第59話:黎明祭前日
黎明祭を翌日に控えた朝。
俺はルルを連れて、開店直後の衣料品店へと足を運んでいた。
看板娘としての衣装を選ぶためだ。
「アドルさん、アドルさん! これ、とっても可愛いなの!」
ルルが目を輝かせて指差したのは、フリルとレースをふんだんにあしらったエプロンドレスだった。
どこかメイド服を思わせるフォルムだが、猫耳のヘッドドレスを付けたくなるような、愛くるしいデザインだ。
「うん、いいなそれ。ルルによく似合っている」
「どうです? 店員さん、あたしに変じゃないなの?」
ルルがその場でくるりと回ると、店員が感嘆の溜息を漏らした。
「まあ! まるでお人形さんのようですわ。その小さな角も、衣装のアクセントになっていて……これ以上ないほどお似合いです!」
「よし、それ一つ買おう」
俺は支払いを済ませると、受け取った衣装をこっそり鑑定した。
(……よし、構造は把握した。あとでカミラとミーシャの分もこっそり複製しよう。……絶対に可愛いはずだ)
そんな邪念を押し隠しながら、俺は嬉しそうに裾を揺らして歩くルルにビラの束を渡した。
「ルル、あとは屋台の予定地付近でこのビラを配っておいてくれ。俺はカミラの手伝いが終わったら一度屋敷に帰って、ミーシャの様子を見てくる」
「わかったなの! あたし、看板娘として一生懸命配ってくるのよ! 行ってらっしゃいなの!」
◇
ルルと別れた俺は、大通りの中心部へと向かった。
そこではカミラが、鋭い視線で場所の選定を行っていた。
「カミラ~、いたいた。いい場所、見つかったか?」
「あ、ご主人様。……ええ、ここなんてどうですかね?」
カミラは路地の角、かつ噴水広場に面した一等地を指差した。
「ここは人通りが三方向からぶつかる場所ですし、風通しもいいからポテトの匂いが遠くまで届くはずですよ」
説明するカミラが、ふと上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。
その艶やかな瞳に、俺は一瞬だけ心臓を跳ねさせてしまう。
「……っ。あ、ああ、完璧な場所だな。さあ、さっさとここに屋台を立てていくぞ。終わり次第、俺は屋敷に帰ってミーシャの料理を確認しないといけないからな」
動揺を誤魔化すように作業を始めようとすると、カミラがくすりと笑い、俺の腕にそっと自分の腕を絡めてきた。
「ふふ、いまは私と二人っきりですよ? そんなに急がないで……」
カミラは屋台の骨組みを支えるフリをしながら、柔らかい胸を俺の腕にむぎゅっと押し当ててくる。
「ど、どうしたんだカミラ……っ。今は仕事中だぞ」
「あら、ご主人様、嫌ですか?」
カミラはさらに密着を強め、いたずらっぽく俺の顔を覗き込む。
耳元に感じる彼女の熱い吐息に、俺の顔は瞬く間に赤く染まった。
「っ! ……カミラ、頼むから勘弁してくれ……」
「ふふ、いたずらはこの辺までにしておきます♡ でも、忘れないでくださいね? 私のことも」
カミラは満足げに腕を放すと、何事もなかったかのように作業に戻った。
(……まったく、心臓が持たん……)
俺はそそくさと屋台を組み上げ、仕上げの釘を打ち込んだ。
「よし、完成だ。カミラ、お疲れ様。……結構時間も経ってしまったし、ルルを連れて屋敷に帰ろう」
日が傾き始めた街で、俺は二人を促した。
「疲れただろうから、ルルと二人で先に風呂に入ってていいからな。俺はミーシャの様子を伺ってくる」
◇
屋敷のキッチンに戻ると、そこには真剣な表情でフライパンと格闘するミーシャの姿があった。
「どうだ、ミーシャ。進み具合は」
「あ、アドルさん、お帰りなさい! ちょうどよかったです。ちょっと味見してみてもらえますか?」
差し出された揚げたてのポテトを、俺は一口齧った。
「モグモグ……んー、美味しい。……美味しいけど、極上だと言われると、まだ何かが足りない感じかな」
「そうなんですよね……。私も、これじゃあ『現代の味』としては不合格だと思っているんです」
「ちょっと失礼……。鑑定!」
【 フライドポテト:品質C 】
「まあ、そうだよな。……ミーシャ、油を変えたりしても、あまり変わらないか?」
「そうなんです。素材そのものの質は悪くないはずなんですけど、そこから先へ行けないというか……。悔しいです」
ミーシャが頬を膨らませてフライ返しを握りしめる。
「オリジナルで品質を上げるより、俺が複製の上振れを狙ってみるか?」
「んー、なんかそれはちょっと悔しいです! ……そうだ、二人で勝負しませんか? アドルさん」
ミーシャが挑戦的な笑みを浮かべ、俺を真っ直ぐに見据えた。
「どちらが先に、品質の高いフライドポテトを作れるか! アドルさんは上振れ狙いでいいですよ。私は調理技術で、アドルさんは錬金術で。……負けた方が罰ゲームです!」
「罰ゲームって……具体的に何をさせるつもりだ?」
「負けた方が、勝った方の言うことを何でも一つ聞く……というのはどうですか?」
ミーシャの提案に、俺は少しだけ考え、不敵に笑い返した。
「……面白い。よし、やってやろうじゃないか!」
屋敷のキッチンに、もう一つの「前夜祭」の火蓋が切って落とされた。




