婚約者と女騎士の浮気を疑ったら、婚約破棄されました。でも、私の勘は間違っていなかったようです。
フランティーヌ・レドレ公爵令嬢は怒っていた。
婚約者のジュエル・バルト公爵令息が、一人の女と仲良さげに話をしているのだ。
それも身体を密着させて。
ジュエルが身体を鍛えたいというので、騎士団に一年間限定で入ることを許した。
彼はレドレ公爵家に婿に来るのだ。
騎士団へ様子を見に来てみれば、ジュエルは女騎士と仲良さげに話をしていて。
フランティーヌは浮気は許さない主義だ。
つかつかと二人に近づいて、
「ジュエル様?何をしていらっしゃるの?」
「あ、フランティーヌ。こちらは女騎士のアリーゼ・サルク男爵令嬢だ。剣の使い方を聞いていた所だ」
「剣の使い方を教えてあげていたまでです」
「それにしてもこんなに近くで身体を密着させる必要があるというの?」
アリーゼは首を振り、
「いやですねぇ。ただ、説明をしていただけです。そばでないと説明できないじゃありませんか」
それにしても、アリーゼという女。
騎士団の制服を着ているが、胸が出ていて、それはもう女性らしくて。
はっきりと、フランティーヌは二人に向かって、
「わたくしは不愉快です。節度ある男女の距離をお願い致しますわ」
アリーゼは首を振り、
「彼の事を指導するように言われていますので」
ジュエルも頷いて、
「私の事をいくら愛しているからってフランティーヌは気にしすぎだ」
幼い頃、一目見たその時から、胸が射抜かれたような衝撃を受けた。
天使のような柔らかな金髪。微笑めばえくぼが出る可愛らしい顔立ち。
母に連れていって貰った茶会で、10歳のジュエルを見た時に、母に強請ったのだ。
「彼と婚約したいの。彼は嫡男ではないのかしら?あんな素敵なお婿さんが欲しい」
同じく10歳だったフランティーヌ。
お茶会で母親と一緒に来ていたジュエル。他の令嬢達もジュエルを囲んで、ジュエルは嬉しそうに対応していて。
このままじゃ他の令嬢達に取られてしまう。
ジュエルはわたくしの物。
フランティーヌは一人娘で、両親に甘やかされて育てられた。
レドレ公爵家は金持ちだ。
欲しい物は何でも買って貰えて、手に入らない物はなかった。
だから、母に強請ったら、母は微笑んで、
「バルト公爵家の次男のジュエルね。歳も同い年だし、話を進めてみてもいいかもしれないわね」
「絶対に話を進めて。お母様。わたくしはジュエルが欲しいの」
「解ったわ」
ジュエルが欲しい。ジュエル以外にいらない。
ジュエルはわたくしの物。わたくしの物よ。
家柄も丁度良いとの事で、10歳の時に婚約が結ばれた。
ジュエルに改めて会いに行き、
「貴方はわたくしの婚約者なの。わたくしを一番に大事にしなければならないの」
ジュエルは頷いて、
「婚約者なんだね。だったら一番にフランティーヌを大事にするよ」
婚約してから、二人で沢山、色々な思い出を作った。
ジュエルはとても優しくて。
美しいジュエル。
彼と一緒に過ごせたことがどんなに幸せだったか。
それなのに。
17歳になった時に身体を鍛えたいからと、一年間、騎士団へ所属するとジュエルが言って来た。
結婚するまでまだ1年ある。
確かにジュエルは細身だ。
騎士団では、特別枠として、貴族の令息を一年間体験だけの団員として募集しているのだ。
だから、そこへジュエルが入団した。
元々、騎士団に所属していたアリーゼ・サルク男爵令嬢が、ジュエルにべったりとくっついて、色々と教えているようなのだ。
アリーゼは髪を後ろに縛って、いかにも騎士という感じの姿をしているのだが、胸が大きい。制服の上からでも解る程の。
そして、ジュエルに密着しているのだ。
その姿を見てフランティーヌはイライラした。
ジュエルはわたくしの婚約者なのよ。それなのに。
気になったので翌日も騎士団の広場に行き、二人の様子を観察した。
アリーゼはジュエルの手に手を添えて、
「剣の持ち方はこうだ」
ジュエルは頬を染めて、
「こうか?」
ジュエルの手に手を重ねるアリーゼ。
「そう、私の顔に何かついていますか?」
「いい匂いがするなと」
「香水をつけているのです」
「香水?」
「だって、こうして教えるのに嫌な匂いがしたら困るでしょう」
そんな会話が聞こえて来た。
我慢出来なかった。
広場につかつかと歩いて行って、
「騎士団をすぐにやめて頂戴。わたくしは我慢出来ませんわ」
ジュエルはフランティーヌに、
「身体を鍛えたいんだ。君だって了解したじゃないか」
「だったらこの女を指導から外して頂戴」
「そんな我儘、許される訳ないだろう」
「密着しているわ。密着。貴方はわたくしの婚約者なのよ」
「神経質だな。ただ、指導を受けているだけだって言っただろう」
「いい匂いがするって言ったわ」
「事実を言ったまでだ。いい匂いがするって」
「香水を着けているって言ったわ。貴方に変な匂いをかがれたくないって、どういうこと?」
アリーゼはフランティーヌに向かって、
「失礼でしょう。変な匂いがしたら、だから礼儀として香水をつけたまでです」
「女を意識しているわ」
「ただの指導です。意識何てしていません」
「わたくしが不快だと言っているの」
ジュエルはフランティーヌに、
「いい加減にしてくれないか?様子を見に来て、指導を受けるのに文句を言って。私は身体を鍛えたいんだ。だから騎士団に入って身体を鍛えている。それを邪魔するのか?それから指導者を変える訳にはいかない」
「わたくしが嫌だと言っているのに?」
「君は我儘だ。君の我儘にはうんざりする」
「貴方はわたくしを愛しているのよね?」
「それは婚約者だから愛している。今まで楽しく交流してきたじゃないか」
「貴方はわたくしが嫌って言っているのに、我儘だと言うの?」
「だって我儘だろう。少しは私の心も汲んでくれないと」
ジュエルは背を向けて、アリーゼに向かって、
「迷惑をかけたな。指導の続きをあちらで」
「解りました」
フランティーヌは泣き叫んだ。
「行ってしまうの?わたくしが嫌だと言っているのに???」
無視して二人は広場の奥へ行ってしまった。
「わたくしがわたくしがわたくしがっーーー嫌だと言っているのにっ」
涙が零れる。
ジュエルに対する愛していると言う気持ちが、粉々に砕けて。
ガラスが割れたように、ボロボロになって……
フランティーヌはその場に泣き崩れた。
フランティーヌの醜聞に、ジュエルの家、バルト公爵家から婚約破棄を突き付けられた。
「公爵家の令嬢としての教育はどうなっている。騎士団でしなくてもいい嫉妬で、泣き崩れただと?みっともない。ジュエルの婿入り先として、期待していたのだがな」
フランティーヌの父、レドレ公爵は謝罪した。
「娘を甘やかし過ぎたようだ。慰謝料をこちらから支払おう。婚約破棄を受け入れよう」
婚約は破棄になった。
女騎士と密着していたジュエルが悪いのに?
ジュエルはただ指導を受けていただけという。
それなのに、しなくてもいい嫉妬をしたわたくしが悪い。
納得出来なかった。
父の姉がこのラド王国の王妃である。
伯母に当たるオディーヌ王妃が、王宮からわざわざ王都の公爵家に面会に来た。
父と母と三人で客間でオディーヌ王妃に応対した。
「今回の事を聞きました」
レドレ公爵は姉であるオディーヌ王妃に、
「姉上、申し訳ない。とんだ醜聞を」
レドレ公爵夫人も、
「甘やかしすぎましたわ。一人娘のフランティーヌを」
オディーヌ王妃は、
「フランティーヌ。貴方の婚約者が騎士団で指導に当たっていた令嬢と密着していた。それを見た貴方が取り乱したと聞いておりますが」
「伯母様。だって、わたくし悲しかったのです。ジュエル様があの女と親し気に身体を密着させて指導を受けていたのを」
「でも、取り乱したのは公爵家の娘として、失格よ」
オディーヌ王妃はフランティーヌを抱き締めて、
「いい事。レドレ公爵家は名門。ラド王国の王妃であるわたくしを輩出するぐらいですもの。その家の一人娘である貴方はもっと気高く生きなさい。あんな男の事は忘れて。わたくしが貴方にふさわしい相手を紹介します。だから貴方も精進しなさい。いいわね」
オディーヌ王妃である叔母に励まされた。
フランティーヌはレドレ公爵家の娘として恥じないような女性になろうと、この時、強く決意をした。
婚約破棄をされた令嬢として、有名になってしまったけれども。
レドレ公爵家の婿の座はとても魅力的だ。
オディーヌ王妃は、一人の男性を紹介してきた。
「クリス第二王子よ。わたくしの息子ではなく、亡くなった側妃の子をわたくしが教育して育てたの。貴方、良く顔を合わせているわよね」
クリスとは幼い頃から顔見知りだ。叔母が王妃というだけあって、両親に連れられてよく王宮に遊びに行った。従兄に当たるライル王太子殿下とは良く遊んだし、その時に二つ年下のクリス第二王子ともよく遊んだ。
遊んだといっても、部屋で小さい頃、積み木を積んだり、話をした程度だが。
ライル王太子殿下には、可愛がってもらったし、クリス第二王子は弟みたいにこちらから可愛がった。
二つ年下のクリス第二王子は今、15歳。
クリス第二王子は、ニコニコしながら、
「お久しぶりです。フランティーヌ。ずっとフランティーヌの事が忘れられなくて。婚約破棄をされたと聞いた時に、私が結婚したいと思いました。一緒に、高みを目指しませんか?あのジュエルという男に、私達が輝いている所を見せつけましょう」
「ジュエルを知っているの?」
「ええ、話をしたことはありませんが、フランティーヌの傍に居て、見ていてイライラしていました。フランティーヌの傍にいるのが私だったらよかったのにと何度思ったことか。初恋なんです。フランティーヌは。でも、フランティーヌは辛かったでしょう?あんなに仲良く一緒に過ごしていた相手に婚約破棄を突き付けられて。私なら絶対にフランティーヌを泣かせない。どうか私と婚約して下さいませんか?」
弟みたいに思っていた。
でも、もう自分より背も高くなって。
フランティーヌは決意した。
「未熟なわたくしだけれども、これから精進して公爵家の娘らしくなるわ。それでもかまわない?」
「ええ、私も未熟ですから。二人で手に手を取って頑張りましょう」
そう言ってくれるクリス第二王子の笑顔が眩しかった。
粉々に砕けたジュエルに対する愛。
わたくしはクリス第二王子を愛する事が出来るかしら?
砕けた心を地面から拾う事が出来るかしら?
いえ、拾うのではないわ。
これから作り上げていくの。
新しくクリス第二王子殿下を愛する心を。
例え、政略でもわたくしは結婚相手の事を愛したい。
日の光のように明るいクリス第二王子殿下。
彼と共に頑張って行こうと思うフランティーヌであった。
クリス第二王子と婚約を結んで、公爵家の娘として新たな家庭教師をつけて、マナーや色々な面を見直し教育が行われるようになった。
今度こそ間違えない。
今度こそみっともない真似はしない。
そう思って完璧なマナーの勉強に励む。
クリス第二王子も様子を見に来てくれて……
共にテラスでお茶をする。
幸せだった。
彼と話をするのは楽しい。
そんなとある日、とんでもない話が伝わって来た。
ジュエルがアリーゼと共に裸で部屋で戯れていたと、騎士団員の一人が目撃したとの事。
宿舎でのそういう行為は禁止されている。
それなのに、騎士団員がドアを開けた時、二人は裸でベッドにいたのだ。
以前、フランティーヌが二人の浮気を疑って取り乱した。
そのせいで婚約破棄になった。
その事を父レドレ公爵は蒸し返して、バルト公爵家に行き、バルト公爵に、
「うちの娘が公爵令嬢としてふさわしくないから婚約破棄されたんだったな。慰謝料も払った。しかし、おたくのジュエルはあの女と出来ていたではないか。うちの娘が疑った通りだったという訳だ。前から不貞をしていたのではないか?慰謝料を返して貰おう。ただの指導員と騎士の関係ではなかったのだからな」
バルト公爵は渋々頷いて、
「慰謝料は返そう。まさか本当に女騎士と関係があったとは……あの愚か者は家から叩き出す。愚か者を誘惑した女騎士も許してはおけぬ」
「騎士団に私は抗議をする。おたくの指導員は体験に入って来る若者を誘惑するのかと」
「では両家で抗議をすることにしよう。我が息子も誘惑されたに違いないからな」
レドレ公爵家とバルト公爵家は騎士団に抗議した。
騎士団は事の次第を重く受け止め、アリーゼを退団させた。
ジュエルも騎士団体験コースが終了になり退団になった。
それから三日後、
フランティーヌがクリス第二王子と馬車に乗っていると、薄汚れた騎士団の恰好をしたジュエルに馬車を止められた。
馬車の窓から顔を出して応対すれば、ジュエルはフランティーヌに、
「君は私を愛しているだろう?ずっと愛を育んできただろう?家を追い出された。どうか私を助けて欲しい。再び婚約を結んで欲しい。そして婿入りすれば、愛する私と結婚出来る。有難いだろう」
フランティーヌは一言、
「いつの話をしているのです?わたくしはクリス第二王子殿下とこれから夜会に行くのです。貴方に婚約破棄をされた事、忘れてはおりませんわ」
そう忘れてはいないのよ。
あの泣き崩れた騎士団の広場での出来事。
その後、公爵令嬢としてみっともないと婚約破棄をされた恨み。
忘れない。愛していたからこそ、忘れない。
クリス第二王子殿下の事は好きよ。
愛しくてたまらないわ。
でも、深く傷つけられた心の傷は消えないの。
一生、わたくしの心の奥に突き刺さっている。
「馬車を出して頂戴」
縋るジュエルを置いて、馬車が走り出す。
フランティーヌはにこやかに、
「今宵の夜会は楽しみだわ。ダンスを沢山踊りましょう」
クリス第二王子も頷いて、
「フランティーヌの赤のドレス、凄く似合っているよ。沢山ダンスを踊ろうね」
指導員ながら、ジュエルと身体の関係を持ったアリーゼ。
騎士団を退団したアリーゼがどうなったのか。
アリーゼもバルト公爵家の令息と身体の関係を持った最低の女と貴族社会でも知れ渡っていた為、貴族社会に戻る事も出来なくなった。そしてそんな娘をサルク男爵は家を追い出した。
アリーゼは一週間後、川で死体になって浮かぶことになった。
バルト公爵が息子を誘惑した女を許さなかったのだろう。
ジュエルは金髪碧眼の美男だったので、さまよっていた所、
屑の美男が大好きな変…辺境騎士団にさらわれた。
飢え死にするよりも、マシではあるが、男として大事な何かを失う事は確かであろう。
美しい赤のドレスを着たフランティーヌはクリス第二王子にエスコートされて、夜会でダンスを踊る。
今はただ、その幸せをクリス第二王子と共にフランティーヌは満喫するのであった。




