第54話:語られる過去
オーガの死骸が霧となって消え、転がり岩の轟音が遠ざかった通路。
俺は横抱きにしていた少女を、平らな岩場にそっと下ろした。
「……あ、ありがとなの。あたし、ルルっていうの。……助けてもらえるなんて、思わなかったの」
少女――ルルは、震える声でそう言った。
身長は百四十五センチほど、体重も四十キロあるかないかの華奢な体格だ。
その髪の間からは、魔族の証である小さな二本の角が控えめに覗いている。
「……まずは傷の手当てだ。動くなよ」
俺は異空間から、エメラルド色に輝く 品質B の回復薬を取り出した。
それを彼女の右足、トラバサミの牙が深く食い込んでいた傷口に惜しみなく振りかける。
「ひゃぅっ!? ……あったかい……。傷が、消えていくの……」
安価な薬では跡が残るほどの深手だったが、高品質な薬液は瞬時に細胞を活性化させ、傷口を塞いでいく。
「服もボロボロだな。……ミーシャ、俺の予備のローブを。 【 複製錬金 】 で彼女のサイズに合わせて作り直す」
俺は自分の手持ちのローブを核にし、素材を再構成して彼女にぴったりの小さなローブを錬成した。
ルルは破れた服の上からそれを羽織り、きゅっと前を合わせる。
「……あたし、本当についてないの。でも、あなたたちは凄く『いいもの』を持ってるのね」
「運が良いか悪いかは後で話そう。歩けるか?」
ルルがおぼつかない足取りで立ち上がるのを確認し、俺たちは地上を目指して歩き出した。
◇
帰り道、第六階層。
死臭を漂わせるグールと、全身を包帯で巻かれたマミーのペアが通路を塞いでいた。
「ルル、君は後ろにいろ。手出しは無用だ」
俺の指示に、ルルは不思議そうに首を傾げながらも、おとなしく壁際に寄った。
「わかったの。……あたし、見てるだけにするの」
「ミーシャ、行くぞ! 挟撃はさせるな!」
「はいっ! …… 【 ウインドカッター 】 !!」
ミーシャが放つ風の刃がマミーの包帯を切り裂き、動きを鈍らせる。
その隙に俺は白銀の長剣を突き出し、グールの喉元を正確に貫いた。
レベル10の恩恵か、身体のキレが昨日とは段違いだ。
第五階層へ上がると、そこには昨日の倍近い数のスケルトンが集結していた。
さらにその中央には、錆びた鎧に身を包み、折れた剣を掲げるスケルトンナイトが鎮座している。
「……指揮官持ちか。厄介だな」
「アドルさん、私に任せてください……! 【 プチファイア 】 !」
ミーシャが放った火球がナイトを直撃する。
しかし、硬質な鎧に阻まれ、決定打には至らない。
ナイトはカタカタと顎を鳴らし、威圧的に剣を振り上げた。
(……ダメ、これじゃ足りない。もっと、強く!)
ミーシャが強く目を閉じ、腕輪に意識を集中させる。
彼女の周囲の魔力が、目に見えて渦を巻き、凝縮され脳内で閃いた。
「燃えろ……! 【 ファイア 】 !!」
刹那、放たれたのは今までの小さな火球ではない。
通路全体を照らし出すほどの激しい炎の塊が、一直線にスケルトンナイトを呑み込んだ。
「ギ、ガァァ……ッ!」
ナイトは一瞬で灰へと変わり、周囲のスケルトンたちも誘爆するように炎に包まれて崩壊していく。
『経験値が一定に達しました。レベルが上昇します。レベル10から11へ』
『ミーシャは魔法:ファイアを習得した』
脳内に響く無機質な声。
俺とミーシャは、顔を見合わせて力強く頷いた。
◇
館に戻ると、玄関で待っていたカミラが目を見開いて俺たちを迎えた。
「お帰りなさい、ご主人様……って、その子は!?」
「事情があるんだ。……とりあえず、彼女に温かい飲み物と食事を出してやってくれ。話はそれからだ」
カミラは驚きを隠せない様子だったが、ルルのボロボロになった様子を見て、すぐに「メイド」としての顔に戻った。
「……わかりました。すぐに準備いたします。さあ、こちらへ」
館のリビング。
暖炉に火が入り、ルルはカミラが淹れた温かいスープを夢中で啜っていた。
人心地ついたのか、彼女の顔にようやく血色が戻ってくる。
俺、ミーシャ、そしてカミラが彼女を囲むようにして座り、静かに問いかけた。
「……さて。ルル、と言ったか。……君はなぜ、あんな危険な場所に一人でいたんだ?」
ルルはスプーンを置き、少しだけ悲しげに角を撫でてから、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……あたし、……本当は……」
語り始めたその瞳には、彼女が背負ってきた過酷な境遇の断片が揺れていた。




