第46話:遺された火種
戦いの熱が引いたあとの洋館は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。崩れた石壁、焼け焦げた芝生、そして中庭の噴水の側で、静かに、しかし力強く大地を踏みしめたまま物言わぬ人となった師の姿。アドルとミーシャは、数時間をかけてその亡骸を中庭へ埋葬した。
墓標代わりに、アドルが 【 複製錬金 】 によって生成した中で最も純度の高い白石を置き、ミーシャは庭に咲き残っていた名もなき花を供えた。それから数日間。二人はボロボロになった洋館の中で、ただ放心状態で過ごした。最強の拠点を目指して改修したはずの館は、今や師を失った喪失感の象徴のように、冷たく吹き抜ける風の音だけを響かせている。
三日目の昼。重い沈黙を破ったのは、カミラだった。彼女は震える手で、大切そうに抱えていた一つの木箱を二人の前に差し出した。
「これ……ドランさんが、店を襲われる直前に預けてくれたものなの。……何かあったら、必ず二人に渡してくれって」
それは、かつてドランが亡き娘のために作ったものと同じ、魔導録音の仕掛けが施されたオルゴールだった。アドルとミーシャは顔を見合わせ、震える指先でその蓋を開けた。流れてきたのは、悲しげな、だがどこか懐かしい旋律。そして、耳慣れた、不器用でぶっきらぼうな師の声だった。
「……よぉ。これを聞いているということは、俺はやっちまったってことだな。柄にもなく娘と同じ方法をとっちまってるぜ。……ふん、笑ってくれてもいい」
録音の中のドランは、少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
「だが、お前たちにこれだけは残しておこうと思う。俺がたどり着いた、この国――いや、この世界の真相の一端だ。二十年前、この街は狂い始めた。そこから俺の家族が奪われ、俺の孤独な戦いが始まった。賢者なんて呼ばれていた俺は、奴らにとって格好の標的だったんだろうな。俺が……『脅威』だったからだ」
ドランの声が、鋭い賢者の響きを帯びる。
「お前たちも気づいているだろうが、この国には魔族が介入している。だが、奴らは表には出ねえ。俺が知っているのは、バルダザールという魔族一人だけだ。……推測だがな、奴らは正面から攻めてくるんじゃなく、内側から国を腐らせ、壊しに来ている。二十年間調べてきた俺の結論だ」
「敵の戦力は未知数だ。バルダザールすら、魔族の中でどの程度の地位にいるのかも分からねえ。……だがな、アドル、ミーシャ。俺は復讐なんてして欲しいとは思ってねえんだ。お前たちは自由と安寧を求めていたはずだ。敵の力は強大だ。異世界にきたお前たちは、少しばかり不運だったのかもしれない」
オルゴールの旋律が微かに揺れ、声の矛先が傍らにいる女性へと向けられた。
「……それからカミラ。お前が泣いているのが目に浮かぶぜ。お前がまだ鼻を垂らしたガキの頃から知っているが、俺にとっては、死んだ娘の成長を重ねちまうくらいには……大切な存在だった。不器用な親父代わりで済まなかったな。カミラ、お前にはとにかく幸せになってほしい。血の臭いのする戦いからは離れて、笑って暮らしてくれ。それが俺の最後の願いだ」
カミラが嗚咽を漏らし、膝をついた。ドランの声は最後に優しく和らいだ。
「……短い付き合いだったが、最後に俺に『正義』を思い出させてくれたお前たちには、本当に感謝している。……これでやっと、妻と娘に……ちゃんと顔向けできるってもんだ。お前たちがどんな道を選んでも、俺はあの世から応援してるぜ。……じゃあな。達者でな」
オルゴールの旋律が消え、カチリ、と小さな音を立てて蓋が閉まった。
「……う、……ぅあ……っ」
ミーシャが堪えきれずに泣き崩れた。カミラも顔を覆い、静かに涙を流している。アドルは空を仰ぎ、熱いものが頬を伝うのを感じた。師は最後まで、自分たちに逃げる自由を与えてくれた。復讐の連鎖に巻き込まぬよう、自分たちを愛してくれた。
だが。
「……ミーシャ」
アドルが低く、だが鋼のように硬い声で呼んだ。ミーシャは涙を拭い、顔を上げる。その瞳には、悲しみを焼き尽くすような、ドランから受け継いだ意志が宿っていた。
「俺たちは、逃げない。……そうだろう?」
「……はい。ドランさんが守ってくれたこの場所で、ドランさんの仇を……この街を腐らせている奴らを、私は絶対に許しません」
アドルは静かに立ち上がり、ドランの墓標がある中庭を見つめた。金と、物量と、知略。そして師から託された強大な力。それらすべてを動員し、この国を裏から操る魔族も、それと手を組む領主も、すべて根こそぎ精算してやる。
「……行こう。俺たちの戦いは、ここからだ」
朝焼けが、ボロボロになった洋館を鮮やかに照らし出す。異世界転生者である二人の、生存と確保の物語はここで終わり、世界を揺るがす逆襲と征服の第二幕へと続いていく。
第一幕・完




