第94話:継承される旅路
見上げるような白亜の城壁。
雲を突き抜けるほどに高い尖塔。
王都、グラン・レガリア。
今まで見てきた街や小さな村とは比較にならない、圧倒的な歴史の重圧が三人を迎える。
城門での手続きは、ガラハドがかつての騎士団の身分証を提示したことで驚くほどスムーズに進んだ。厚い包帯を巻いたアドルの右手も、特段怪しまれることはなかった。
ガラガラガラガラ。
重厚な鉄の門を潜り、三人はついに王都の土を踏んだ。
そこは喧騒と活気に満ちた別世界だった。
石畳を叩く馬車の音、商人たちの威勢のいい声。
だが、そんな賑わいの中でも、ガラハドの足取りに迷いはなかった。
彼に導かれ、三人は歴史の重みが沈殿したような一画に辿り着いた。
目の前に聳え立つのは、巨大な石造りのドーム。王立地下図書館だ。
入り口の重厚な鉄扉を前にして、ガラハドが足を止めた。
「アドル。私の役目は、ここまでだ」
不意に投げかけられた言葉に、アドルは息を呑んだ。
「え……ガラハドさん、離脱するんですか?」
「ああ。もともと王都までの引率が予定だったからな。私にもここで果たすべき職務がある。道半ばで放り出す形になるのは申し訳ないが……心配するな。王都に滞在している間、合間を見て稽古はつけてやる。もっとも、おまえがここを離れたらもう教えられんがな」
ガラハドはアドルの肩に、無骨で大きな手を置いた。
「アドル。お前なら、もう独学でもBランク剣士レベルには到達できるはずだ。重心を捉える感覚、あの心持ちを忘れるな。……あとは、彼女に託すことにしよう」
ガラハドが視線を向けた先、図書館の奥から一人の女性が歩み寄ってきた。
長い濃紺の法衣を纏い、眼鏡の奥で聡明そうな瞳を光らせる女性だ。
「セレネ。手紙で伝えていた者たちだ。こちらがアドル、そして彼女がミーシャだ」
ガラハドの紹介を受け、司書のセレネは静かに一礼した。
「ガラハド様のお客人として、おもてなしさせていただきますね。アドルさん、ミーシャさん。ようこそ。ここは王都で唯一にして最大の図書館、王立地下図書館です。ありとあらゆる文献が揃っていると言われています。お二人の探し物も、ここなら見つかるのではないでしょうか。何かありましたら私を尋ねていただければお答えします」
「……探し物、見つかるといいな」
アドルは包帯を巻いた右手を無意識に握りしめた。
「ところで、王都へはどの程度滞在される予定ですか?」
セレネの問いに、アドルはガラハドと顔を見合わせた。
「情報が集まり次第発つが……。大体三日から七日というところだ」
「ではその間の宿は私が手配いたします。大きい声では言えませんが王都も内情色々ありますので、目立たれる行動は避けていただきますようお願いします。宿は私の個人的な紹介ですので、情報は絶対漏れません。ご安心を」
セレネはアドルの全身を気遣うように見つめると、ふっと表情を和らげた。
「本日はお疲れでしょうから、もう宿へ案内いたしますね。明日以降、また調べ物をするのであれば訪ねてきてください」
「……お願いします」
◇
セレネに案内されたのは、大通りから数本入った路地裏にある、飾り気のない宿だった。
ギィィ……と、手入れの行き届いていない扉が重い音を立てて開く。
中は清潔ではあるが、不思議なほどに他の客の気配がない。
「いらっしゃい……」
カウンターの奥から、枯れ枝のような老婆が顔を出した。
「ん? あぁ、セレネの紹介さね。ゆっくりしていきな」
宿の名前すら掲げられていないその場所は、料理も寝床も至って普通だった。
老婆が運んできた素朴なスープを啜り、アドルは使い古されたベッドに身を沈める。張り詰めていた筋肉が解放され、じわじわと熱を持って脈打つ。
だが、眠気が意識を掠め始めたその時だった。
「……アドルさん、起きてる?」
壁を隔てた隣の部屋から、ミーシャの震えるような囁き声が聞こえた。
「どうした、ミーシャ」
「静かすぎるのよ。……さっきから、建物の下のほうから、何かを引きずるような音が聞こえてこない?」
アドルは耳を澄ませた。
ミシミシ、ミシミシ。
木材が軋む音に混じって、地底の奥深くから、ズルリ、ズルリと重い何かが這い回るような音が微かに届く。
その瞬間、包帯で固く巻かれたアドルの右手の甲が、ドクンと、かつてないほど激しく波打った。
アドルは抜き放ったばかりの木剣を握りしめ、音のする床下を見つめた。
ただの宿のはずが、そこには夜の闇よりも深い、異質な気配が渦巻いていた。




