第71話:嵐の前触れ
武道大会の登録締め切り当日。
冒険者ギルドの熱気は、これまでにないほど膨れ上がっていた。
掲示板の前には人だかりができ、領主主催による大会の概要が公示されている。
「……よし、ルールと賞品を確認しておこう」
俺は隣に立つミーシャと共に、告知の内容を頭に叩き込んだ。
【領主主催・武道大会 概要】
エントリー枠: 24名(トーナメント形式)
優勝賞金: 金貨100枚
優勝副賞: 【紅蓮の属性核(エレメンタル・コア:フレア)】
基本ルール:
一対一の個人戦。降参、または戦闘不能で決着。
魔法・錬金術、その他あらゆる手段の使用を許可する。
ただし、相手の殺害は失格とし、重罪に処す。
「優勝賞金100枚……。それに副賞の……属性核? アドルさん、これって何かしら」
ミーシャが首を傾げる。俺もその単語には聞き覚えがなかった。
「属性核……? 素材の名前じゃないな。カミラ、これって何のことだ?」
受付にいたカミラが、真剣な面持ちでこちらを向いた。
「アドルさん、驚かないでくださいね。それは『属性付与』を可能にする、伝説級の宝具と言われていますわ。剣に炎を纏わせたり、盾に氷の守りを与えたり……物質そのものの性質を変質させる技術です」
「剣に……炎を纏わせる……!?」
俺は絶句した。
俺の複製錬金術は、あくまで「既存の物質」を忠実に再現するものだ。鋼は鋼、銀は銀。だが、剣そのものに「火炎の属性」を付加するなど、錬金術では実現不可能だからだ。
「そんなことが……可能なのか? もしそれが手に入れば、俺の武器は異次元の強さになるぞ……」
「ええ。ですが、それを狙っているのはアドルさんだけではありませんわ」
カミラの言葉を裏付けるように、背後から冷徹で、剃刀のような鋭さを持った声が響いた。
「……その通りだ。そんな過分な宝、無能な錬金術師に使いこなせるとは思えんがな」
振り返ると、そこには黒い軽装鎧を纏った一人の男が立っていた。
感情の起伏が全く感じられない、底冷えするような瞳。かつてドランを死に追いやった組織――「黒犬」の刺客だ。
「……何の用だ。お前一人か」
「お前の相手など一人で十分だ。……アドル。お前が10層から生きて戻ったのは、単なる運に過ぎない。その幸運も、舞台の上までだ」
男の声は流暢だった。だが、暗殺者特有の、言葉の裏に常に死が潜んでいるような不気味さがあった。
「……お前、どうして10層のことを。俺たちがクリアしたなんて、まだギルドに報告すらしていないはずだぞ」
「我らの目は、お前が思うよりもずっと深い場所まで届いている。……なんなら今分からせてやろうか?その二刀が無様に折れ曲がる瞬間をな」
男がゆっくりと腰の曲刀に指をかける。
それだけで、ギルド内の空気が一瞬で張り詰めた。
「――そこまでにしてもらおう。無益な殺生は、酒の味が落ちる」
重厚な、鋼のように響く声が場を制した。
そこにいたのは、短く切り揃えられた銀髪に、鋭い眼光を宿した初老の男だった。
五十前後と思われるが、その肉体には一切の弛みがなく、纏っている気配はこれまで出会ったどの騎士よりも重い。
「……引退した老犬が、何の用だ」
暗殺者の男が忌々しげに呟く。
「老いてなお、狂犬の躾け方くらいは覚えていてな。……消えろ。ここは貴様のような『道具』が、言葉を吐く場所ではない」
初老の男が静かに一歩踏み出す。
それだけで、暗殺者の男の頬に冷や汗が伝った。
「……チッ。……舞台の上で、全てを終わらせてやる」
暗殺者は吐き捨てるように言い残すと、霧が晴れるように音もなくギルドから去っていった。
「……助かりました、あなたは?」
俺が礼を言うと、その初老の男は俺の腰に差した二振りの剣をじっと見つめ、不敵に笑った。
「礼には及ばん。……ただ、王都で少しばかり騎士に剣を教えていた隠居の身だ。名は ガラハド という」
「王都騎士団の元指南役、ガラハド殿……!?」
カミラが、驚愕のあまり椅子から立ち上がる。
「指南役? ……そんな伝説級の人が、どうしてこの街の大会に」
「退屈だったのだよ。……少年、お主も出るのだろう? 錬金術師の指をしながら、その二刀……実に奇妙で、面白い。久々に『骨のあるもの』を拝めそうで、今から楽しみだ」
ガラハドはそれだけ言い残すと、颯爽とギルドを後にした。
◇
「アドルさん、ミーシャさん。……お二人分の登録、確かに受理いたしましたわ」
カミラから渡された鉄のプレートには、「12番」「13番」の刻印があった。
「属性付与、黒犬、そして王都の剣聖か。……24名の枠に、とんでもない連中が集まったな」
「アドルさん……。あの属性核、絶対に手に入れましょう。それが、アドルさんの新しい力になるはずだわ」
「ああ。……ミーシャ、残り一週間だ。あのガラハドという男にまで注目されたんだ。俺たちの『準備』を、完璧を越えたものに仕上げるぞ」
手元にあるプレートを強く握りしめる。




