第57話:黎明祭の準備
午後。
ミーシャ、カミラ、ルルの三人は、日用品の買い出しを兼ねてモルガンの店を訪れていた。
「モルガンさん、こんにちは! 新しい家族を連れてきました」
ミーシャが笑顔で紹介すると、ルルはおずおずと二本の小さな角を撫でながら、モルガンを見上げた。
「あたし、ルルっていうの。……よろしくなの」
「ほう、ハーフの召喚師か。……アドルも隅に置けないな。まあ、ゆっくりしていきな。……さて、ミーシャさん。報告だが、昨日の分はもう売り切れたよ」
モルガンが空になった棚を指差す。
その売れ行きの早さに、ミーシャは思わず目を丸くした。
「えっ、もう完売ですか!? まだ一日しか経っていないのに……」
「ああ。消耗の激しい連中が買い占めていったよ。……それでだ、在庫がもうないんだが、アドルに何か他に売れるようなものはないか聞いてきてくれないか。今なら何を出しても注目されるだろうぜ」
「わかりました、相談してみます。……あ、それとルルが聞きたいことがあるみたいで」
ミーシャに促され、ルルが身を乗り出す。
「……凄いなの! あの、あたしがダンジョンで手に入れたドロップ品とかも、ここで売り出してくれるなの?」
「もちろんだ。きみが拾ってくる珍しい素材なら、高値で捌いてやるよ」
ルルはパッと顔を輝かせた。
自分の拾ったものが金になるという実感が、彼女の表情を明るくさせる。
モルガンは最後に、周囲を警戒するように声を潜めた。
「……だが、一つ忠告だ。最近、商業ギルドの調査員がこの辺りをうろついている。正規ルートを通さない商品の出所を嗅ぎ回っているんだろう。まだ大きな動きはないが、警戒しておけよ」
◇
店を出た三人は、そのまま賑やかな大通りへと繰り出した。
どこからか香ばしいソースの匂いが漂い、屋台が立ち並び始めている。
三人は串焼きを買い、それを頬張りながら歩を進めた。
「……なんだか、昨日よりも街が浮き足立ってる気がするなの」
ルルが周囲を見渡し、飾られ始めた提灯や幕を見上げて呟く。
その光景を見たカミラが、ハッとしたように得心がいった顔をした。
「ああ、もうそんな時期ね。……ミーシャ様、ルル。もうすぐ年に一度の 【 黎明祭 】 が始まるのよ」
「黎明祭……ですか?」
「ええ。町中に屋台が出て、住民が夜通しはっちゃける一日のことよ」
カミラの説明を聞き、ミーシャが身を乗り出した。
「カミラさん、私たち自身で屋台を出したりはできないんでしょうか?」
「そうね……。主催は商業ギルドだから、彼らに条件を聞かないと詳しいことはわからないわ。」
「わかりました。私、ちょっと聞いてきます!」
ミーシャは二人を待たせて商業ギルドの出張所へと向かった。
しばらくして戻ってきた彼女の顔は、ひどく冷めたものに変わっていた。
「……どうだった、ミーシャ様」
「……最悪です。登録者なら誰でも屋台は出せるそうですが、法外な『場所代』と『協賛金』を要求されました。利益の半分以上を吸い上げられる仕組みです。……あれは住人のためじゃない。貴族や領主、それに繋がる大商人がただただ暴利を貪るための祭りです」
ミーシャは握りしめた書類を苦々しく見つめた。
「……それでも、私たちはあそこを利用させてもらいましょう。自分たちの存在を街に知らしめる、絶好の機会です。……ね、カミラさん、ルル。何か面白い屋台、考えましょう」
「賛成なの! あたしたちで、あいつらの鼻を明かしてやるのよ!」
◇
その頃、館の庭では、アドルが一人で黙々と素振りを繰り返していた。
(……身体がなまっているな。最近はミーシャの魔法に頼りきりだ。剣の腕も磨かなければならないが、それだけでは足りない)
アドルは、ルルの足を貫いていたあの無機質なトラバサミの感触を思い出していた。
(狭い迷宮、限られた魔力……。魔法に頼らず、数で押し切れる武器。……そうだ、アナログな『罠』だ。これを量産して戦術に組み込めば、俺の戦闘力は上がる)
アドルは素振りを止め、地下の工房に籠もると、設計図を広げた。
物理とメカニズムに特化した三つの罠を考案する。
一つ、 【 瞬発鋼牙 】
バネの強度を極限まで高めたトラバサミ。獲物の足を確実に砕き、その場に縫い留める拘束用だ。
二つ、 【 噴出煙瓶 】
衝撃で割れると同時に、視界を遮断する濃密な煙を噴出する。狭い通路での撹乱や撤退に威力を発揮する。
三つ、 【 裂盤礫弾 】
機械式の圧力開放を利用し、内包した鋭利な礫を一気に飛散させる散弾。広範囲の敵にダメージを与える殺傷用だ。
アドルは 【 想像錬金 】 を発動させ、これらを次々と量産していった。
(これなら魔力消費を抑えつつ、狭い迷宮の通路を即座にキルゾーンに変えられる。……数で勝負だ)
青白い錬成の光が消えるたび、床には鉄の冷たい光を放つ罠の山が積み上がっていく。
夜。
買い出しから戻った女子三人が、リビングで黎明祭の屋台案について熱い議論を交わしている。
アドルは完成したばかりの罠をカバンに詰め込み、彼女たちの待つリビングへと向かった。
新しい仲間の笑い声を聞きながら、アドルは次なる戦いへの決意を新たにしていた。




