第66話:封じられた右腕
デュラハンの大剣が振り下ろされる直前、俺たちは息の合った連携を見せた。
「ミーシャ、右だ! ルル、パピィを突撃させろ!」
「ええ! 【ファイア】!!」
ミーシャの炎がデュラハンの視界を焼き、その隙を突いてパピィが鎧の足元を攪乱する。
俺は一気に踏み込み、白銀の長剣で鎧の隙間――首のあった場所へ突きを放った。
ガキィィィィィィン!!
手応えがあった。
デュラハンの巨体が大きくのけぞり、漆黒の鎧に深い亀裂が走る。
「いける……もう一撃だ!」
俺がトドメの一撃を繰り出そうとした、その時だった。
「待ってなの!!」
ルルの切実な叫びが洞窟に響き、俺は寸前で剣を止めた。
「どうした、ルル! 今叩かないと――」
「声が聞こえたなの……。この人、泣いてるのよ」
ルルはおずおずと、しかし確かな足取りでボロボロになった鎧に近づき、その冷たい鋼鉄にそっと手を触れた。
直後、デュラハンの全身が青白い光に包まれる。
「……ん。 アーサーちゃん っていうみたい」
「アーサー……?」
「昔、王様に仕えていた騎士様なの。でも、守りきれなかったことをずっと後悔して、魂が彷徨ってたんだって……」
光が収まると、そこには敵意を失い、跪く首なき騎士の姿があった。
ルルの頭の中に直接語りかける「召喚師」の絆が、彷徨う魂を繋ぎ止めたのだ。
「この人、あたしと一緒に来てくれるって! 召喚コストは『5』なの。パピィと入れ替えなら、いつでも呼べるのよ!」
「……コスト5か。パピィの倍近い力があるってことだな。ルル、よくやった。最高の仲間を救ったな」
俺がルルの頭を撫でると、彼女は誇らしげにエッヘンと胸を張った。
◇
アーサーを新たな戦力に加え、俺たちはさらにダンジョンの深淵へと突き進んだ。
そして――。
ついに俺たちは、目標としていた第10層の最奥、ボスエリアらしき巨大な扉の前に到着した。
「いよいよかしら……」
ミーシャが杖を握り直し、緊張した面持ちで扉を見上げる。
「ああ。ここを抜ければ、俺たちの評価も変わる。……よし、開けるぞ」
俺が重い扉を押し開けて中へ踏み込むと、直後、背後でドォォォォォンという轟音が鳴り響いた。
「あ、開かないなの!!」
ルルが扉を叩くが、びくともしない。
強制戦闘の合図だ。
部屋の中央。そこに鎮座していたのは、身の丈5メートルを超える一つ目の怪物―― 【サイクロプス】 だった。
奴は手にした巨大な棍棒を地面に引きずりながら、鋭い眼光で俺たちを睨みつける。
「くっ、先手を取られる前にやるぞ! 全員――」
俺が号令をかけた瞬間、部屋全体の壁から、聞いたこともない無機質な機械音が鳴り響いた。
『――ボスエリア・ギミックが発動しました。右腕の機能を一時的に凍結します』
「は……? ギミック……? 何だ、今の声は!」
俺が声を荒らげた瞬間、身体に異変が起きた。
「え……? あれ、……っ!?」
「な、なになに!? あたしの右手が勝手にお辞儀してるなの!!」
ルルが悲鳴を上げる。
俺の右腕も、まるで糸が切れた操り人形のように、だらんと力なく垂れ下がった。
「な、……動かない……! クソッ、指一本動かせないぞ!? 痺れてるわけじゃない、最初から腕なんて無かったみたいに感覚が消えてる……!」
俺は必死に右腕を振ろうとするが、重い錘をぶら下げているような感覚しか残っていない。
手にしていた白銀の長剣が、むなしく石畳の上に音を立てて転がった。
「アドルさん、落ち着いて! ……これは部屋全体に張られた強力な呪いの類だわ! 今のアナウンス……このエリアそのものが、私たちの右腕を封じる仕組みになっているのよ!」
「そんなのありかよ……! 利き手が使えなきゃ、剣もまともに振れねえぞ!」
サイクロプスは、俺たちの混乱を嘲笑うかのように巨大な棍棒を振り上げた。
地響きを立てて、怪物が動き出す。
「ちっ……! ミーシャ、ルル、後ろに下がってろ!」
俺は左手だけで盾を掴み直し、転がった剣を拾う余裕もなくサイクロプスの懐へ飛び込んだ。
「はぁぁっ!!」
左手一本のシールドバッシュ。だが、力が入りきらず、巨体を押し戻すにはあまりにも火力が足りない。
ミーシャも左手だけで杖を構え、必死に詠唱を紡ぐ。
「 【ファイア】 !!」
左手での詠唱は安定せず、放たれた火球もいつもの勢いがない。
「だめだ……ミーシャも片手、俺も盾だけじゃ削りきれない! このままじゃジリ貧だぞ……!」
サイクロプスの棍棒が空気を切り裂き、俺の盾を弾き飛ばそうと迫る。
「……あたしに任せるなの! 右手がダメなら、左手で呼ぶだけなのよ!!」
ルルが涙目になりながらも、必死に左手を突き出した。
「パピィ、交代! アーサー、お願いなの、助けて!!」
ルルの呼び声に応え、霧の中から漆黒の守護騎士アーサーが姿を現した。
「いけぇっ!!」
アーサーは俺たちの窮地を察したのか、出現と同時に猛然と加速した。
首なき騎士は、右腕を封じる呪いなど知ったことかと言わんばかりに、大剣を片手で軽々と旋回させる。
「……すごい。アーサーはギミックの影響を受けていないのね!」
「ああ、召喚体には効かないのか……! アーサー、そのまま押し込め!」
アーサーの一撃がサイクロプスの足を深く切り裂く。
怒り狂う怪物の棍棒を、アーサーは剣を盾代わりにして正面から受け止め、そのままカウンターを叩き込んだ。
「ミーシャ、俺たちがアーサーの死角を埋めるぞ! 左手でもできることはある!」
「わかったわ……ウインドカッター!!」
ミーシャが片手で放つ風の刃が、サイクロプスの目を的確に狙う。
俺も左腕だけで盾を構え直し、アーサーに向かう攻撃を体当たりで逸らす。
右腕を奪われた絶望的な状況。
しかし、新たに加わったアーサーの圧倒的な武力が、戦局を強引に引き戻していく。
「よし……今だ、一気に片付けるぞ!!」
俺の号令とともに、アーサーの大剣が月明かりのような鋭い軌跡を描き、サイクロプスの膝を叩き折った。
巨体が崩れ落ち、10層の主は完全にあとがなくなった。




