第85話:家族の絆
昨夜の騒動が嘘のように、屋敷には穏やかな朝日が差し込んでいた。窓の外では鳥がさえずり、キッチンの窓からは冷たくも澄んだ朝の空気が入り込んでいる。
アドルが広間に顔を出すと、そこにはそわそわとした様子で立っているルルの姿があった。彼女は自分の小さな手を見つめたり、アドルの顔を伺ったりと、明らかに何かを言いたげに落ち着かない様子だった。
「……アドルさん……?」
ルルが意を決したように声をかける。
その瞳には、いつもの天真爛漫さの裏側に、深い後悔の色が混じっていた。自分が無責任に「やりたいならやればいい」と言ってしまったせいで、アドルが取り返しのつかない傷を負ってしまったのではないか。
彼女なりに、その責任を重く受け止めていたのだ。
「あの……一緒にフライドポテト、作って食べませんか?」
カミラとミーシャから、昨夜アドルが自分を取り戻しつつあると聞いたルルなりの、精一杯の元気づけだった。
アドルはそんなルルの胸中を察し、優しく微笑んでその頭に手を置いた。
「あぁ、いいぞ。一緒につくるか」
「やったなの!」
ルルの顔にパッと花が咲いたような明るさが戻った。
◇
二人はキッチンに並び、手際よくジャガイモをカットしていく。パチパチと軽快な音を立てて揚がるポテトの香りが、屋敷中に広がっていく。アドルは昨夜の出来事以来、不思議と心が軽くなっているのを感じていた。
「あ、アドルさん、それどんな味なの?」
ルルが、アドルが小皿で調合していた新しいフレーバーに興味を示した。アドルが指先に少し粉をつけて味を確かめようとしたその瞬間、ルルがその指をぐいっと引き寄せ、ぺろりと舐めた。
「ちょ、ルル、おまえ……!」
「へへ、美味しいなの! これ、ちょっとピリ辛で最高なの!」
ルルは悪びれもせず笑っているが、不意を突かれたアドルは耳まで真っ赤にして顔を逸らした。それを見ていたミーシャとカミラも、クスクスと楽しそうに笑い声を上げる。
◇
できあがった山盛りのフライドポテトを囲み、四人は食卓に集まった。揚げたての黄金色のポテトを口に運びながら、アドルはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「……みんな、心配かけてすまなかった。今も正直、これからどうしていいのかわからないままなんだが……」
アドルは一度言葉を切り、一人一人の顔を見つめた。
「みんなの気遣いに、めちゃくちゃ癒やされているんだ。そしてやっぱり俺は、初心にかえって『生きたい』と思った。そして、ここを、この家族を守りたい。これだけは、何があっても揺るがない確信だ。……こんな俺でも、まだここにいていいかな」
ミーシャがポテトを頬張ったまま、茶目っ気たっぷりに笑った。
「何を今更言ってるんですか。どんなアドルさんでも、ここにいてくれないと困りますよ!」
「そうですよ、ご主人様。私はずっと、あなたにお仕えすると決めているんですから」
カミラも深く頷き、ルルは大きく両手を広げた。
「そうなの! ルルはやれること、なんでもするなの! アドルさんはルルたちのご主人様なの!」
三人の温かい言葉に、アドルの胸の奥に灯った火が、より確かな熱を持ち始めた。
「ありがとう。……ただ、そうは言いながらも、俺はこの街から逃げるつもりはない。領主や魔族、黒犬たちとも、やはり対峙し続けなきゃいけないと思っている。今のままでは、圧倒的に力が足りない。……だけど、具体的にどうすればいいかは、まだ何もわかっていないんだ」
すると、カミラが何かを思い出したように顔を上げた。
「えっと……ヒントになるかはわからないですが、ご主人様が立ち直って前を向いたら、ガラハド様が伝えたいことがあると仰っていましたわ。連絡してみますか?」
「ガラハド様か……。そうだな、助けてもらった上にお礼もちゃんと言えていない。お願いできるか?」
「わかりました、連絡しておきますね」
ミーシャがアドルの手に自分の手を重ね、優しく微笑んだ。
「アドルさん、急ぐ必要も、無理をすることもないんだからね。こうしてみんなで生きていることが、一番の幸せなんだから」
アドルはその手の温もりを感じながら、昨夜握りしめた木剣の感触を思い出していた。力はまだない。道も見えていない。けれど、守るべき背中がある限り、二度と折れることはないと自分に誓った。




