少はいたが、それでも数で押せば勝てるはずだと思っていた。だから、彼らは止めようとするリーダーの声など聞かず、皆思い思いの武器を手に取り、突撃してしまった。狙いは唯、彼らの背後に浮かぶ食料のみ。たった二人に数十人が一斉に襲いかかれば、連携など取れるはずもないが、それでも二人を無力化するのには十分すぎる戦力の筈だった。だが、<<外>>で狩りをしたことのない彼らは理解していなかったのだ。背後に浮かぶ<<レベル4>>、<<レベル5>>の魔獣の姿。それを、たった二人が運んでいるということが、一体何を意味するのかを。
結論から言えば。
彼ら程度では、守矢を無力化するには役不足であった。
「しょうがない。ちょっと遊んでやる。」
そう呟くと、守矢はその場で跳んだ。・・・いや、飛んだというのが正しいだろうか。一瞬にして20メートル以上も飛び上がったかと思うと、今度はまるで足場があるような動きで空中で方向転換し、加速した。
『な・・・・・・っ!』
海谷も含めて誰も彼もが絶句する中、守矢は進行方向に居た、哀れなスキンヘッドの男性に飛膝蹴りを食らわせ、華麗に着地する。ゴキッと嫌な音がして、その男は吹き飛び、背後の<<地下街>>を支える柱に激突した。そして、呆然としていた近くの一人を殴り飛ばした。その男は、周りに居た人間を巻き込んで、十メートル以上も飛ばされ、その一角だけスッポリと誰もいない空間が生まれたのだった。この惨劇を生み出した本人は、一言・・・
「あ、あれ?やりすぎた?」
と、頬を掻きながら呟いた。冷や汗が一筋その顔に流れる。
「クッ・・・!やっちまえ!」
時間が止まったかのようにその光景を見ていた周囲の人間は、その言葉に我に帰って襲いかかってきた。だが、仲間が居ることを気にして飛び道具は使用していない。サイボーグ化して重機並みの膂力を持つ腕や足、超振動ナイフなどの近接武器を中心に飛びかかるゴロツキ集団。だが、それらの尽くを避けられ、防がれる。
「おっと、危な!」
一人の突き出したナイフが彼の腹部に刺さりそうになる・・・が、それは鈍い音を立てて、数センチ手前で止まってしまった。その事に驚きを隠せない彼を、容赦なく殴り飛ばす守矢。
「なら、コイツを先にやっちまえば・・・!」
「え・・・・・・っ!」
守矢の圧倒的な強さに、ゴロツキは怯み始めていた。そんな中、唐突に思い出される海谷の存在。先程から全員が守矢の存在感に目を奪われて、彼の存在を忘れていたのだが、思い出した人間が現れたのだ。そして、その男はレーザー銃を取り出し、海谷に向かって撃ち込んだ。
「う、あぁぁぁあああぁぁ!・・・・・・・・・、あ?」
痛みが無く、自分が撃たれた訳じゃ訳じゃないと気が付いた海谷は、恐る恐るその瞳を開けた。そして、目の前に広がる紅い板のような物体を見た。その物体は半透明で後ろの景色を見ることが可能であり、形状は、正三角形であった。それが、彼の顔の辺りに展開していた。どうやら、コレがレーザーを防ぎきったようなのだが・・・。
「な、何だ・・・コレ?」
「はぁ・・・。俺のこと無視して海谷に攻撃するとか、余程俺の機嫌を損ねたいようだなお前ら。」
その時に聴こえた言葉には、先程までとは違った威圧感が多分に含まれていた。その声を聞いた人間は、ひとり残らず守矢を見つめる。・・・そして、誰かが言った。
「<<変異体>>・・・・・・。」
「だから何だ?人間じゃないって話なら、お前らだって同じじゃないか。体のあちこちを機械で補強して、薬を使って肉体を改造するのとどう違うんだよ?」
言いながら彼はサングラスを外した。その下には、燃えるような朱色の瞳があり、見たものを恐怖で竦ませる。
「格好悪い。格好悪いよお前ら。生きるためとかって自分に言い訳して、弱い者虐めをする卑怯者の自分を正当化して・・・。生きたいのはお前らだけじゃねぇよ。皆、皆、このクソッタレな世界でも、一生懸命に生きてるんだよ。・・・だから、お前らも、本当に生きたいなら全力を尽くせ。その為に力が必要なら、いくらでも貸してやるから。」
そして、一歩前に進む。すると、彼を中心にドンドン周りが後ずさっていく。
「だが、先ずはこの戦闘を仕掛けてきたお前らに、オシオキの時間だ。お前らを、真っ当に生きる人間に叩き直してやるよ!」
そう宣言したと同時、彼は走った。先程までの動きよりも更に早く、鋭く動いた。それを見て、恐慌状態に陥ったゴロツキの一人が、味方に当たることも考えずに発砲した。その銃弾は対魔獣戦にすら使われるアンチマテリアル。単純な威力だけで言うのなら、先程のレーザーなどよりも余程強力な代物である。だが、それを・・・
「五角!」
バギャン!という音と共に弾は一瞬空中で停止した直後、地面に転がった。空中には、煌々と紅く輝く正五角形の板が出現していた。この距離で放たれた銃弾に反応し、尚且つ防ぐなど、通常では考えられない所業である。だが、それを可能にするのが守矢であり、<<変異体>>であった。その弾を撃った男は、次の瞬間背中に何かが突き刺さり、行動不能に陥った。
「その悉くを拒絶しろ!<<フィルター>>!」
彼が叫んだ瞬間、全てのゴロツキの足に、腕に、背中に、腹に・・・極々小さな切り傷が出来た。それは、カッター程度の最小限の傷であったが、何故か全ての人間は行動不能に陥り、指一本すらも動かせなくなったのだった。
「ふぅ・・・・・・。」
守矢は短くなった煙草を放り投げ、新しい煙草に火を付けた。そして、一服すると言ったのだ。
「んじゃ、今日からお前ら俺の部下な。自分で生きられるくらいには鍛えてやるから安心しろ。こんなツマラナイ事しなくても、自分で食料取れれば解決する話だからな。」
彼は<<守り屋>>。<<守り屋>>とは唯単純に人を守る職業では無いと彼は言う。その人物の今後も保証して、始めて依頼が成功するのだと。この街には、そうして彼に救われ、力と自信を付けた人間が沢山いるのだ。だから、この街は他のどんな<<地下街>>よりも明るく、強い街として有名なのだった。