第58話:黎明祭の準備(2)
夕食を終え、リビングのソファに腰を下ろした俺たちの前には、ミーシャたちが買い込んできた日用品が並んでいた。
暖炉の火がパチパチと爆ぜ、穏やかな、しかしどこか熱を帯びた会議が始まる。
「……ミーシャ、少しこれを預かっておいてくれ。誰にも見られないよう、空間の奥深くに隠しておいてほしいんだ」
俺は足元に置いていた、重みのある革袋をミーシャに手渡した。
「これは……? 結構な重さですね」
「ああ。いざという時のための『切り札』だ。中身は今は秘密にしておきたい。……いいか、ルルやカミラにも内緒だぞ」
(迷宮での戦い方を変えるための罠だ。手の内を晒すのは、ここぞという時まで取っておきたい)
俺が小声で伝えると、ミーシャは察したように小さく頷いた。
「わかりました。……【 異空間保存 】、秘匿領域へ転送します」
革袋が吸い込まれるように消えるのを横目で見ていたルルが、不思議そうに首を傾げる。
「なになに? 秘密のお話なの? あたしも気になるなの!」
「はは、これは大人の内緒話だ。それより、街の様子はどうだった? モルガンが何か言っていなかったか?」
俺が話を逸らすと、ミーシャが手帳を広げて報告を始めた。
「はい。モルガンさん、在庫が全部なくなって困っていました。……それで、アドルさんに『他に売れるものはないか』って。今の勢いなら、何を出しても注目されるって太鼓判を押されましたよ」
(やはりか。……なら、次は品質Bの薬を少しずつ流してもいいかもしれないな。資金はいくらあっても困らない)
俺が思考を巡らせていると、ミーシャの表情が少しだけ険しくなった。
彼女は商業ギルドで受け取ってきた、分厚い規約の紙をテーブルに広げる。
「問題は、明後日からの 【 黎明祭 】 です。……カミラさんの言った通り、あそこは商業ギルドの独壇場でした」
「利益の半分以上を吸い上げられる……だったか」
「はい。場所代だけでなく、売上の五十パーセントを『協賛金』として強制徴収。さらに、食材や燃料はギルド指定の業者から割高な価格で買わなければならないというルールです。……正直、普通に商売をしては赤字になります」
カミラが苦々しげに紅茶を啜りながら付け加える。
「それが彼らのやり方なのよ。祭りの熱狂を利用して、住人の貯えを根こそぎ奪っていく。……貴族たちはその金で、さらに贅沢な暮らしをするわ。……胸糞悪い話よね」
ミーシャの瞳の中に、静かな、しかし確かな闘志の火が灯った。
「……だからこそ、あいつらのルールを逆手に取ります。吸い上げられる利益そのものが出ない、けれど圧倒的な価値があるものを出せばいいんです」
ミーシャは指を一本立てて、俺たちに微笑んだ。
「屋台で出すのは、 【 現代の味 】 です。……アドルさんの錬金術を利用して、ギルドが価格をコントロールできない商品を出しませんか?」
「現代の味……? 具体的には何を出すつもりなの?」
カミラが興味深そうに身を乗り出す。
ミーシャはルルと顔を見合わせ、楽しそうに答えた。
「 【 フライドポテト 】 と、 【 特製エナジードリンク 】 です!」
「ふらいど、ぽてと……? えなじー……なにそれなの?」
ルルが首を傾げる。
俺はミーシャの狙いを察して、思わず口角を上げた。
俺は立ち上がり、全員の顔を見渡して指示を出した。
「決まりだ。黎明祭は、俺たちの存在を街に知らしめる宣伝の場にする。カミラは情報収集をして、どこに屋台を出せば一番みんなに見てもらえるか、最高の場所を考えてくれ。ミーシャは究極のフライドポテト作りだ」
「はい、お任せください!」
「ルルは看板娘として、宣伝係をしてくれるか? 可愛い衣装を買いに行って、屋台予定地の付近でビラを配ろうと思うんだ」
「看板娘……? よくわからないけど、可愛いお洋服を着てお手伝いするのは楽しみなの! みんなと一緒なら頑張るなの!」
ルルが元気よく拳を突き上げる。
俺はカミラの方を向き、明日の予定を付け加えた。
「俺はカミラが屋台の場所を決めるまで、ルルと服を探しに行ってくる。場所が決まったら合流して、屋台の骨組みを組むよ」
「わかったわ。一番目立つ場所を死守してくるから、期待してなさい」
カミラが頼もしく微笑む。
◇
深夜。
リビングの明かりが消えた後も、地下の工房からは絶え間なく錬成の光が漏れていた。
秘匿された新しい罠。碧の薬。そして、かつての知識が作り出す未知の味。
黎明祭まで、あとわずか。




