第65話:鉄錆の騎士
黎明祭の興奮が冷めやらぬ翌朝。
俺たちは異空間から取り出した大量の回復薬を抱え、まずはモルガンの店へと立ち寄った。
「おぅ、お前らか。補充を持ってきたんだな?」
モルガンがカウンター越しに、慣れた手つきで瓶の山を数え始める。
「ああ、品質BとCだ。Bは少しずつ流していくつもりだから、販売を頼むよ」
「あぁ、任せとけ。……それより、ちょくちょく妙な問い合わせがあるんだ。『ふらいどぽてと』と『えなじーどりんく』はないのか、ってな。心当たりはあるか?」
モルガンの言葉に、俺とミーシャは顔を見合わせて苦笑いした。
「あー……それは俺たちが祭りの屋台で出した商品だ。あれ、そんなに評判になってるのか」
「今度、店でも出せるか考えて持ってくるよ。今回は回復薬だけで頼む」
「わかった。……またダンジョンに行くのか?」
「ああ、今からな。十層を目指すつもりだ」
俺が頷くと、モルガンは少しだけ真剣な表情で声を潜めた。
「……気をつけろよ。街の裏側で『黒犬』たちの動きが確認されてる。祭りのどさくさに紛れて、何か不穏なことを企んでいるかもしれねえからな」
「わかった。忠告、ありがとう」
◇
ダンジョンに足を踏み入れた直後、ルルが迷いなくパピィを召喚した。
「おいで、パピィ! あたしたちを守ってほしいなの!」
光の粒子と共に現れた銀灰色のオオカミ、パピィ。
その鼻がピクリと動き、耳が周囲の音を鋭く捉える。
「……ん、パピィが敵の居場所と数を教えてくれてるなの! こっちに三体、奥の曲がり角に五体いるのよ」
「パピィの索敵、すごいのね……。魔法で探るよりずっと正確だわ」
ミーシャが感心したように呟く。
「こっちなの! ついてくるのよ!」
パピィを先頭に、俺たちは一層から五層までを、これまでにない速度で駆け抜けていった。
◇
しかし、第六層の入り口に差し掛かった時、パピィが低く唸り、足を止めた。
「ストップなの! ……パピィが、人間の匂いがするって言ってるなの」
俺は息を殺し、壁の角からそっと通路の先を覗き込んだ。
そこには、薄暗い明かりの中で魔物と戦う集団の姿があった。
(……黒犬だ。なんでこんな所に……?)
連中は俺たちの存在に気づいていない。
「……今は関わりたくないな。別の道へ行こう」
俺たちはパピィの導きで黒犬たちを回避し、第七層へと辿り着いた。
『経験値が一定に達しました。レベルが上昇します。Lv.11 → Lv.12』
脳内に響く声。ミーシャも、そしてルルもレベルが一段階上がったようだ。
(やはりレベルアップが早い。アイテムは全然出ないというのに、経験値効率だけは異常だ。……武道大会までは、こうして低層でレベル上げをすべきなのかもしれないな)
そんなことを考えながら、俺たちは第八層へと足を進めた。
◇
ガチャ、ガチャ、ガチャ……。
重厚な金属が擦れる音が、パピィの索敵を掻い潜るようにして背後から近づいてきた。
「……っ! ルル、パピィ、後ろだ!」
振り向いた先。そこには、首から上が存在しない、漆黒の全身鎧が立っていた。
手には身の丈ほどもある、使い込まれた大剣。
「これは……まさか。 【 デュラハン 】 だ」
鎧の隙間から、青白い燐光が溢れる。
向こうもこちらを認識した瞬間、その巨体からは想像もつかない鋭いステップで、一気に間合いを詰めてきた。
「ひゃあぁっ!?」
「ルル、下がれ! ミーシャ、援護を!」
「はいっ! …… 【 ウインドカッター 】 !!」
ミーシャの放った風の刃を、デュラハンは大剣を一振りするだけで弾き飛ばした。
凄まじい筋力。そのまま旋回し、俺の脳門を目掛けて大剣が振り下ろされる。
(速すぎる……! 受け流しきれない!)
俺は反射的に、腰のポーチから 【 瞬発鋼牙 】 を地面に叩きつけ、辛うじて後方へ飛び退いた。
ガキィィン!!
デュラハンの足首をトラバサミがガッチリと捉える。
だが、奴は痛みを感じる様子もなく、拘束を引きちぎらんばかりの勢いで大剣を横に薙いだ。
「グルルゥッ!!」
パピィが横から飛びかかり、デュラハンの腕に噛み付くが、鋼鉄の鎧に牙は通らない。
「パピィ、危ないなの! ……アドルさん、こいつ、とっても強いなの……!」
ルルの悲鳴に近い声が響く。
デュラハンの大剣が、今度はパピィを狙って振り抜かれた。
「させるか! ――はぁぁっ!!」
俺は白銀の長剣を抜き放ち、パピィの前に滑り込んだ。
火花が散り、腕に痺れるような衝撃が走る。
レベル12になったとはいえ、この騎士の一撃はあまりにも重い。
(……想像錬金なんて不確実なものは使ってられない。今の俺にあるのは、量産した罠と、磨き始めた剣技だけだ!)
闇の中、首なき騎士の首筋から立ち昇る冷気が、俺たちの死を宣告するように揺らめいていた。




