第70話:可能性の光
翌朝、アドルは約束通り冒険者ギルドの門を潜った。
受付には、いつもの華やかな私服ではなく、ギルド指定の制服を隙なく着こなしたカミラの姿があった。
「次の方、どうぞ。……あら、アドル様。本日はどのような用件でしょうか?」
カミラは一切の私情を排した、冷徹なまでの「受付嬢」の顔をしていた。
「……ギルドの依頼を受けに来た。今の俺のランクで受けられる、手頃なものを頼む」
「承知いたしました。現在、アドル様のランクで推奨されるのはこちら……『試練の森における鋼鉄猪の群れの討伐』ですわ。受諾されますか?」
淡々と、事務的に説明を続けるカミラ。
「ああ、それを受けよう」
「では、こちらにサインを。……期日は三日間、くれぐれも無理をしてギルドの損失にならないようお気をつけくださいませ」
書類を受け取ったアドルの背中に、カミラは周囲に悟られないような小さな声で、そして茶目っ気たっぷりに片目を閉じて見せた。
「(……いってらっしゃい。ご主人様♡)」
アドルは一瞬だけ苦笑し、力強く頷いてギルドを後にした。
◇
クエストは順調だった。
アドルは「事前準備」の重要性を改めて肌で感じていた。
猪が通る道をあらかじめ予測し、複製した罠を隙なく配置。逃げ場を失った鋼鉄猪を、冷静に一頭ずつ仕留めていく。
力押しではない、錬金術師ならではの「戦術」の片鱗がそこにはあった。
それからの三週間、アドルは取り憑かれたように自分を追い込んだ。
工房に籠もってひたすら新兵器の錬成に没頭する日もあれば、庭で夜通し剣を振り続ける日もあった。
時にはミーシャやルルを連れてダンジョンの中層へ潜り、実戦感覚を研ぎ澄まし、時にはモルガンの店へ顔を出して、街の裏側で囁かれる武道大会の情報を仕入れた。
そして、三週間が経過した夜。
屋敷の広間では、久しぶりの「家族会議」が開かれていた。
「……よし、今日で特訓期間の第一段階は終了だ。みんなの進捗を確認したい」
アドルが切り出すと、まずはミーシャが誇らしげに手帳を開いた。
「はい! 私の現在のステータスです」
【ミーシャ:Lv.18】
既存魔法: プチファイア、ウインドカッター、ファイア
新習得魔法: サイクロン、マナクイック、【ディメンション・ブレイク】
「風の極致であるサイクロンや、詠唱速度を上げるマナクイックを覚えました。そして新魔法の【ディメンション・ブレイク】……これだけは時空系の攻撃魔法です。少しはアドルさんの役に立てるかしら」
「既存の三つから、一気に魔法の幅が広がったな。ミーシャ、素晴らしい成長だ」
「えへへ、ありがとうございます! 次はルルちゃん、どうぞ!」
促されたルルが、元気よく椅子から立ち上がった。
「あたしもすごいのよ! 新しい仲間も増えたし、魔法もたくさん覚えたなの!」
【ルル:Lv.25】
召喚コスト最大値: 7
召喚獣: パピィ(3)、アーサー(5)、すらたん(1)
新習得魔法: プロテクション、アタックブースト、ムーブスピード
「おぉ、サポート魔法を三つも。これは心強いな」
アドルが感心したのも束の間、ルルは少しだけ下を向いて、指先を弄った。
「……でもね、例のアクセサリーのおかげで閃いたんだけど、あたしってやっぱり魔法の適性がないみたい。これ、効果が全部『5秒間』しか持たないの……」
「……5秒?」
「そうなの。短すぎて、使いどころがとっても難しいなの……。ごめんなさい……」
しょんぼりと肩を落とすルル。だが、アドルは逆に目を見開いて、彼女の肩に手を置いた。
「……いや、ルル、それはすごいことだぞ!」
「えっ……?」
「いいか、戦いにおいての『5秒』は、勝敗を分けるには十分すぎる時間だ。アーサーが剣を振り抜くその瞬間、パピィが飛びかかるその一瞬にブーストがかかれば、格上の敵だって倒せる。短時間しか持たないからこそ、ここぞという場面で爆発的な効果を発揮する……それは可能性の塊だ!」
アドルの熱のこもった言葉に、ルルの大きな瞳がキラキラと輝きを取り戻す。
「……可能性の塊、なの?」
「ああ。俺がタイミングを指示する。ルルのその5秒があれば、俺たちはもっと強くなれる。自信を持っていい!」
「……うん! あたし、頑張るなの!」
最後に、アドルが自分のステータスを公表した。
【アドル:Lv.15】
既存スキル: スマッシュ、ダブルアタック
新習得スキル: パリィ、強ガード、二刀流
(……やはり、守備的な構成になったな)
10層での恐怖が、無意識にアドルのスキル選択を「生存」へと傾かせていた。
敵の攻撃を弾く【パリィ】、衝撃を最小限に抑える【強ガード】。
さらには攻撃手数を増やすための【二刀流】も習得したが、これには自身でも疑問が残る。
(二刀流か……。両手が塞がれば、咄嗟の錬成や罠の設置に支障が出る。錬金術師としての特性と噛み合っているかと言えば、正直、ちょっと謎だな。だが、今は少しでも手数が欲しかった……)
アドルはステータスを閉じ、全員を見渡した。
「……よし、これで土台は整った。残り一週間弱は、武道大会の具体的な情報収集や登録、そして最終的な調整に当てようと思う」
アドルの言葉に、ミーシャとカミラが深く頷く。
しかし、ルルだけは少しだけ不安そうな顔をして、アドルの服の裾を引いた。
「……アドルさん。あたし、武道大会は応援にまわるの。……あまり、戦いは好きじゃないなの」
ルルの純粋な瞳を見て、アドルは優しくその頭を撫でた。
「ああ、わかっている。ルルは俺たちの『守護神』だ。後ろでしっかり見守っていてくれ。……危険な役目は、俺たちの仕事だ」
「……うん! 精一杯応援するのよ!」
こうして、アドルたちの三週間にわたる特訓は幕を閉じた。
残り一週間。
復讐の舞台である「武道大会」へと向かって、彼らは最後の一歩を踏み出そうとしていた。




