新たなヒエラルキーと、権力に酔いしれる勇者たち
――ドゴォォォォォンッ!!
巨大な火球が爆発し、鋼鉄で補強された藁の案山子を直撃した。
標的は数秒で完全に灰へと変わる。
強烈な熱波が、王都ギルドのメイン訓練場全体を舐め回した。
「す、素晴らしい! 勇者様の無詠唱魔法は実に規格外だ!」
王国騎士の教官の一人が、畏敬の念を込めて感嘆の声を上げた。
高嶺 姫佳奈は、ゆっくりと杖を下ろした。
彼女は小さくため息をつき、自分の手のひらを見つめる。
ランクS『魔術師』。
その魔力容量と魔法の威力は、王国のエリート魔術師でさえも遥かに凌駕していた。
しかし、その美しい顔に誇らしげな笑顔はない。
彼女の瞳には、どこか虚無感が漂っていた。
訓練場の端では、高橋 ヒロ(タカハシ・ヒロ)が最高級の輝く銀の甲冑を身に纏い、真っ直ぐに立っていた。
ランクS『騎士』である彼の顔には、傲慢な笑みが刻まれている。
「思った通りだ。Sランクは住む次元が違うな」
ヒロは腰の聖剣をチラリと見て、尊大に言い放った。
「この『正義』の力があれば、魔王を滅ぼすのも時間の問題だ」
イノウエ・ヨシラ――ヨシは、ヒロから少し離れたところに立ち、眉をひそめて自分のシステム画面を見つめていた。
ランクA『学者』として、彼の脳は以前よりも遥かに高速で情報を処理できるようになっていた。
しかし、リュウナが追放されて以来、ヨシはすっかり無口になってしまった。
あの時、女神に逆らう勇気を持てなかった自分を、彼は卑怯者だと責め続けているのだ。
訓練場の別の隅から、金属が激しくぶつかり合う甲高い音が響き渡っていた。
石田 達也が、巨大な大剣を振り回す訓練をしている。
制服は汗でびっしょりだ。
ランクA+『剣士』の身体ステータスに支えられた彼の動きは、極めて速く、そして致命的だった。
タツヤが休憩のために剣を鞘に収めた時、三人の少年が彼に近づいてきた。
ヒロの取り巻きであり、地球の学校にいた頃は、いつもタツヤを生きたサンドバッグにしていた連中だ。
彼らはランクBの『闘士』と『槍使い(スピアマン)』を与えられていた。
「おい、タツヤ」
そのうちの一人が、地球にいた時と同じような人を見下した口調で呼んだ。
「そこの食堂で冷たい水でも持ってこいよ。訓練で喉が渇いたんだ」
タツヤの足が止まった。
彼はゆっくりと首を向ける。
前髪が片目を隠し、刺すような冷たい視線を隠している。
「お前……俺に命令したか?」
タツヤの声は、地を這うように低く、重かった。
「はぁ? お前、耳まで遠くなったのか? さっさと持ってこい! 異世界に来たからって、自分が何様になったつもりで――」
――ドゴォッ!!
少年が言葉を言い終わる前に、電光石火の前蹴りが彼のみぞおちにクリーンヒットした。
少年は唾を吐き出し、目を剥いて、五メートルほど後方へ吹き飛ばされる。
そのまま武器ラックに激突して崩れ落ちた。
残りの二人のいじめっ子は、ショックで目を丸くした。
彼らには、タツヤの動きが全く見えなかったのだ。
タツヤはゆっくりと歩み寄る。
そして、二人目の少年の胸ぐらを掴むと、まるで綿の枕のように、片手で軽々とその体を宙に持ち上げた。
「放せ! ぐっ……タツヤ、お前狂ったのか!?」
「狂ってるのはお前らだ」
タツヤはヘドが出るような、嗜虐的に歪んだ笑みを浮かべて凄んだ。
「学校でのゴミみたいなカースト(階層)が、ここでも通用すると思ってんのか? 目を覚ませよ、底辺の雑魚ども。俺はランクA+の『剣士』だ。お前らはただのランクBのハズレ枠だろうが」
――バキィッ!
タツヤは少年を地面に激しく叩きつけた。
骨が砕ける鈍い音が響き、痛みに叫ぶ悲鳴が続く。
三人目のいじめっ子は恐怖に後ずさりした。
かつての獲物の中に目覚めた『怪物』を見て、足がガクガクと震えている。
「今この瞬間から、俺が命令を下す側だ。俺を見下す奴は、誰であろうと殺す」
タツヤは、地面に這いつくばる少年の胸を踏みつけながら脅しをかけた。
「そこまでだ、タツヤ」
厳格な声が、その残忍な行為を制止した。
タカハシ・ヒロが彼らの元へ歩み寄ってくる。
黄金の甲冑が太陽の光を反射し、ヒロをまるで聖なる勇者の具現化のように見せていた。
「『正義』は勇者同士の争いを許さない」
ヒロは感情のない顔で叱責した。
「身の程を知らないこいつらが愚かなのは確かだが、王国の拠点で騒ぎを起こす必要はない。その力は外のモンスターのために温存しておけ」
タツヤは舌打ちをした。
踏みつけていた足をどける。
ヒロのことは反吐が出るほど嫌いだが、ヒロはステータスにおいて自分をわずかに上回るランクSであることを理解していたからだ。
「お前の犬どもを躾けておけよ、ヒロ。次また俺にキャンキャン吠えたら、その舌を切り落としてやる」
タツヤは冷たく言い捨て、訓練場から歩き去っていった。
ヒメカナはその光景を遠くから見つめ、杖を強く握りしめていた。
この世界は、彼女のクラスメイトたちを権力に飢えた怪物に変えてしまった。
大人しかったタツヤは今や暴君となり、無関心だったヒロは自分だけの絶対的な正義に酔いしれている。
少女は青い空を見上げた。
いつも教室の一番後ろの席に座っていた、一人の青年の気だるげな笑顔を思い出す。
一見何も気に留めていないように見えて――地球にいた頃、タツヤを心からかばってやっていた唯一の人物。
(石原くん……あなたは今、どこにいるの?)
ヒメカナは胸を痛めながら心の中で祈った。
(お願いだから……生きていて)




