第62話:黎明祭(2)
「さあ、お待たせいたしましたなの! ここからは特別パフォーマンス、超高速調理の始まりなのよ!」
ルルの元気な掛け声を合図に、俺はこっそりと魔力を練り上げた。
( 【 幻影投影 】……! 熱気と光を屈折させて、視界をわざと揺らす!)
屋台から立ち昇る湯気が、俺の魔力によって陽炎のように激しく揺らめき始める。
その「揺らぎ」を隠れ蓑にして、カミラとルルがフライヤーの前で残像が見えるほどの速度で腕を振り始めた。
「はああぁっ!!」
「それなの! それなの! それなの!!」
実際には、その猛烈な動きの隙間を縫って、ミーシャが 【 異空間保存 】 から昨夜の「品質B+」と「品質C」のポテトを織り交ぜながら、凄まじい精度で袋へ詰め込んでいく。
「な、なんだあの動きは!? 早すぎて腕が見えんぞ!」
「おい見ろ、次から次へと揚げたてのポテトが袋に吸い込まれていく!」
観衆からはどよめきが上がり、その熱狂はギルバートの顔を青ざめさせるに十分だった。
◇
「……はい、お待たせしました。警備兵の皆様への差し入れ、ちょうど千個です。台車へどうぞ」
ミーシャが涼しい顔をして、山積みのポテトを指差した。
その間、わずか数分。
ギルバートは、目の前の信じられない光景に頬を痙攣させながら、震える手でポテトの袋を一つ手に取った。
「……くっ。……は、早いだけでは意味がないのだよ。……ふん、これだけの量を一度に出したのだ。どうせ在庫も油も、もう底を突いたのだろう?」
ギルバートは悔しさを隠すように、大仰な動作で肩をすくめて見せた。
「午後の営業は絶望的かな? まぁ、せいぜい空っぽの屋台で祭りの終わりを楽しむがいい! 行くぞ、お前たち!」
吐き捨てるように言い残し、男は逃げるようにその場を去っていった。
◇
嵐が去った後の屋台に、静寂が訪れる。
近くにいた街の人たちが、心配そうに俺たちに声をかけてきた。
「おい、あんちゃん……大丈夫か? あんなに一気に出しちまって」
「もう店は閉めちまうのかい? せっかく並んでたのに……。本当に美味そうだったから、家族にも食べさせたかったんだがなぁ」
残念そうな、そして俺たちを労わるような感想が次々と届く。
そんな落胆の声を聞き届けたミーシャが、屋台のカウンターに身を乗り出し、最高の笑顔で宣言した。
「皆様、ご安心ください! お店は少し休憩をいただいた後、午後からも継続して営業いたします!」
「なんだって!? 在庫、まだあるのか!?」
「はい! さらに、午後からはポテトにぴったりの特製『エナジードリンク』の販売も開始いたします! 期待していてくださいね!」
「やったー! おじちゃん、午後また来るよ!」
「よし、俺も知り合いを全員呼んでくるぜ!」
一気に活気が戻り、人々は期待に胸を膨らませて一度解散していった。
◇
俺たちは一旦屋台の幕を閉め、屋敷の応接間で遅めのランチを摂ることにした。
カミラが手際よく用意したサンドイッチを頬張りながら、俺たちは午前中の「戦い」を振り返る。
「ふぅ……。嫌がらせが『数の要求』で助かったな。俺たちにとっては、無理難題どころか絶好の在庫整理だった」
「本当ですね。物理的に屋台を蹴散らされたり、営業停止を命じられたりしていたら、もっと厄介なことになっていました」
ミーシャが紅茶を飲み、ホッと一息つく。
その隣で、カミラが苦笑しながら付け加えた。
「流石に街中でそこまでの蛮行はできないでしょうけれど……。それにしても、あんなに露骨に嫌がらせをしてくるなんて、商業ギルドも余裕がないのかしらね」
「さて、休憩が終わったら午後の部だ。カミラは午後から『エナドリ班』に回ってくれ。と言っても、用意した飲み物を注いで提供するだけだがな」
俺はミーシャの【 異空間保存 】から、用意しておいた琥珀色の液体が入った瓶を取り出した。
品質Bの回復薬をベースに、特定の香草で風味を調え、さらに特製の「炭酸水」で割った自信作だ。割っているから効果はかなり薄目だ。
「たんさんすい? またアドルさんが変な言葉を出し始めたなの」
ルルが不思議そうに瓶を覗き込む。
「ふふ、飲んでみるか? まずは毒味だ」
俺が小さなコップに注いで渡すと、ルルは恐る恐る口をつけた。
シュワシュワッ!!
「わわわっ!? な、なんなのなのこれ! お口の中で弾けてるなの!」
目を丸くして驚くルルの姿に、俺たちは思わず吹き出した。
「……あ、でも……美味しいなの! それに、なんだか体がポカポカして、元気が湧いてくるなの!」
「だろう? 元は回復薬だからな。疲労回復には特効薬だ。これで午後の客引きもバッチリだろ?」
「任せてほしいなの! あたし、もっともっと大きな声で呼んでくるのよ!」
ルルが元気よく拳を突き上げ、午後の戦いに向けて気合を入れる。
「よし。商業ギルドが次に何を仕掛けてこようと、全部飲み干してやろうぜ」
俺たちは再び立ち上がり、屋台へと戻っていった。




