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異世界複製錬金術師~所有した物を無限コピーするチート錬金で武器も罠も量産無双~  作者: あくす
第二幕 旅立ち編~護るべきもの~

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第80話:紫煙の怪物

闘技場の熱狂は、その男が舞台に上がった瞬間に霧散した。

第二ブロック準決勝。

黒犬の刺客と対峙した対戦相手は、王都でも名の知れた手練れの戦士だったはずだ。しかし、その戦士は一歩も動くことができず、ただガタガタと歯を鳴らして立ち尽くしていた。


観客席の片隅で、アドルは己の指先が冷たくなっているのに気づいた。舞台上の黒犬から放たれているのは、もはや魔力という言葉で片付けられるものではなかった。禍々しい、粘り気のある紫のオーラが、蜃気楼のように揺らめいて視認できるほどに濃密なのだ。


黒犬が指を一突きした。ただそれだけの動作で、大気を切り裂く衝撃波が走り、対戦相手は防具ごと胸を貫かれて吹き飛んだ。審判が慌てて制止に入るが、黒犬はその瞳に何の感情も宿さず、ただ死神のような静寂を纏って舞台を降りた。

アドルは、その光景を脳裏に焼き付けたまま、重い足取りで屋敷へと戻った。



その夜、リビングの空気はお通夜のように沈み返っていた。グランツという強敵を倒し、第一ブロックを突破したはずの祝勝ムードは微塵もない。テーブルの上に並んだカミラの料理も、誰一人として手をつけられずにいた。


「……あいつは、今まで見てきた黒犬とは似て非なるものだった」


アドルが絞り出すように呟いた。声がわずかに震えているのを隠せなかった。


「あの紫のオーラ……あれは人の域を超えている。正直に言って、勝ち目があるのかさえ分からない。磁力も、氷も、あんな化け物に通用するとは思えないんだ」


カミラが心配そうにアドルの顔を覗き込み、意を決したように口を開いた。


「アドルさん、棄権も視野に入れましょう。あの黒犬は、別に勝ちにこだわっているようには見えません。殺生禁止のルールなど、彼には無意味でしょう。ドランさんの時のように、手段を選ばず貴方を殺しに来る可能性があります」


「私も、カミラさんに同意します」


ミーシャも顔を伏せたまま、震える声で続けた。


「今の私たちが持っている策は、今日の試合ですべて出し尽くした感があります。あの圧倒的な戦闘力を前に、どんな小細工を弄しても、一瞬で握りつぶされてしまう未来しか見えません。アドルさんを失いたくないんです」


二人の言葉は、冷徹なまでの正論だった。復讐のために命を捨てるのは、本末転倒だ。だが、アドルの胸の奥では、燻り続ける火が消えていなかった。


「……確かに、万策尽きている感はある。だが、せっかくここまで来たんだ。どこまでできるか、やってみたいんだ。ここで逃げたら、一生あいつの影に怯えて暮らすことになる気がする」


カミラもミーシャも、不安を隠せない顔で黙り込んだ。重苦しい沈黙が部屋を支配する。そんな中、一人だけポテトを口に運び続けていたルルが、あっけらかんとした声を上げた。


「アドルさん、やりたいのならやってみればいいとおもうなの!負けてもルルが助けてあげるし、アドルさんはアドルさんらしく戦えばいいのよ!」


そのあまりにも脳天気な、しかし真っ直ぐな言葉に、アドルの肩の力がふっと抜けた。


「……そうだな。ルルの言う通りだ。悩んでいても始まらない。ちょっと工房で考えてくるよ」


アドルは椅子から立ち上がり、一人工房へと向かった。

背後から聞こえるカミラたちの溜息を背に受けながら、アドルは工房の扉を閉めた。暗い室内で魔導ランプを灯し、机の上に広げられた素材の数々を見つめる。

一度見せた技は、もう通用しないと思ったほうがいい。磁力も、氷も、次は対策を練られているか、あるいは力技でねじ伏せられるだろう。あの紫の魔力を防ぎ、かつこちらの攻撃を通すにはどうすればいい。

しかし、考えても、考えても、新しい画期的なアイデアは浮かんでこなかった。想像錬金のイメージが、あの紫のオーラの恐怖に塗りつぶされていく。


「……奇策がダメなら、原点回帰で行くか」


アドルは、複製錬金のために用意していた予備の魔石や、大量の金属素材を手繰り寄せた。

質を凌駕する量。予測を許さないほどの圧倒的な物量。錬金術師にしかできない、泥臭い戦い方。


「一つが通じないなら、百、千と叩き込む。それが俺のやり方だ」


アドルは再びペンを握り、狂ったように設計図を書き換え始めた。深夜の工房に、金属を削る音と、アドルの荒い呼吸だけが響き続ける。

翌朝、東の空が白み始めた頃、アドルは目の下に隈を作りながらも、研ぎ澄まされた瞳で完成した魔道具の山を見つめていた。

いよいよ準決勝。死神との邂逅まで、あと数時間だった。

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