第43話:天空の湯殿
今日はミーシャの修行が休みの日だ。
ドランの店での過酷な特訓から解放された彼女は、朝からやる気に満ち溢れていた。
「アドルさん、今日は一日お手伝いできます! どんどん進めましょう!」
ミーシャが傍にいるだけで、改修の効率は跳ね上がる。
俺が一人で何往復もして運んでいた素材は、彼女の 【 異空間保存 】 によって一瞬で地下室へと運び込まれた。
まずは地下の特務工房だ。
俺は持ち帰った鉛合金と強化石材のサンプルを核に、壁一面を埋め尽くすように 【 複製錬金 】 を発動させる。
外部への音や魔力反応を完全に遮断する厚い防壁。
さらに、ミーシャが整理しやすいように素材別の自動仕分け棚を設置し、錬成の効率を極限まで高めた空間が完成した。
「次はキッチンですね! 私に任せてください」
ミーシャの希望を反映し、機能性と美しさを両立させたキッチンを作り上げる。大理石の広いカウンターに、魔導式のコンロ。
調理動線は、かつて彼女が現代で培った知識をフルに活用したものだ。
続いて建物の外装と庭園に着手した。
剥げ落ちていた外壁を磨き直し、噴水を修復して水を循環させる。
二人の連携によって、数週間かかるはずの工事が、まるで魔法のように手際よく進んでいった。
「……ふぅ。ミーシャ、一度休憩しようか」
「はい! お茶を淹れますね」
修復されたばかりの中庭のベンチに腰を下ろす。まだ雑草は残っているが、噴水の水の音が心地よい。俺は手元の図面を広げ、次の工程を指差した。
「さて、休憩中も次の話を詰めよう。いよいよ、この館の目玉……天空の風呂に着手しようと思うんだ」
「天空の風呂……! 3階に作るんですよね?」
「ああ。最上階の南側に大浴場を構える。天井は錬金術で強化した透明度の高いガラス窓に作り替え、空を眺めながら入れる擬似露天風呂にする予定だ」
俺のアイディアに、ミーシャの目が輝く。
「お風呂は大理石ベース。それから、遊び心でシーザーの像の口からお湯が出るようにしようと思ってる。高級感溢れる、最高のリラックス空間だ」
「シーサーの口からお湯……! ふふっ、それ、すごく豪華そうですね! 夜は星を見ながらお風呂に入れるなんて、夢みたいです」
二人のイメージが共有され、設計が細部まで固まっていく。俺は少し真剣な表情になり、これからの展望を付け加えた。
「改修が一段落したら、次は自分たちの装備もしっかり整えようと思ってる。今まではあるもので済ませてきたけど、これから本格的にダンジョンに潜るとなれば、装備の質が生死を分けるからな」
「装備、ですか……。確かに、先日の黒犬との戦いでも痛感しました。もっと防御力や、魔力を高める装備が必要ですね」
「ああ。俺の錬金術と、ミーシャが持ち帰る希少素材を合わせれば、この街の店では売っていないような一級品が作れるはずだ。……よし、やるか!」
休憩を終えた俺たちは、一気に最上階へと向かった。
作業は深夜にまで及んだ。
重厚な大理石を切り出し、床と壁に敷き詰める。
天井の一部を大胆に抜き、特製の強化ガラスを嵌め込む。そして、設計通りのシーサーの頭部を設置し、魔導式の昇温・循環機構を組み込んだ。
「……完成だ」
月明かりがガラス天井を通り抜け、磨き上げられた大理石の浴槽を青白く照らしている。
蛇口、もといシーザーの口を開くと、心地よい温度のお湯が勢いよく流れ出し、湯気が大浴場を満たしていった。
「わあぁ……綺麗……」
ミーシャが感嘆の溜息を漏らす。
それは、異世界の常識を遥かに超えた、贅沢と癒やしの結晶だった。
拠点の生活環境は、これでほぼ完璧に整ったと言っていい。
「……さて。次は、この場所を誰にも汚させないための備えだ」
湯気に包まれながら、俺は次の工程、敷地全体の防衛システムの構築に思いを馳せた。
この穏やかな時間を守り抜くための、鋼の要塞化。
それが終われば、俺たちの防衛の基盤はの構築は一旦終了となる。




