第76話:凍り付く舞台
第一ブロック・二回戦。闘技場の空気は、一回戦の熱狂とは打って変わって、どこか冷ややかで残酷な期待に満ちていた。
対戦相手のニナは、血のついた曲刀を弄びながら、獲物を品定めするような下劣な笑みを浮かべている。
『二回戦、第一試合。アドル対ニナ、始めッ!!』
審判の声が響いた瞬間、ニナが弾かれたように地を蹴った。
だが、アドルはその突進を正面から受け止めることはしなかった。
彼は全速力で、自らの背後にあった闘技場の端、観客席のすぐ側へと移動した。
「……逃げるの? 無駄よ、ネズミくん!」
ニナが嘲笑しながら追撃しようとしたその時、アドルは端の地面に両手をついた。
「アイシクル・カーペット……!!」
次の瞬間、闘技場の石畳の上に、分厚く巨大な氷の板が次々と出現した。
それは魔法のような発光を伴わず、まるで最初からそこにあったかのように唐突に「置かれて」いく。
アドルはミーシャの異空間に詰め込んだ大量の氷を、十メートルの射程圏内に入った瞬間に引き出し、敷き詰めていったのだ。
「なっ、何これ……!?」
ニナが足を止める。彼女の目の前で、闘技場は瞬く間に白銀のスケートリンクへと変貌していく。
観客席からは「氷結魔法か!?」という驚きの声が上がったが、実態はただの物理的な氷の板の大量錬成だ。
アドルは淡々と作業を続け、数秒のうちに闘技場全域を完全に凍りつかせた。
無力化される神速
ニナは苛立ちを露わにし、氷の上を強引に踏み越えてアドルを斬ろうと踏み込んだ。
しかし、彼女が本来持っていた超常的な機動力は、摩擦を失った足元によって無残に奪われた。
「あだっ……!?」
踏み込んだ瞬間に足が滑り、ニナは無様に転倒した。
曲刀が石畳を叩き、彼女の華奢な体が氷の上を滑っていく。
数万の観客が見守る中での、あまりにも滑稽な姿。
「あはは! なんだよ、あいつ転んでるぞ!」
「あんなに偉そうにしてたのに、格好悪いな!」
観客席から遠慮のない笑いが漏れる。
ニナの顔が屈辱で真っ赤に染まった。彼女は何度も立ち上がろうとするが、氷の厚さと滑らかさは異常だ。踏ん張りが効かず、動こうとするたびに足が踊り、再び転倒を繰り返す。
「……さて。お前の機動力は、もうゼロだ」
アドルは滑り止めのスパイクを足裏に錬成し、安定した動作で剣を構えた。
ここからは、一方的な掃討戦だった。
炸裂する連鎖爆破
アドルは右手の長剣を、もがくニナに向かって力強く投げつけた。
「またそれ!? 通用しないって……!」
ニナは地面に這いつくばったまま、風の壁を張ろうとした。
だが、氷の上で集中を乱された彼女の反応は遅い。
剣は彼女の眼前で十本に拡散し、逃げ場を塞ぐように包囲した。
「多重複製刃、起動」
直後、轟音と共に爆炎がニナを飲み込んだ。
氷が弾け、水蒸気が立ち込める。
「がはっ……! あ、あんた……!!」
ボロボロになりながらも立ち上がろうとするニナ。
だが、アドルは一切の慈悲を見せず、ミーシャのインベントリから予備の剣を次々と引き出し、第二波、第三波を矢継ぎ早に叩き込んだ。
氷があるせいで、彼女は爆風を避けるためのステップ一つ踏めない。
ただその場で爆撃に晒され、華やかだった衣装は焼け焦げ、慢心に満ちたその顔は泥と涙で汚れきっていた。
「……第、四、波……」
アドルが冷徹に、次の剣を構えた。
その背後には、異空間から取り出された数十本の刃が、浮遊するように整列している。
「待っ……待ちなさいよ! 参った! 私の負けよ!!」
ニナは半狂乱になりながら、地を叩いて叫んだ。
もはやプライドなど微塵も残っていなかった。ただ、目の前の無機質な「爆撃機」のような男に対する、本能的な恐怖だけが彼女を支配していた。
『勝者、アドル!!』
審判の声が響く。
ニナは這うようにして舞台を降りた。
自分より格下だと思っていた錬金術師に、まともに剣を交えることすら許されず、観衆の前で道化として晒し者にされた。
その屈辱は、彼女の精神を粉々に砕くには十分だった。
彼女は治療班の助けも拒み、凄まじい苛立ちと憎悪を周囲に撒き散らしながら、会場を後にした。
アドルは剣を収め、観客席にいるミーシャと視線を合わせた。
彼女は小さくガッツポーズをして、誇らしげに笑っていた。
「……案外、あっさり終わったな」
アドルは呟いた。
だが、彼は知っている。次の相手はこんな小細工が通じるほど甘くはない。
そして、この勝利によって、領主ヴァルゴスの不快感は決定的なものになったはずだ。
復讐の舞台は、より深く、より危険な領域へと足を踏み入れていく。




