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家に帰ってきてはじめに感じたのは違和感だった。
あるべきところにあるべきものがなく、どこか落ち着かなかった。
寂しいと言って美咲が勝手に飾っていた花や雑貨が部屋から消えていた。
美咲と住む以前は寝に帰るだけの家に何の思い入れもなく、必要最低限の物しか置いていなかった。以前に戻ったといえば戻っただけなのだがどこか物足りなさを感じた。
スーツを仕舞おうとクローゼットを開けた瞬間どことなく感じていた違和感は恐怖へと変わった。
このときになってやっと俺は美咲の心が離れて行ってしまったことに気づいたのだった。
いや、正確には、薄々は気づいていたどうしても認めたくなかったことをはっきりと目の前にたたきつけられたと言うべきだろう。
どれくらい前だったかは忘れてしまったが、そのころも俺は仕事に追われていて美咲と十分な時間を取れないでいた。仕事の忙しさにかまけて美咲にはだいぶ甘えていたと思う。
美咲の様子がどこかおかしいのには気づいていた。何か悩みでもあるのか、ぼんやりとしていることが多く、どこか暗くさみしそうで不安げな表情をしていることが多かった。
会社では美咲が恥ずかしいと言って周りに二人の関係を公言していないこともあって誰かに様子を聞くこともできない。でもそんな美咲の様子がどうしても気になって、忙しかったが仕事の合間に姿を見に行ったこともあった。まさかそこで自分の目を疑うようなことを目撃する羽目になるなんて思いもしていなかった。
その頃の美咲は俺の前ではあまり笑ってはくれず、笑ったとしても小さくほほ笑むばかりでもう長い間こころからの笑顔を見せてくれてはいなかった。そのとき気付いたのは、美咲は笑っていなかったのではなく、見せる相手を変えていただけいうことだった。
同僚の男と楽しそうに笑っている美咲、いつもならすぐにでも抱きしめてしまいたくなるくらいかわいらしい笑顔が憎くてたまらなかった。
「最近噂なんですよ。あの二人」
4か月前に異動でやってきた女性社員の仲間さんが余計なことを教えてくれる。
「二人ともずっと仲良かったんですよ。付き合ってるかは微妙な感じだったんですけど、ここ最近はもう…」
含み笑いをして仲間さんは立ち去っていった。
仲間さんが前にいた部署は美咲と同じ部署だった。美咲の部署内でのことならば公然と会いに行けない俺より彼女の方が詳しい。
しばらくのあいだ呆然として言葉が出なかった。
あの男がいたから俺とのことは秘密だったのか?
まさか美咲が浮かない顔をしていたのはあの男がいたからなのか?
かわいい美咲。
笑顔でにこにこと笑っている美咲。
キスをするといつまでたっても赤くなって恥ずかしそうにしていた美咲。
抱きよせると遠慮がちながらもそっと背に手を回してきた美咲。
しているときの色っぽい表情の美咲。もっと見せてというと恥ずかしがって顔を横に向けられてしまうけど、その表情は幸せそうに見えていた。
あれは、みんな嘘だったのか―――?
嫌な感情が心を支配していく。美咲を信じている。美咲はそんな女じゃない。わかっていても、今すぐに美咲を連れ去って部屋に閉じ込めてしまいたい。そんな感情がむくむくと湧いてくる。
こんな気持ちでは美咲に何をしてしまうかわからない。
冷静になるために距離を持とう―――
俺は勝手に理由をつけて仕事に没頭した。
とにかく美咲のことを考えていたくなかった。
いや、美咲のことを冷静に考えられる自信がなかった。
読んでくださってありがとうございます。遅くなってすみませんでした。
あと、誤字脱字の指摘歓迎です。