第72話:仕組まれた盤上
武道大会を二日後に控えた朝、屋敷の食卓には心地よい緊張感と、それ以上の不安が漂っていた。
カミラが淹れた茶の香りが部屋に広がる中、彼女がギルドの制服を整えながら口を開いた。
「アドル様、ミーシャ様。対戦カードの発表ですが、明日の午前にギルドの掲示板へ貼り出されることになりましたわ」
「明日か。いよいよだな」
「ええ……。でも、なんだか嫌な予感がするの。妙に注目されすぎている気がして」
ミーシャの言葉に、アドルは頷いた。
今回の賞金は金貨百枚、そして何より副賞の属性核は、この街の規模を遥かに超えた代物だ。
翌日、アドルとミーシャは連れ立って冒険者ギルドへと向かった。
掲示板の前は既に人だかりができており、俺たちは人混みをかき分けてその紙を見上げた。
そこには、無慈悲な事実が刻まれていた。
「……一回戦、第一ブロック。アドル対ミーシャ」
アドルは思わず声を漏らした。
隣に立つミーシャも、絶句している。
さらに表を読み進めると、シード枠には領主軍総帥グランツや騎士団長バルガスといった、領主の息がかかった名前が不自然なほど並んでいた。
「……これは、、、なかなか酷い対戦カードだ」
アドルがぼそりと呟く。
領主の思惑をひしひしと感じる配置だった。
有力な冒険者同士を一回戦で潰し合わせ、体力と戦力を削り、最終的には領主関係者がシード枠から楽に勝ち上がれるように組まれている。
「もしかしたら、賞金や副賞が豪華なのも、最初から自分たちで回収するつもりだからなのかもしれないな」
「領主様、そこまでして……」
「だが、出ると決めた以上、このカードでやるしかない。……ミーシャ」
「……はい。アドルさんと真剣に戦うのなんて、初めてですね。せっかくですし、胸を借りて本気でやります! 遠慮はしませんから」
ミーシャはそう言って不敵に笑うと、少しだけ声を落として悪戯っぽく囁いた。
「……アドルさん。試合中、私の異空間から勝手にアイテムを引き出してもいいですよ? 私との距離なら、届くでしょう?」
ミーシャの固有能力である異空間保存。十メートル以内ならアドルが彼女のインベントリから直接中身を引き出せることを利用した、彼女なりの冗談混じりの提案だった。
「……おいおい、対戦相手のポケットから装備を奪うなんて、それはちょっとチートすぎる気がするし、やめておこう。さすがにミーシャ相手にそれは卑怯だ」
「ふふ、半分冗談ですよ。でも……本気で勝ちに来てくださいね」
「ああ。……ただ、他の相手、特にあのシードの領主関係者どもには、遠慮なく使わせてもらうつもりだがな。あいつらには、それ相応の礼をしないといけないしな」
屋敷に戻ると、カミラが心配そうな顔で二人を出迎えた。
「お二人とも、対戦カードは見ましたか? ……まさか身内同士で当たるなんて。アドル様、ミーシャ様、お互い無理をしすぎて怪我だけはしないでくださいね。危ないと思ったら、早めに降参してください」
「ああ、わかっているよ、カミラ」
そして、決戦前夜。
静まり返った工房で、アドルは一人、机に向かっていた。
(二刀流の習熟は間に合った。だが、それだけでは足りない。……準備が全てだ)
アドルは深淵の燐核を手に取ったが、すぐに机に置いた。
レシピも用途も不明な素材を、一か八かで今使うわけにはいかない。
それよりも、今の自分にできる確実な「準備」を積み上げるべきだ。
アドルは複製能力をフル回転させ、これまでの戦闘で有効だった拘束罠や爆破罠を次々と量産していく。
さらに、想像錬金のイメージを極限まで研ぎ澄ませた。
(ただの罠じゃない。相手の動きを先読みし、二刀流の連携の中に組み込める、全く新しい『仕掛け』が必要だ……)
アドルは金属片と魔力液を組み合わせ、思考を形に変えていく。
深夜、工房から小さな金属音が響き続ける。
それは、明日の舞台で領主の思惑を根底から覆すための、秘密兵器を練り上げる音だった。




