第64話:朝の戸惑い
窓から差し込む朝の光が、ミーシャのまぶたを優しく叩いた。
彼女がゆっくりと意識を浮上させると、最初に出迎えたのは見覚えのない天井と、使い込んだ木の香りが漂うアドルの部屋の空気だった。
「……ん、……えっ?」
ミーシャは跳ね起きようとして、自分の格好に愕然とした。
部屋着は乱れ、肩が大きくはだけている。
そして何より、自分はアドルのベッドの中にいて、当の本人は少し離れたソファで眠っている。
(わ、私、一体……。昨晩のことはパーティーの時から記憶がない……。ま、まさか、何か大変なことをしてしまった……!?)
顔面が急速に熱くなる。
混乱する頭で昨夜の断片を繋ぎ合わせようとするが、赤ワインの香りが鼻をかすめるだけで、具体的な記憶は霧の向こうだった。
(とにかく、アドルさんが起きる前に部屋を出ないと……!)
ミーシャが音を立てないよう、抜き足差し足でベッドから這い出そうとしたその時だった。
「……んん。おはよう、ミーシャ」
「びくっ!? あ、あ、あどる、おはよう……っ」
ソファで寝返りを打ったアドルが、眠そうに目を擦りながらこちらを見ていた。
「アドルさん……あの、私、どうしてここに……」
「覚えてないのか? ミーシャ, 昨日はかなり『激しかった』ぞ」
「はっ!? // え、えっ……わ、私, なにしたの……?」
ミーシャの思考は最悪の事態へと突き進む。
アドルは意地悪そうに口角を上げ、少しだけ間を置いた。
「いっていいのか?」
「……い、いい。覚悟はできてる……」
「ワインをがぶ飲みして、俺の胸ぐらを掴みながらカミラにヤキモチを妬いて……そのまま酔いつぶれて寝たんだよ。ふふ」
「……えっ。……あ、ああ、なんてことを……」
ミーシャはその場にへなへなと崩れ落ちた。
(……よかった、変なことはしてなかった。……でも、ヤキモチを妬いて絡んだなんて、死ぬほど恥ずかしい……!)
「さ、広間に行って水でも飲もう。昨日は飲みすぎたろ? 今日は作戦会議だけにして、一日お休みにしよう」
◇
広間に降りると、そこには既にルルとカミラがいた。
「おはようございます、ご主人様。ミーシャ様もお目覚めですか?」
カミラが優雅に一礼し、焼きたてのパンをテーブルに並べる。
「看板娘、今日も頑張るなの! ……あ、ミーシャさん、お顔が真っ赤なの。熱でもあるの?」
「だ、大丈夫よ。ちょっと寝ぼけてるだけだから……」
ミーシャが顔を隠すように席に着くと、アドルも隣に座り、真剣な表情で全員を見渡した。
「黎明祭も無事に終わったし、これからの方針を話し合いたいんだ」
「それでしたら、先に聞いておいて欲しいことがあります」
カミラが紅茶を注ぎながら口を開いた。
「黎明祭が終わったということは、次は約一ヶ月後……。武道大会があります」
「武道大会?」
「ええ。領主が主催し、進行運営は冒険者ギルドが行う一大行事です。一部の対戦カードに怪しい噂が出ることもありますが、黎明祭ほど不正が蔓延ることはありません。王都からも有力な参加者が集まりますし、優勝者にはいつも貴重な装備品などが贈られています」
「貴重な装備品……。それは気になるな。ぜひエントリーしてみたいものだ」
アドルの目が、冒険者としての色を帯びる。
「だが、大会まではまだ時間がある。それまではダンジョン攻略を進めたい。具体的にはまず、十層のクリアを目指す。そのために、仲間の戦力を正確に把握しておきたいんだ」
アドルは視線をルルへと向けた。
「ルル、君の『召喚』について、もう少し詳しく教えてくれないか?」
ルルはパンを飲み込むと、得意げに胸を張った。
「いいわよなの! あたしの召喚はね、まず今呼べるのはオオカミ型のパティ一体なの。パピィを呼ぶための『召喚コスト』は『3』なの」
「コスト? それは君の魔力に関係しているのか?」
「そうなの。あたしが今、同時に維持できる最大のコストは『5』。だから今はパピィを呼んだら、あとコスト『2』分までの何かしか呼べないの。……でも、パピィがいれば十分なの!」
「なるほど。そのパピィとは、どうやって出会ったんだ?」
ルルは少しだけ遠い目をして、出会いのエピソードを語り始めた。
「……昔、ダンジョンでボロボロになって弱っているオオカミを見つけたの。あたしと同じで、独りぼっちで捨てられたみたいだった。放っておけなくて抱きしめたら、その子が突然まばゆい光を放って、あたしの頭の中に直接喋りかけてきたなのよ……。それがパピィだったなの」
「……喋りかけてきた、か。精霊か、あるいは高位の魔獣だったのかもしれないな」
アドルはルルの話を整理し、新たなパーティーの形を思い描いた。
◇
「今後、新しい召喚魔獣が仲間になる可能性もあるな。その時にコストとの関係がどうなるかは未知数だが……レベルが上がれば、同時に呼べる数も増えるんだろう」
アドルは期待を込めて頷き、ミーシャとルルを見た。
「よし、まずはこの三人で十層攻略を目指してみないか? 十層を抜ければ、冒険者としての格も上がるはずだ」
「はいっ、頑張ります!」
「ルルも、パピィと一緒に大暴れするなの!」
二人の頼もしい返事を聞きながら、アドルは改めて現状の戦力を確認するため、自身の鑑定スキルでパーティーのステータスを表示させた。
【パーティー・ステータス確認】
■アドル
レベル:Lv.11
職業:複製錬金術師
主なスキル・特徴:複製錬金、想像錬金、鑑定、罠の設置、スマッシュ、ダブルアタック
■ミーシャ
レベル:Lv.11
職業:空間魔導師
主なスキル・特徴:火魔法、風魔法、異空間保存
■ルル
レベル:Lv.20
職業:召喚師
主なスキル・特徴:召喚術(パピィ:コスト3/最大5)
(……やはりルルのレベル20は突出しているな。一方で、俺とミーシャは黎明祭のドタバタでレベルが止まっている。十層に挑む過程で、底上げが必要だ)
アドルはステータスを閉じ、力強く宣言した。
「方針は決まったな。……よし、明日は久しぶりにダンジョンに潜るぞ! 十層までの道のりは険しいだろうが、今の俺たちならいけるはずだ!」
「「「おー!」」」
広間に元気な声が響き渡る。
黎明祭の熱狂を越え、一行は更なる深淵へとその足を踏み出そうとしていた。




