釣れる吸血鬼
「ねーねーヴィクター、魚釣りに行かない?」
その日。一つ歳上の幼馴染のリリーフランにそう誘われた。
「いいけど……ろくな事にならないよ。僕、釣りが少しばかり得意すぎるから」
「それなら丁度いいわ。私、魚フライのサンドウィッチが食べたいの! お願いヴィクター。私のために魚をたくさん釣って?」
「……構わないけど、僕のはちょっと訳ありだよ?」
「えー訳ありぃ?」
因みにリリーフランは恐らく、将来、僕のお嫁さんになる女の子。
僕らは名家の出身同士で……大人たちがこっそり話してるのを聞いたことがあった。
「それでもいいわ。いっぱい釣ってね。ヴィクター!」
なら、代わりにリリーフランは僕に何をしてくれるんだろう?
いっぱい釣ったらキスをしてくれる?
だけど、僕は釣りをしたことを激しく後悔した。
釣れたのはまさかの吸血鬼。
ゾッと鳥肌がたつほどの美しい少年で、その吸血鬼はあろうことか乙女の血を求めて、リリーフランに噛み付いた。
「あ…………っ」
だけどそれよりもショックなのは、リリーフランがちっとも嫌がっていないことだ。
……リリーフランは奴を一目見るなり恋に落ちて、彼の食事になることを心から受け入れた。
さらに――。
「君はかわいいね。……名前を教えて?」
「リリー……フラン……」
「リリーフラン。君にキスをしてもいい?」
「ええ、もちろん。お願いキスして!」
それで僕の目の前でキスをした。
それも……何度も。
リリーフランの目には吸血鬼だけが映っていて、もう僕のことなんていないも同然だった。
「私……キスしたのなんて初めて……」
そう恥ずかしそうにするリリーフラン。
その瞬間、僕の世界は足もとからガラガラと崩れた。いいや、こんなのってない……!!
僕は釣り竿を折ってその場から走り去った。
家に帰ってベッドに潜り込み、ブランケットを頭までかぶる。
ああそうか……僕はリリーフランがちょっと可愛いと思っていただけじゃない……きっとこれが初恋だったんだ!
「さようなら……僕の初恋」
僕はそう静かに嗚咽をもらした。
これで僕の恋は完全に終了。
リリーフランとの付き合いもここまでだ!
……だけどそれは僕が勝手にそう思っているだけで、リリーフランにとっては知ったこっちゃ無いらしい。
最悪なことにリリーフランは翌日もケロリとして、僕のところへ訪ねてきた。
「私、こっそり彼を離れで匿うことにしたのよ。ヴィクターももちろん手伝ってくれるでしょう?」
いやいやなんでだよ……もしかして僕のこと手下か何かだと思ってる?
「いいや、手伝わないよ。リリーフランが勝手に一人でやれば話だろう?」
馬鹿馬鹿しい。君は裏切りものだリリーフラン!
……昨日までの君ならお願いも叶えようと努力もしたが、もうそんなことする謂れはない。
「あら。責任が無いなんてことは無いわ。だってヴィクターは彼が釣ったんだもの!」
だから……釣りたくて釣ったんじゃないやい!
「“飼う”か“飼わない”かは……リリーフランが決めたことで、あいつを今すぐ川に戻したって僕はかまわないよ」
「まあ!? 何て冷たいことを言うのヴィクター……そんなことを言うだなんて見損なったわ!」
見損なったのは……尻軽の君にこそだよ、リリーフラン!?
そう言えたらどんなに良かったか。
「ほらあ、……やっぱりヴィクターは優しいくせに!」
何故か、僕はリリーフランの後ろをついて歩いていた。
「リリーフラン……急いでないなら一匹なにか釣ってもいい?」
「え……なんで釣りを?」
「僕、今日は本当に気分が悪いんだ。……釣りをすれば少しは落ち着くから」
僕はそう言って新しい釣り竿を担いだ。
というかリリーフラン。僕が昨日、釣り竿を折ったことはスルーですか、そうですか。
……君にとって僕って本当にどうでもいいんだね。リリーフラン。
「ヴィクター……何だか今日は冷たいわ。何を怒っているの?」
僕はそこでピタリと止まった。
「……ヴィクター?」
「川に行くのに邪魔だから、そこどいてよ」
「…………」
リリーフランは黙って横によけ、僕は礼も言わずに草をかき分け河原にくると、針に餌をつけて川へと投げる。
あーあ、本当に来なければ良かった。
何でこんなことに?
しかし、釣りが上手すぎる僕の竿はそんな思考の余白すら許さずにヒットする。
今回、釣れたのは――。
「見たこともないほど大きな桃ね!」
一抱えもありそうな桃だった。
「産毛が生えているし……肉も少し硬めだけど、ちゃんと本物の桃だわ!?」
というか桃? なぜに桃!?
「でも、こんなの……さすがに持って帰れないよ」
「そうよねぇ。うーん……あ、ちょっと待っててね。ヴィクター!」
そう言うとリリーフランは来た道へと駆け出していく。
僕はぽかんとただ見送った。
それから気付けば三十分ほど待ちぼうけをくらい……僕はその間に、キジと猿とボーダー・コリーを釣ってしまった。
「うーん……どうしよう」
しかもこのボーダー・コリーと猿はかなり賢くて芸が出来る。
……もしかしたらサーカスか、何かから逃げてうっかり川に落ちて流されたんだろうか?
あ、キジは普通にうちのコックに言って夕飯にしようと思っている。
狩猟もしていないのに釣れるだなんて、これについては素直にラッキーだ。
「お待たせ〜、ヴィクター!」
で、さらにちょうど良くそこにリリーフランが戻ってきた。
リリーフランの後ろからは、今にも一狩り狩りに出かけていきそうな……でっかい刃物を抱えた大男。
「うちの牧場の羊や牛を毎日、屠殺しているジョンよ。……これだけの刃物があれば桃を半分に切れるし、ジョンが持って行ってくれるわ!」
「はじめまして、ヴィクター様」
何故か獣の処刑人がパーティーへと加わった。
「桃を切るのに……ジョンほどの人材が果たして必要なのリリーフラン!?」
「だってキッチンにそんな桃を切る刃物があるわけないでしょう!?」
ぐ……うぅ、確かにそうかもしれないけど。
本当にリリーフランは一つ歳上だけに、僕よりも減らず口と頭の回りが早い。
何で昨日までの僕は、こんないけ好かない彼女が好きだったのだろう?
「じゃあ、さっそく切りますね~。いやぁ、鳴かない獲物は久々だなぁ〜」
そうジョンが物騒なことを言いながら、よく手入れの行き届いた巨大な刃物を桃にトントンと当てて……切る位置を確認する。
桃に片手を添えてずれないように押さえ、いよいよデカ物を振り上げた。
「せいっ♪」
鼻歌まじりに躊躇なく刃が振り下ろされる……すると、切り目からピカーッと強い光が放たれた。
「ま、まぶしい!」
「目が開けられないわ!?」
その場にいる皆が思わず目を覆った。
次の瞬間!
「我が身を助けて頂きありがとう存じます」
現れたのは赤ん坊に毛が生えたような小さな鎧人間だった。
「私の名前はウィリアム・スミス」
「え……仮名?」
「本名です!」
本当かよ……。
「実は私は宗教騎士団に属していてエクソシストも担っています」
いきなり情報量が多い。
「今回、デビルの報告があり……それを駆逐するために派遣されたのです」
「そうなんですか……でも、その証拠がいったいどこに……?」
正直、かなり胡散臭い。
というか桃に入っていた理由は?
そのサイズ感は?
僕ら騙されようとしてないか?
「あ、これは失礼……これでどうでしょう?」
兜の下には見事なトンスラ頭……真ん中をくり抜いた様に剃り上げた頭をした老け顔が現れた。
「誓って、神に忠誠を誓っております!」
「う、疑ってすみません……」
「いえいえ何の何の!」
「じゃあ……この桃は?」
「あ、もう用は済んだので皆さんで召し上がって下さい!」
「いや……食べろって……」
ちっちゃい聖職者のオッサンが入っていた桃を?
「ヴィクター美味しいわよ!」
「……って、リリーフラン!?」
よくよく見ると僕以外の屠殺人ジョンや猿やボーダー・コリーやキジまでもが桃を切り取りもしゃもしゃしている。
そうして僕はどうしたかと言うと……。
「美味しかったわね。ヴィクター!」
「…………」
しっかり食していた。
やっぱり僕は流されやすいんだろうか!?
「バーナビー、バークリー、シフォンも喜んでいます!」
そう聖職者ウィリアム・スミスは猿にバーナビー。ボーダー・コリーにバークリー。キジにシフォンと名付け……何故か動物も付き従っている。
これも聖なる力だろうか?
というか、僕が釣った動物たちなんですが!?
しかも何故か僕らの後をついて行きたいという。
(まあ……確かに聖職者なら、地元の名士として世話をするべきかな?)
そう無理やり納得して連れて行くことにした。
……思えばこの時点で僕は何か予感していたのかもしれない。
「ここよ。ここに……彼がいるの!!」
そうしてたどり着いたのは昔は穀物倉庫も担っていた灯台だった。
なるほど……ここに吸血鬼が住み着いてるなんて普通は思わない上、ここならベッドや生活用品は一揃い揃っている。
リリーフランは灯台に入る前に手鏡でササッと身なりを整え、口にリップを塗り直す。
それを僕は苦々しい気持ちで眺めた。
ランプに火を入れ、中が暗い灯台の螺旋階段を皆で……バーナビー(猿)、バークリー(ボーダー・コリー)、バークリーの背中に乗ったシフォン(キジ)も一緒になり、カツーンカツーンと足音を響かせ登っていく。
そうして僕らは灯台の一番上にたどり着いた。
その灯台の扉に鍵を突っ込みガチャガチャと開け、リリーフランが扉を開く。
「ごめんなさい。遅くなってしまっ――!」
そこにいたのは――。
「やあ、リリーフラン! 遅かったね?」
四人もの地元の女の子を侍らせた吸血鬼だった。
「ねえ……私のキスがまだだわ……?」
「ああ、ゴメンね!」
チューッと目の前で吸血鬼は当たり前に女の子とキスをして、隣の女の子もねだったため、その女の子にもチュッチュとキスをする。
「………………」
どうしよう……いつも煩いくらいのリリーフランが一言も言葉を発しないのですが。
「これは…………………………何」
ようやく蚊の鳴く様な声でつぶやくリリーフラン。
それに吸血鬼は悪びれることなくケロリと言った。
「僕のオヤツになってくれたから、お礼をしていたんだよ? この土地は良いね。美しくて血の美味しい乙女ばかりで気に入ったよ!」
こいつ空気とか読んだことがないのか?
「何これ……浮気じゃない!?」
リリーフランが吸血鬼への怒りに肩を戦慄かせ、涙目で叫ぶ。
それに吸血鬼は首を傾げた。
「浮気? ……メインディッシュはリリーフラン君だけだ!」
いや、間食を認める時点で浮気だろ。
辞書を一度、開いてみろよ。
「妬いているんだねリリーフラン……ほら、おいで?」
そう言ってぬるりと女の子たちの輪から抜け出した吸血鬼は、リリーフランを抱き寄せ今日もリリーフランにキスをした。
(こいつッ……!?)
しかし、そんな吸血鬼の頬をリリーフランは平手で引っ叩く。
「私にキスをしないで裏切り者!?」
リリーフランはボロボロと泣きながら叫んだ。
その姿に僕の胸がズキリと痛む。
僕は腹が立って、つい吸血鬼をキッと睨んだ。
だけど……アレ?
何だか様子がおかしいぞ……。
吸血鬼は顔を手で覆い、フーッフーッと荒い息を吐き……心無しか身体がざわざわとしている。
「何を……した……!?」
「おやおや、ちゃんと効いたようですね……? 愚かにも自ら口付けするとは……」
そう言ったのはウィリアム・スミス。
え、どういうこと!?
「桃……ピーチには魔を祓う力があると言われています。さらに我々は桃を品種改良し、聖水で育てる巨大な桃を作り上げた」
……………………はい?
「そして……バーナビー、バークリー、シフォンは事前に貴方がたを追うための諜報部隊だったのです!」
…………へ?
「しかし、運悪く返り討ちに遭い……私も逆に追われる身となり、とっさに桃に身を潜ませましたが、デビルは無慈悲にそれを川へと投げ込んだ……」
…………。
「それを偶然、ヴィクターさんが釣り上げてくれたのです!」
え、えええええ……僕の釣り能力……どんだけ?
自分で自分に引くんだけど。
「ヴィクターさんは、もしかしたら聖人の生まれ変わりかもしれませんね?」
「いや……ただ単に釣りが得意なだけですよ……?」
むしろただ大きな魚を釣らせてほしい。
だが、そんな呑気なことを言っている場合じゃなかった。
その間にも吸血鬼の様子はどんどんおかしくなり……白い肌は黒く染まっていく。
「おのれ……おのれ。おのれおのれおのれ……リリーフラン!」
そう言い、もはや顔相すらすっかり変わった吸血鬼がリリーフランをその手に掛けようと飛び上がる!
「キャーーーッ!」
(いけない……!)
僕はとっさに自分の釣り竿をつかみシュルンと糸を一息に解くと……吸血鬼向けて竿を振った。
すると針は意志を持ったように吸血鬼の背中にみごとに引っ掛かる。
「…………!」
それを僕は腕に力を込めて振り上げた。
「リリーフランに近付くな! 川に……海へ帰れ、吸血鬼!!」
もう一度ブォンと盛大に竿を振ると、吸血鬼の身体ごと灯台の窓やカーテンを突破し粉砕する。
それに僕はその飛んでいく吸血鬼の重量にまかせ……勢いのまま竿から自分の手を離した。
「ばいばい……!」
「…………っ!?」
そうして吸血鬼は灯台から空高く太陽にさらされて、高い波荒れ狂う海へと落ちていき……。
「……っ!!」
まさに海の藻くずと消えた。
後には壊れた窓と、真っ青な空と、白いカモメが飛んでいく姿。
こうして、釣りから始まった冒険は釣りによって終わりを迎えた。
――それから二週間後。
ウィリアム・スミス氏から手紙が届いた。
それには僕への教会からの御礼の品とともに……あんな質量をあんな木の棒切れや糸や針で持ち上げ……まして、ぶん投げるなんて絶対に不可能!
ヴィクター……僕にはきっと聖なる特殊能力があるから、是非ともエクソシストにならないか? という熱烈なお誘いをするものだった。
だけど僕は丁重に断わる。
話は面白そうだが、僕は長男で跡取りだから……家を離れるわけにはいかないのだ。
さらに変化したことはそれだけじゃない――。
「ヴィクター様、クッキーを焼いてきました!」
「私はジャムを……」
「ヴィクター様。今度一緒にボートに乗りましょう?」
「ヴィクター様、私、髪型を変えるんですが……どんな髪型がお好みですか!?」
吸血鬼を倒して以来……僕は人生初のモテ期を迎えていた。
あの日、あの場に居合わせた女の子たちがちょくちょくと僕を尋ねてくるのだ!
……どうやら僕を悪魔を倒したヒーローか何かだと思っているらしい。
「鼻の下……伸びてるわよ。ヴィクター」
「リリーフラン!」
あれ……いつの間に家に来ていたんだ?
「女の子にチヤホヤされて嬉しそうね?」
「まあ……正直、悪い気はしないよね。男だもん!」
「ふぅん……?」
僕がモテたところで、リリーフランには関係ない話だと思うけどな。
……何で機嫌が悪いんだ?
「ヴィクターも浮気者なのね!」
「僕は浮気者じゃないよ。一途だ!」
「どうだか……?」
そう、リリーフランは目を伏せて眉毛を吊り上げるが、男を一人知ったくらいで全員をそうだと決めつけるのはやめてほしい。
「現に今だって……ある女の子に夢中だよ」
「誰っっ!?」
僕の何気ない一言にリリーフランは思わぬ食いつきを見せた。
これは……?
「……リリーフランが僕にキスしてくれたら教えてあげるよ」
「…………」
リリーフランは僕に一歩近付く。
それから僕の唇にキスをした。しかもかなり長い時間。
やがてその唇は離れていく……。
「したんだから、教えてよ……」
「そんなの。もう、わかってるくせに」
そうして釣りが大得意な僕は……最後に本命の大物を釣り上げたのだった。




