第89話:ジェットコースター
出発の朝。
アドルとミーシャが街の正門付近にある街道の先端へ向かうと、そこにはすでに一振りの剣を携えたガラハドが待っていた。
アドルは足を止め、これから辿る道について一応の確認をしておくことにした。
「ガラハド様、おはようございます。一応お聞きしたいのですが、王都までの道って舗装されてるんですかね?」
「あぁ、馬車が走れるように石畳や踏み固められた土で舗装されている。ゆえに移動は容易だが、その分野党に狙われやすいというデメリットもあるな」
「なるほど……じゃあ、馬車が道を走っている確率も、まぁまぁ高そうですね」
「あぁ、それがどうした?」
ガラハドがいぶかしげに眉を寄せると、アドルは不敵に笑って、横に立つミーシャに目配せをした。
「実は、ちょっと移動時間を短縮したいと考えていまして。新しい乗り物を作ったんです。……ミーシャ、出してくれ」
「はい!」
ミーシャが空間から取り出したのは、鈍い銀色の光を放つ、巨大な鉄の塊だった。車輪もなければ馬を繋ぐ具も一切ない、流線型とは程遠い武骨な「箱」が、石畳の上にどーんと鎮座した。
「……なんなんだ、これは。これは乗り物なのか? 確かに乗れと言われれば乗れるだろうが……私には鉄の箱にしか見えんぞ」
「それは良かったです、異端なものとして見られなくて」
「いや、十分異端だ。これがどうやって走るというのだ」
ガラハドが絶句していると、アドルはふと思い出したように手を打った。
「ガラハド様、ミーシャ、ちょっとだけ待っててもらっていいかな。屋敷に忘れ物をした」
「えっ、今からですか?」
「すぐ戻る!」
アドルは脱兎のごとく屋敷へと走り戻った。
勢いよく扉を開けると、そこには家事をしていたカミラがいた。
「カミラ! 双眼鏡って、この世界にあるか?」
「あら、ご主人様。ええ、ありますわよ。こちらです」
カミラが棚から取り出したのは、真鍮製の頑丈な双眼鏡だった。
アドルはそれを受け取ると、カミラの手に軽く触れた。
「助かった! ちょっと借りていくよ」
「もちろんです。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
(ふふっ、ご主人様ったら)
「あぁ、いってくる」
再び猛烈な勢いで広場へ戻ると、ミーシャとガラハドは少し呆れたような顔で待っていた。
「何を忘れてたんです?」
「んー、忘れてたわけではないんだ。ガラハド様の話を聞いて、あった方がいいなと思ってな。これだよ、双眼鏡。ミーシャに渡しておく」
「双眼鏡……?」
「俺は一応操縦で手一杯だろうから、やばかったらすぐにいってくれ。回避に専念するから」
「なるほど、確かに。後ろから激突して死亡者が出かねませんものね」
「おい、ちょっと聞こえてるんだが。死亡者がなんだって?」
ガラハドが冷や汗を流していると、ミーシャがすかさず彼に歩み寄った。
「大丈夫です、ガラハド様。任せてください。ガラハド様は鉄の大舟に乗った気分でどっしりしててくださいね。……それと、お願いがあるのですが」
「なんだ?」
「ガラハド様は剣士、その身のこなしも達人の域に達しているとお見受けいたします。剣以外のお荷物、私に預けていただけませんか? 必要な時いっていただければお渡ししますので」
「全然かまわんが、いいのか? 重たいぞ?」
「大丈夫です。その代わり……いつ野党どもが現れるかわかりませんので、受身を取れるようにだけお願いしますね?」
「? 受身? まぁ、その辺は心得ている」
ガラハドが首を傾げていると、アドルが操縦席に飛び乗った。
「ミーシャ、準備はいいか。ガラハド様も中へ!」
◇
三人が鉄の箱の中に乗り込む。内部にはアドルが過剰なほどに付けた手すりが、あちこちに張り巡らされていた。
「しっかり両手で握っておいてくれ。……じゃあ、早速出発しますか」
「おいまて、馬車の代わりの乗り物なんだよな? なんか準備が過剰じゃないか? 大丈夫なのか?」
「本番は初めてですが、いきます。複製錬金……アンカー!!」
キィィィィン!! という耳を裂くような高周波の音が響いた瞬間、鉄の塊が爆発的な勢いで前方へ弾け飛んだ。
「ぐ、おぉぉぉぉぉぉ!?」
ガラハドの喉から、悲鳴ともつかない声が漏れた。背中が鉄の壁に叩きつけられ、肺の空気がすべて絞り出されるような加速。
景色が線となって背後へ流れていく。
街道の石畳の上を、鉄のソリは火花を散らしながら、物理法則を無視した速度で滑走を始めた。
「ははは! 速い! これはいけるぞ!」
「アドルさん、速すぎます!! 手すりが軋んでるわ!」
時速百キロはでていると思われる鉄の塊でミーシャが叫ぶ中、進み始めて五十キロほど駆け抜けた頃、双眼鏡を覗いていたミーシャが叫んだ。
「アドルさん! 前方に馬車が!」
「了解、少し進路を左にとる。総員、手すりにしっかりつかまって!」
アドルがアンカーを左斜め前方に打ち込む。
鉄の塊は凄まじい遠心力を伴って、急激に旋回を始めた。
「うわあああぁぁぁ!」
「ウインドカッター!!」
ミーシャが咄嗟に、遠心力を打ち消す方向へ風の魔法を放った。
空気のクッションが働き、ソリの転倒を辛うじて防ぐ。
「ミーシャ、ナイスだ!」
「えへへ、ほめられました!」
◇
その後、大きな障害物もなく、鉄のソリはひたすら街道を突き進んだ。
街道脇の木々は一瞬で背後へと飛び去り、景色は絶え間なく流れる彩色の帯と化していく。
馬車なら丸一日かかるような距離を、アドルたちはわずか数十分で踏破していく。
時折すれ違う旅人や商隊が、砂塵を巻き上げて爆走する謎の鉄塊に目を剥いていたが、彼らが正体を認識する頃には、アドルたちはすでに数キロ先へと消えていた。
ガラハドはもはや絶叫する気力すら失い、魂が口から抜けかけたような顔面蒼白の状態で、ただひたすらに手すりを握りしめていた。
そんな絶望的な表情の剣聖を横目に、鉄の塊は順調に距離を稼いでいく。
しかし、その快走も長くは続かなかった。
「アドルさん、まずいです! 関所です! これは止まるしかないです!」
「了解。複製錬金……帆!!」
ソリの中央から、突如として巨大な帆が出現した。
バォォォォォン!!
凄まじい風の抵抗が、音を立ててソリを襲う。
急すぎるブレーキ。
重力に逆らうような減速の衝撃に、三人の体は手すりを離れ、前方へと投げ出された。
「どわぁぁぁ!」
◇
派手な音を立てて、三人は関所の直前で地面に転がった。
「いててて。みんな大丈夫か」
アドルがふらつきながら立ち上がる。
ガラハドは流石だ、ほぼ無傷だが顔は顔面蒼白だ。一方、アドルとミーシャは関所の壁に激突し、それなりのダメージを受けている。
「アドル……さん、これを。回復薬B!」
「んんん……あー、助かった。ガラハド様~大丈夫ですかー」
「おい、お前たち……いくらなんでも無茶苦茶じゃ……あってるのかこれ?」
「大体は計算通りでした」
アドルは爽やかな笑顔で答え、そのまま三人は関所を通過するのであった。




