第73話:アドルVSミーシャ(2)
円形闘技場を埋め尽くした数万の観衆のどよめきが、領主の登壇とともに静まった。
貴賓席に座るヴァルゴスは、民衆の視線を浴びながら、威厳を保った声で短く告げた。
「領民諸君。我が街の精鋭たちが集うこの武道大会の開幕を、ここに宣言する。挑戦者たちよ、日頃の研鑽を存分に披露せよ。ただし、この神聖なる舞台での殺生は禁じられている。法の守りの中で、最高の戦いを見せるがいい。……始めよ!」
尊大な、しかし統治者としての体裁を整えた号令とともに、開戦を告げる銅鑼の音が響き渡った。
『第一ブロック、第一試合。アドル対ミーシャ、始めッ!!』
審判の鋭い声が響くと同時に、ミーシャが流れるような動作で杖を振るった。
「マナクイック……サイクロン、ファイア!」
詠唱短縮の恩恵を受けた魔法が、瞬時にアドルの足元で爆発する。
炎を孕んだ突風が、紅蓮の螺旋となってアドルを飲み込もうと迫る。
アドルは二刀を抜くと同時に、腰のポーチから無数の平らな金属片を空中に放り投げた。
「硬化壁!」
空中で瞬時に質量を得た鋼鉄板が、チェスの駒のように整列し、アドルの前方に強固な多層防壁を築く。
だが、ミーシャの攻撃は止まらない。
「甘いわ、アドルさん! 二重螺旋!」
杖の先から放たれた風と炎が、二条の帯となって互いに絡み合い、超高速で回転するドリルのような一撃へと変貌した。
赤熱した螺旋が、アドルの盾代わりの鋼鉄板を次々と粉砕していく。
(早速二重螺旋か……ミーシャ本気だな)
アドルは防壁が完全に抜かれる直前、左手の短剣を地面に突き立てた。
あらかじめ短剣の柄に仕込んでいたワイヤーが、舞台の石畳に固定される。
「瞬転滑走!」
ワイヤーの巻き取りを利用し、アドルは物理法則を無視したような鋭い角度で横へと滑った。
二重螺旋がアドルのいた場所を貫き、闘技場の石畳を爆ぜさせる。
「逃がさないわ! サイクロン……収束!」
ミーシャが杖を大きく旋回させると、これまで周囲に霧散していた風の魔力が一箇所に集まり、アドルを閉じ込める巨大な「風の檻」を作り出した。
暴風の壁がアドルの逃げ道を塞ぎ、中心へとじりじりと追い詰めていく。
「……っ、こいつは少し重いな。なら、こっちはこれでどうだ!」
アドルは右手の長剣を、あえてミーシャに向かって真っ直ぐに投げ放った。
無防備に飛来する剣を、ミーシャは最小限の風の障壁で弾こうとする。
だが、その剣がミーシャの眼前で、鏡合わせのように分裂した。
「なっ……!?」
「秘密兵器その一、多重複製刃だ!」
一本だった剣が、滞空したまま十本に増殖し、ミーシャを全方位から包囲する。
ミーシャは咄嗟に風の盾を全周囲に展開するが、アドルの狙いはその先にある。
アドルは左手の短剣を天に掲げ、連結のイメージを送り込んだ。
「二撃目、感応爆導線!」
分裂した十本の剣を繋ぐように、魔力の糸が走る。
アドルが指先で火打石の錬成物を弾くと、連鎖反応が起きた。
十本の剣が一斉に爆散し、ミーシャの防御陣を激しい衝撃と煙が包み込む。
爆炎を突き破り、ミーシャが宙へと跳ねた。
そのローブは焦げ、肩で息をしているが、瞳には強烈な魔力が宿っている。
「……本当に、予測できない戦い方をするのね。でも、これで最後よ!」
ミーシャの魔力が沸騰し、闘技場全体の空気が震え始めた。
彼女の周囲の空間が、ガラスが砕けるような音を立てて崩壊し始める。
「極大・空間破砕!!」
舞台の半分を削り取るような巨大な空間の亀裂が、アドルに向かって奔流となって押し寄せる。
領主や観衆がその威圧感に言葉を失う中、アドルは腰の後ろに隠していた、昨夜の準備で唯一成功した試作品の素材を手に取った。
「次元中和盾……!!」
アドルが円盤状の装置を起動させると、彼の前方に、光を一切反射しない漆黒の極小空間が発生した。
(完全に漫画で見たような次元技だが……なんとか形にはなったか)
ミーシャの放った「崩壊」が、その漆黒に吸い込まれるようにして、音もなく中和されていく。
空間干渉を無効化する使い捨ての絶対防御だ。
「嘘……私の魔法が、消された……?」
最大の奥義を無効化され、一瞬の硬直がミーシャに生じる。
アドルはその隙を見逃さなかった。
煙を切り裂き、最短距離で踏み込む。
二刀を鞘に収めたまま、ミーシャの懐に飛び込み、その胸元に拳を突き出した。
「……チェックメイトだ、ミーシャ」
アドルの拳の先からは、複製された一振りのナイフの刃が、彼女の喉元数ミリの場所で静止していた。
闘技場に、完全な沈黙が訪れる。
そして、一拍置いてから、審判の手が高々と上がった。
『勝者、アドル!!』
地鳴りのような歓声が降り注ぐ中、アドルはナイフを消去し、よろめくミーシャの肩を支えた。
「……凄かったぞ、ミーシャ。本気で負けるかと思った」
「アドルさんこそ。……あんな盾、どこで用意したのよ。私の負けだわ」
二人は互いの健闘を称え、固く握手を交わした。
一回戦突破。だが、観客席の片隅で、冷徹な瞳がアドルを射抜いているのを、彼はまだ知らなかった。




