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1 シリアルキラー

『次のニュースです。現在、K県Y市では女子高生連続殺人事件が起きています。先月初めにS木さんの惨殺死体が見つかってから今日までに5件、計8人が犠牲になっています。いずれも夜に行方不明になっていることから、帰宅時間を早めるように各学校では指導しているとのことです。また、警察は特別捜査本部を立ち上げていますが大した成果は挙げられていない模様。コメンテーターのZ元さん、犯人はどういった人物なんでしょうね』

『えー、やはりですねぇ。これは現代社会の、歪みや孤独感が凶行に走りやすい環境を作っているんじゃないですかねぇ。だって、異常でしょ。女の子だけを狙うなんて。殺人する奴はクズだけど、女子供を狙うやつはクズ以下のゴミですよ』


 廃墟と見紛うほどに荒れ果てた薄暗い室内。薄衣服や書類が床に散乱し、段ボールやペットボトルがバリケードのように高く積まれている。しかし、布団とテレビ周辺だけは妙に物がなかった。そして布団に横たわりながらテレビの光を浴びているのは、黒いセーラー服を着た少女だ。深淵のようにどこまでも黒い瞳に蝶の羽のようにくりっとした目。パーツこそ派手ながらもどこかまとまりを見せる整った顔立ちだ。黒い川のように床を這う彼女の髪は、手入れをきちんとされていないのか先端はぼさっと跳ねている。


 そんな彼女は今、熱心にテレビを見つめている。ブラウン管から供給される情報は、彼女の好奇心を刺激するのか、はたまた別の感情が彼女を突き動かしているのか。その瞳からは何も読み取れない。しかし、不意に立ち上がった少女の唇は確かに吊り上がっていた。




 月明かりが優しく照らす住宅街。最近ではこの時間はめっきり人通りは少なくなってしまった。殺人犯が徘徊する夜に、好き好んで出歩く人間はいない。いるとすれば、余程の用事があってやむを得ず外出している人間か、その殺人犯に用事がある人間だけだろう。

 そんな夜道を一台の車が走る。法定速度を厳守しているのか、非常にゆったりとタイヤを回転させ夜のドライブを楽しんでいるようだった。

 車のヘッドライトに照らされた人影を視認し、運転手は目つきを変える。その人影は距離を詰めるごとに輪郭がはっきりとしてきた。彼はその人間の傍で車を止めて窓を開ける。


「こんな時間に出歩くのは危険だ。最近は殺人鬼がこの辺に出るって言うし・・・。もしよければ送ってあげようか?」


 いかにも「あなたの身の危険を案じてますよ」という雰囲気を纏わせながら、少女に向けて話しかける。


「いいんですか!?でも、ここから少し遠いのできっと迷惑かけちゃいますよね」

「僕の家もここから遠いから平気さ。それに、困ってる女の子を見捨ててはおけないよ」

「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えますね」


 後部座席のドアを開けると、冷たい空気と共に少女が乗り込んできた。


「わあ、けっこうふかふか。もしかして高級車だったりします?」

「はは、まさか。ただシートにはちょっとお金を掛けてるよ。車に乗ってる間くらいは心地よく過ごしたいからね」


 ドアを閉め、エンジンをふかす。この瞬間、男の計画はほぼ完遂したようなものだった。

 少女を誘拐し、山奥で解体し、適当な場所に死体を捨てる。彼はこの一連の犯罪行為に何事にも代えがたい快感を見出していた。

 きっかけは、男自身覚えていない。幼いころから何かの命を絶つという行為に強い興味を持っていたように思う。しかし、それを特段異常だとは考えていなかった。なぜなら、彼の友達は人間を楽しそうに壊していたから。グラフィック上の張りぼての命だが、命を弄ぶという本質には変わりがないことを彼は信じていた。

 彼の欲望は偽物の命では満たされなかった。やはり本物でないと意味が無い。魂からの絶叫を、取り返しのつかない命の消失を、無様な命だったものを、彼は心から欲していた。

 そのために彼は一生懸命努力した。いい大学を出て、大企業に就いた。社会的成功者の仮面を被り、偽りの家庭も築いた。傍から見れば満たされた生活、しかしこんなものは真の幸せのための踏み台に過ぎない。

 最初は誰にも気付かれないような人間からだった。河川敷に赴き、ナイフで刺し、川に捨てた。初めての犯行ということもあり、彼の心臓ははち切れそうなほどに興奮した。けれど、理性はそれを否定する。

 なんだこれは。なにが楽しいんだ。だって、こいつは泣きも喚きもしないじゃないか。ナイフで刺して、どす黒い血がドロドロ流れたのも気味が悪い。血はもっと鮮やかで美しい物じゃないのか。ああ、これだから老人はダメだ。もっと若い人間じゃないと。

 次は自分の子供を殺すことにした。普通の家庭を維持するためとはいえ、正直煩わしかったからだ。愛してもいない女の股から生えてきたガキ、毎日一丁前に要求をし稼ぎを食いつぶしてくる不用品。ならば殺して欲望の糧にしてしまおう。なに、自分で作ったモノをどうしようが製造者の勝手だ。それに、自分の子供を親が殺すとは思うまい。

 そのためにわざわざ出張を偽装し、家を空けたように見せてから殺した。沢山鳴き声を堪能できた。日ごろはあんなに鬱陶しかった声がまるでオーケストラのハーモニーのようで、思わず絶頂してしまった。料理で不要な部位を切るように、鼻や耳を取ってやった。そしてそれらを目の前で踏み潰してやった。死体はゴミ袋に詰めてそこらのゴミ捨て場に捨てた。殺人被害者の父を気取るのも楽しかった。偽りの涙を流し、義憤をカメラに向けるのは実に気分が良い。子供を一人しか作らなかったことを、彼はこの時初めて後悔した。

 一度覚えた快楽を、彼は忘れることが出来なかった。


 

(にしても髪長いな、この子)


 男は少女に教えてもらった道から外れるようにハンドルを握りながら、ぼんやりとそう考える。ルームミラー越しに見える少女は、美少女と形容するに相応しい整った容姿をしていた。それ自体はこれからする行為のスパイスになるからいいのだが、髪が長いと運ぶのに少々面倒かもしれない。


「髪、綺麗だね。なにかケアとかしてるのかな?」

「え、まあ。でも、トリートメントを擦り付けるくらいですよ」


 

 次第に窓を流れる景色が暗く、人里から外れたものになっていった。少女も流石に不信感を持ったようで、声に焦りの色が見える。


「あの、この道じゃないような・・・」

「いや、合ってるさ。なに、もうじきつくよ」

「違います!ねえ、下ろしてください」

「いやだね」

「お願いです!誰にも言いませんから・・・」


 彼はエンジンを一気に吹かす。スピードメーターの針は80キロを優に越え、心地よい重力が男を包む。少女は怯えているのか言葉も出なくなってしまった。


 男が車を止めたのは、人工物が見当たらないほどの山奥。少女はシートベルトを外しドアを開けようとする。


「残念、ここからじゃないとドアは開かないんだ」


 少女は絶望したように顔を歪ませ、か細く喉を鳴らし始めた。


(これだよこれ。はぁたまらん、こればかりは何度味わっても飽きそうにないな)


 男は助手席のシートに隠していた縄を取り出し、後部座席へと向かう。少女は抵抗しようとするも、細い手足では成人男性の筋力に抗うことは出来ない。たちまち両の手足を縛りあげられ、そのまま車外へと蹴り飛ばされた。


「っ~~!」

「はは、痛そー。でもね、これからもーっと、君が人生で体験したことないほど辛くて痛い事が待ってるよ~」


 瞳に狂気を滲ませた男は、車のトランクから袋を取り出す。そして、中身を勢いよく地面にぶちまけた。その中の一つ、先端に刃が付いた小さな棒を手に取り、少女の目の前に掲げる。


「みえるかい?これね、なんだと思う?」

「えっと・・・、彫刻刀、ですか?」

「正解!これは俺の息子に買ってやったやつなんだがね」


 言葉の流れそのままに、少女の漆黒の瞳にそれを突き刺した。響き渡る少女の絶叫は、誰にも届くことは無い。ぷちっと繊維がちぎれる音が澄んだ空気に乗って男の耳を癒す。


「これの使い方を説明してやったんだよ、無理に力を入れずに正しい方向で刃を入れろって。そしたらあいつ・・・えっと、名前何だったかな。太郎だった気がする。太郎が実際やってみてっていったんだよ。その時は忙しいっつって無視したけど、俺はいい父親だからな。そのあとちゃんと教えてあげたんだよ」


 男が腕を引くと、目玉もすぽんと抜けてしまった。失った右の眼窩に手を当て、赤い涙をどろどろと流す少女。男が顔を近づけて商品を見定めるようにじろじろと眺めると、いきなりぱぁと笑顔を咲かせた。


「どうだぁ~目玉がなくなった気分は。まさに目が飛び出るほどの、っつってな!あひゃひゃひゃひゃ」


 ひとしきり哄笑を上げた男は、波が引くようにそれを引っ込めた。次に取り出したるは、護身用とのラベルがされたスタンガンだ。


「水は電気をよく通すんだってなぁ~。なら、その目ん玉があったとこにあてたらどうなるんだろうな。太郎も気になるだろ?俺もだよ」


 グリグリと先端を眼下に押し付け、少女の反応を楽しむ男。


「この期に及んで助かるなんて希望を持つなよ~。俺はな、出勤と殺人率は100%の男なんだよ。精々最後の瞬間まで苦しんでくれ」


 ゲーム機のボタンを押すよりも軽くスイッチを押した。






「あ~~~、動かなくなっちゃったよ」


 男は血だまりの上で、恍惚の表情を浮かべていた。右手は肘上まで朱に染まり、左手にはついさっきまで命をつなぎとめていたポンプが無造作に掴まれている。眼下のモノはそれがなんだったのか親でも分からない程に損壊を極めており、いかに男が楽しんだのかが伝わってくる。他のよりも頑丈で長く楽しめたのも、男の快楽の一助になっていた。


「掃除して帰るかぁ。ああ、楽しい時間はどうして終わっちまうのかね。これでまた人を殺さなくちゃいけなくなっちゃったよ」


 朝日に照らされた男の瞳は、活力と歓喜に満ちていた。これからの人生は、もっともっとよりよいものになる。殺人という()()()()()()()趣味は日々を生きる活力となり、生きる道を示してくれる。ああ、なんて俺は幸せなのだろう。こんなにも俺の役に立ってくれる人間が大勢いる。次はどんな子にしよう。いっそのこともっともっと若いのを狙うのもいい。いずれにせよ、まだまだ俺は血まみれの道を突きすす




「やっぱりだめだったか。まあ、こんなもんだよね」


 嘘だ。虚構だ。ありえない。


「んー、もう朝かあ。ねえ、ここってどこ?帰り道くらいは案内してほしいな」


 俺の耳を撫でるこの声はなんだ!?なぜ、俺以外の声がする!?


「ねえ、聞いてる?」



 男の背後には少女が立っていた。漆黒の虚ろな瞳に男の姿を映しながら、切り刻んだはずのセーラー服を朱に染めている。そう、そうしたはずなのだ。確かにその腹を切り裂いて臓器を抉り出したはずだし、舌は引っこ抜いてリュックに仕舞ったはず・・・。

 男はリュックをひっくり返す。するとそこには少女の舌がきちんと袋詰めされていた。


「は、ははは。ははははは。そうか、これは夢か。こんな素晴らしい夢を見させてくれるなんて、神様はなんてやさしいんだ」

「そう。私は期待外れでがっかりしてるところ。連続殺人鬼も大したことないんだね」

「君ぃ、ここは危険だからもうお家に帰りなさい。わるいひとが襲っちゃうかもしれないから」

「だから、その帰り道を聞いてるんだけど」


 自らの殺人の証拠が握られてることなどどうでもよかった。この夢から、一刻でも早く覚めたい。頬をつねっても、彫刻刀で腿を刺しても目覚める様子はない。それどころか意識はますますはっきりする一方で、それがより彼の精神を蝕んだ。

 車に飛び乗りキーを捻る。アクセルをべた踏みし、針は振り切れる。今はただ、あの漆黒の瞳の少女から離れたい。離れて、家に帰ってそれからまた人を殺して、人が死ぬことを証明しよう。


 だって、人が生き返るなど、この世界に許されることではないじゃないか。





『――えー、では次のニュースです。K県S市の山中に繋がる道路にて激しく横転している車が見つかり、車内からY市の会社員、M崎Q夫氏が死体で発見されました。警察によると車内からは過去の殺人事件の被害者のDNAも検出されており、この男性が何らかの事情を知っているとして慎重に捜査を進めていく方針です。この件に関してコメンテーターのV彦さんはどう考えますか?』

『この男性はいわゆる”強者男性”なんすよね。おいら、そんな余裕ぶった人間は死ぬほど嫌いなんすよ。それは、だいたいこの手の人間ってのは二面性があるからなんです。模範的市民としての顔と、反社会的な人間としての顔。この両面を使い分けてこその社会的成功があるんすよ。であるからして、やはり強者男性はみな殺しに――』


 ブラウン管はいつもの調子のニュースが映し出されており、少女はつまらなさそうにそれを眺める。


「また死ねなかったな」


 床を流れる黒髪には葉っぱや枝が絡まっていた。

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