表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界複製錬金術師~所有した物を無限コピーするチート錬金で武器も罠も量産無双~  作者: あくす
第二幕 旅立ち編~護るべきもの~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/110

第69話:河畔の仙人

一夜明けても、アドルの心に立ち込めた霧は晴れていなかった。

10層での無力感。右腕を封じられた瞬間の、あの凍りつくような恐怖。

守るべき仲間がいるというのに、自分はただ盾を構えることしかできなかったという事実が、重くのしかかっていた。


「……ミーシャ。モルガンの店へ回復薬とポテト、それとエナドリの補充を頼んでいいか」


「わかりました。……アドルさん、あまり無理はしないでくださいね?」


心配そうに覗き込んでくるミーシャの視線を避け、アドルは次に控えていた二人に言葉を向ける。


「カミラ、ルル。魔力草の採取を怠らないように頼む。……しばらくは物資が必要になるはずだ」


「アドルさん、どこへ行くんです?」


ルルが小首を傾げて尋ねる。


「……ちょっと、散歩に行ってくる」


それだけ言い残すと、アドルは逃げるように屋敷を後にした。



(……あまりこうして、目的もなくこの街をぶらつくことなんてなかったな)


通りを歩けば、相変わらずルールによって管理された、静かすぎるほどの光景が広がっている。

だが、その隅っこで子供たちが泥にまみれてはしゃいでいる姿を見つけ、アドルの心は少しだけ和らぐのを感じた。


街の中央を流れる穏やかな川。

そこにかかっている石造りの橋の真ん中に、一人の老人が糸を垂らしていた。

アドルは吸い寄せられるようにその隣へ立ち、ただ川のせせらぎに耳を傾けた。


「……釣れますか?」


しばらくの沈黙の後、アドルが問いかけた。

老人は前を見つめたまま、枯れ木のような声で答える。


「いんや。釣れなくていいんじゃよ」


「……何故ですか?」


「釣るために来とらんからのぉ」


「では、何をされているのですか?」


「なんとなく、糸を垂らして自然を感じとるのじゃ。必ずしも、竿を持っとるからといって、釣りをする必要もないじゃろ?」


ふと老人の手元を見ると、水面から上がった針の先には、餌さえ付いていなかった。


「……確かに。それはそうですね」


「お主、この街をどう思うかね?」


老人が不意に、濁りのない瞳でアドルを見た。


「わしはのぉ、小さい頃からずっとこの街で育った。今のこの街は、確かにちょっとおかしい所もあるのかもしれん。じゃが、その中でも小さな幸せを見つけて、みんな暮らしとる。……決して不幸というわけではないんじゃよ」


アドルは言葉を返せず、ただ老人の言葉を噛み締めた。


「おぬし、随分と何かに追い詰められとるような顔をしとるの。……お主がいてもいなくとも、世界はゆっくり回っていく。自由に、思うがまま生きりゃーええんじゃ」


「…………」


「力があるから誰かを助けないといけないというわけでもない。剣があるから振らないといけないというわけでもないのじゃよ。ほっほっほ」


その時、餌もついていないはずの竿が、ぐぐぐっと大きくしなった。


「おぉ、魚……かかってますよ、おじいさん!」


「おぉ、ほんとじゃのぉ。……よっこらしょ」


老人が軽々と竿を上げると、そこには銀色の鱗を輝かせる立派な魚が掛かっていた。


「……ありがとうございました。俺、行きますね」


アドルが深く一礼すると、老人は魚を針から外しながら、背中に声を投げた。


「ああ。肩の力抜いていけば、道は開けるでよ」


不思議な仙人と話したような感覚。

屋敷への帰り道、アドルの足取りは少しだけ軽くなっていた。



屋敷に帰ると、エプロン姿のカミラが玄関で迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、ご主人様。……あら、少しお顔が明るくなりました?」


「……そう見えるか? ミーシャとルルは?」


「二人でダンジョンに行ってくると出かけましたよ。レベルを上げるんですって、張り切っていましたわ」


「そうか……」


アドルはリビングの椅子を引き、カミラを見た。


「カミラ。……ちょっと、お茶でも飲まないか?」


「あら! ご主人様から誘っていただけるなんて光栄ですわね。とびっきり美味しいお茶を淹れますわ♡」



湯気の立ち昇るカップを前に、二人はたわいもない話を続けた。

沈黙さえも心地よく感じ始めた頃、アドルが切り出した。


「……なぁカミラ。ドランは、君に幸せになってほしいと言っていた。君にとって、幸せとはなんだ?」


カミラは少しだけ目を伏せ、穏やかな笑みを浮かべた。


「そうですね……。こうしてご主人様とお茶を飲んだり、ミーシャさんやルルちゃん、皆さんが元気で笑っている空間に一緒にいること。それが、今の私の幸せですかね」


「なるほどな。……なら、俺はその空間を守らないといけないな」


「守れていますよ。現に、みんな笑っているじゃないですか」


「……ああ。その笑顔を、守り続けたいんだ」


アドルが力強く頷くと、カミラがカップを置いて身を乗り出した。


「ご主人様。たまにはギルドの依頼を受けませんか? ランクも止まったままですし、ダンジョン以外の外の世界も割といいものですよ。ドロップもたまにありますし、気晴らしにもなりますわ」


「そうだな……。カミラが受付をしてるタイミングで、行かせてもらおうかな」


「あら。私がいわゆる『窓口』なのが、よろしいんですか?」


「ああ。君がいい」


「ふふっ……。明日の午前中は、私が勤務していますわ♡」


「じゃあ、伺うよ」



アドルは自室に戻り、一人で思考を巡らせた。

できないことを、無理にする必要はない。

あの老人が言った通り、肩の力を抜けばいいんだ。


(俺の長所はなんだ? ……そうだ、準備だ)


(突発的な出来事には対応できなくても、事前にあらゆる事態を想定して準備さえしておけば、俺は誰にも負けない。無理に肉体を強化しなくても、やれることを最大限に研ぎ澄ませばいいんだ)


そんなことを考えているとアドルは無意識に剣を取り、素振りを始めていた。

その剣筋は昨日までとは違い、迷いが削ぎ落とされた、鋭く確かな風を切る音を奏でていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ